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BL短編小説
7
「男だって、相手によりけりで価値が有る。……問題はそこじゃないだろ? 自分の立場がわかっているのか? 大人しく体を差し出すなら、単位をやろう。拒むなら……わかるだろう?」
 言いながら上着の裾から手を忍び込ませ、脇腹を撫でてきた。
 おぞましさに肌が粟立った。
「こんな事してただで済むと思ってんのか!?」
「誰がお前の言い分を信じる? 妻子持ちが男子学生に手を出すなんて誰が思う? 幸い里井教授の覚えもめでたくてね、今年からこの講義は俺に一任されてるんだ。お前が何言ったところで、単位欲しさの自作自演だと思われるのがオチだ」
 反論出来なかった。
「卒業したくないのか?」
 その言葉に追い詰められた武志の体が強張る。
 武志が拒まないのを承諾と受け取ったらしく、中尾講師の手は更に武志の体を撫で回す。
『圭祐にだって、まだ許してないのに!』
 武志は自分の脳裏に浮かんだ叫びに愕然とした。
「何も男相手は初めてな訳じゃないだろうが。あの眼鏡の野郎とヤってんだろ」
 更に、中尾講師の誤解も加わり、武志は混乱する。否定の言葉も出て来なかった。
「ひっ……」
 ベルトが緩められてジーパンの前が開けられ、下半身に手が及び、武志の喉からひきつった声が漏れた。
 固く唇を引き結び、更に内側から強く噛み締めた。これ以上声を上げてなるものか、と力を籠めると、ぶつりと嫌な感触がして鉄臭い味が広がった。
 ジーパンのウエストに手が掛かり、脱がせるように力が籠められる。
 期待を籠めて送り出してくれた両親や弟妹のために、と顔を背けて必死に堪えた。しかし、こんな時に脳裏に浮かぶのは、いつも一緒にいる男の顔だった。
 コンコンコンコンコン!
 ジーパンが腿まで下げられた時、やけに急いたノックの音が部屋に響いた。
 中尾講師は武志を睨み付け、「静かにしてろよ」と極小さな声で制した。無論、武志もジーパンを脱がされかかった情けない姿を余人に晒す気など無い。
「今手が離せません。出直してください」
 先程とはうって変わって、中尾講師は丁寧に来訪者を断る。
「…………沢木武志が来ていますよね?」
 間違い無く、石井の声だった。バッと振り向いた中尾講師に睨まれたが、武志は必死で首を振った。
「確かに来たが、もう帰ったよ」
 中尾講師の返答を聞いても、扉の向こうの気配は消えない。
 突然、床に放り出されたままの武志の鞄からメロディが鳴り響いた。五年程前の最近余り聞かない曲だった。
「嘘はいけませんね」
 カツ……と小さい音がしたと思ったら――
 ガァンッ!
 研究室の古い木製の扉が蹴破られた。
 カシャッ
 軽い電子音がしてフラッシュが光った。石井は構えていた携帯電話を降ろすと、素早く操作しながら口を開いた。
「何をしようとしていたか、一目瞭然の状態ですね」
「いや、これは……」
『問題はそこじゃないだろ? 自分の立場がわかっているのか? 大人しく体を差し出すなら、単位をやろう……』
 中尾講師の言い訳を遮って、石井の携帯電話のスピーカーから先程のやり取りが聞こえてきた。
「今の写真とこの録音のデータ、出す所にだせば、貴方の立場はどうなるでしょうね?」
 今までに見た事無い程鋭い目をした石井が、ギッと中尾講師を睨み付けた。
「奥さんに見せたっていい。確か奥さんは里井教授の娘さんでしたよね? 貴方の強味がこのデータだけで弱味に変わる訳だ」
 石井を彩る鮮烈な気配に、武志は自分の格好も忘れて、ただただ見とれていた。
 中尾講師が押し黙ったのを見遣って、石井は漸く武志に歩み寄って来た。武志は自分の格好に気付いて慌てたが、石井は有無を言わせず服装を整えてしまった。
 武志の両腕を纏めていたガムテープを剥がして体を引き起こすと、今度は机の上に出したままの解答用紙の束を手に取った。
 一通り目を通すと、再び中尾講師に鋭い目を向ける。
「沢木の分だけ、やけに採点基準が厳しいですね。曽我のこの程度の解答で65点も付けているのに」
 バサリ、と音を立てて机に解答用紙の束を置くと、石井は腕を組んで中尾講師に向き直る。
「先程のデータを提出されたくなかったら、沢木の解答にも公正な採点をしてください。それから、俺達の今後……卒業や就職に妙な手を加える事は控えてください。もし、不審な動きが有れば、こちらも相応の対処をします」
「わかった。その代わり……」
 中尾講師の唸り声を遮って、携帯電話を示しながら石井が続ける。
「俺としても、こんな事は公表したくないですからね。公表しなくて済む対応をしてくださいよ」
 中尾講師が頷くのを見て、石井は踵を返した。
「武志、もう出よう」
 武志は石井に背を押され、中尾講師の研究室をやっと出る事が出来た。


 武志は無言のまま、石井に付き添われて校舎を出た。
 実のところ、恐怖に襲われた体はまだ強張ったままだった。石井が心配そうに視線をくれるのがわかったが、武志は何も返せず、前だけを睨むように見詰めるだけだった。
 ぎくしゃくとなんとか歩みを進めていたが、地面の凹凸に足を捕られて倒れ込んだ。
「武志!」
 石井が慌て手を伸ばしたが、結局二人でもつれあったまま倒れてしまった。
「ごめんっ! 大丈夫か?」
 石井は潰しそうになった武志の体の上から、慌て身を起こした。
「くふっ」
 その慌て振りと表情が可笑しくて、武志から笑いの息が漏れた。
 漸く顔の力が抜け、口内に食い込んだままだった歯を引き剥がした。新たな血の味がしたが、それよりも、笑える自分自身に安堵した。
「ふふっ、今のお前、あんな感じ」
 石井が武志の視線を辿ると、そこには花の盛りの過ぎたナナカマドが在った。
「ひどいな。俺、あんな感じか?」
 漸く表情の解れた武志に安堵し、おどけて返した。
「今はな。さっきは……さっき中尾の部屋に来た圭祐は、秋のナナカマドみたいだった……」
 急に真剣な表情になった武志に戸惑う石井の後頭部に、手が掛けられる。
「武志?」
 地面に転がったままの武志が腕を引き寄せると、引き合うように自然と唇が重なった。
 唇を合わせるだけの幼いキス。
 はあ、と武志が吐いた溜め息で、石井は我に返った。
「え! ちょっ……た……武っ……武志!?」
 ばたばたともがいて体を起こそうとするが、武志の腕が首に絡まっているので叶わない。
「圭祐、ごめんな。いつも一緒に居るもんだから、俺、気付かなかった……俺、圭祐から、もう目が離せない」
 石井はいまいち武志の本心が掴みきれなくて、目を瞬かせる。
「あの、えっと、それって、ええと……」
 狼狽える石井を見て、くすりと武志は笑う。
「ほら、さっきと全然違う。そんな色んな面を持っているお前に…………惹かれるんだ」
 最後には囁きで伝える。
「それ……俺に都合良く、解釈して良いのか?」
 石井の問いに、武志は絡めた腕を再び引き寄せる事で応えた。

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