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BL短編小説
5
 翌日の二講目、期末には程遠いが、中間レポートとして、レポート課題が提示された。
 講義が終わるなり、武志は鞄をひっ掴み走り出した。
「石井、手ぇ貸せ! 図書館行くぞ!」
 昼休みになったばかりの廊下は学生達でごった返している。武志はその中を縫うように走った。
「わっ! たっ……ごめんなさいっ」
 武志を追いかける石井はたちまち誰かにぶつかり、足を止めるはめになった。
「石井! 先に行ってる! 三階な!」
 武志の姿はあっと言う間に廊下の角を曲がり、見えなくなった。
 石井が図書館の三階に行くと、既に書庫前の蔵書検索用のパソコンで武志がデータを引き出していた。傍らに置いたルーズリーフに書籍データを次々書き出していく。
 八件書き出したところで「こんなもんか」と、手を止めた。
 書き出した書籍情報をじっと見詰め、おもむろに四ヶ所に丸を付けた。そしてもう一枚ルーズリーフを出し、丸を付けていない分の書籍情報を書き写した。
「石井はこっちの四冊を探してくれ」
 そのルーズリーフを石井に渡すと、書庫に入って行き、本棚の前にしゃがんで目当ての書籍を探しだした。石井も慌て後を追い、指示された書籍を探しに入った。
 石井の探す書籍は二冊目までスムーズに見つかった。三冊目は最上段に有り、踏み台を必要とした。
 そして四冊目に手を伸ばした時、反対側から手が伸びてきた。
「げ!」
 石井が手の持ち主に視線を向けると、驚きの声と共に相手が手を引っ込める。同じ学科の学生だった。
「ふん。悪い噂もたまには役に立つもんだ」
 石井は後退る同級生を尻目に、目当ての書籍を悠々と手にした。
「沢木ー。こっちは四冊見つかったけど、そっちは?」
 石井が声を掛けながら武志を探すと、床に膝を着き最下段の棚を覗き込む姿が在った。
「こっちもラスト一冊」
 蔵書の多い書庫では、本棚は全て垂直になっている。よって最下段の書籍は非常に見にくくなってしまう。
 思い返せば、石井が探した書籍は全て腰より高い位置に有った。武志は最初の一冊を、下から二段目で探していた。
「有った! ……おし、石井の学生証も出せー。こいつら借りてくぞー」
 この大学では、学生証に図書館の貸し出しカードの機能が組み込まれている。一人、一度に借りられるのは五冊迄なので、全て借りるには二人分必要なのだ。
 貸し出し手続きを済ませ、二人共重たく嵩張る本をロッカーに仕舞って遅い昼食に向かった。


「三日ずつ交替で本を持ち帰るかぁ?」
 武志はパンをかじりながら提案した。
「いや、俺の部屋で一緒にやらないか? ネットも繋がっているから、そっちから資料検索も出来るし」
 石井の申し出に、武志は目を輝かせた。
「ネット使わせてもらっていーのか!? 昼休み潰して大学のパソコン使わなきゃなんないと思ってた。助かる!」
 武志の古いアパートにネットは引かれていないだろう、と言う石井の想像は当たったようだった。
 大学にも学生が自由にパソコンを使える施設が有ったが、利用時間が九時半から十七時半で、講義が終わると直ぐにバイト先に向かう武志には使い難い施設であった。
 武志の素直な喜びように、石井の心臓が跳ね上がる。「理性、理性」石井は思わず心の裡で唱えた。


 その日の夜、バイトの終わった十一時近くに、武志は石井の部屋を訪ねた。コンビニで買い込んだ夜食代わりの軽食と、自分のノートパソコンを携えて。
「お邪魔しやーす」
 武志はローテーブルに促されると、パソコンを立ち上げ、直ぐにキーを叩き始めた。
 躊躇い無くガツガツとキーを打ち続ける様子に、石井は呆気に取られてしまった。
「ん? なんだ?」
 暫くして、石井の視線に気が付いた武志が顔を上げた。
「あ、いや、どんどん書き進めていくからさ……凄いな、と思って」
「ああ、空いた時間にあの四冊さらっと読んでさ、バイトしながら書き出し考えておいたんだ」
「えっ? バイトしながら? ……器用なんだな」
 石井の感嘆に武志は慌て手を振った。
「いやいやいや。俺、ファミレスのウェイターだしさ、単純作業だから出来るんであって……そう言や石井は何のバイトしてんだ?」
「塾講師」
 石井の答えに武志がカラカラと笑った。
「塾で授業しながらレポート考えるとか、無理だろ」
「確かに……」
「ほら、余計な事考えてないで、お前も始めないと終んないぜ」
 武志に促され、石井もキーを叩き始めた。
 二人共、時折机の脇に置かれた本を手に取りページを捲る他は、自分のパソコンと向き合い、集中する時間が続いた。
 日付を跨ぐ頃、武志が唸り声をあげた。
「む〜……石井ー、ネット使わせてくんないかなぁ?」
「ん? ああ、いいよ。ちょっと待って。ここ迄の分バックアップ取るから」
 石井の行動で武志も思い出したようで、慌てバックアップを取った。
「あ、ほら、これでも食ってくれ」
 武志の差し出した軽食を口にしながら、石井は武志を見詰めた。真剣な横顔には、やはり惚れ惚れしてしまう。先程迄この顔がすぐ横に有ったのに、眺めないとは、なんと勿体無い事をしたのか。
「このデータ、何処に入れときゃいい?」
「え? ……あ、あ、えっと……」
 ぼうっとしていた石井は、武志の問い掛けに反応するのに少し間が空いてしまった。
「ここ、ここのフォルダ使ってくれ。ファイル名は……ん、わかった」
 漸く我に返った石井は、横から手を伸ばしてパソコンを操作した。すぐ傍に武志の肩が在る。「理性、理性」必死に心の裡で繰り返し唱え、表面上は平静を装う。
 石井が必死な事に、武志は当然気付きもしない。
「今日はここ迄にすっかぁ」
 引き出したデータの処理をし終えた武志が、両手を上に伸ばしたまま後ろに倒れ込んだ。
 石井はまたもや理性を総動員させ、伸びてしまいそうになる腕を抑える。武志を自分の部屋に招いた事をある意味後悔し始めていた。
 石井の葛藤を露程も知らない武志は、書籍を除く荷物を手早く纏めて「また明日なぁ」と、あっさり帰って行った。
 そんな風に四日も過ぎれば、武志のレポートは粗方出来上がった。
「石井、どうだ? どこ迄行ってる?」
 武志が横から石井のノートパソコンのディスプレイを覗き込んで来た。
「えっ、あっ、ちょっ……あ……と、もう少し……なんだか上手く締めに持って行けなくて……」
「手伝おーか?」
 武志の申し出も嬉しかったが、色々な意味で断らざるを得なかった。
「あっ、いやっ、その……多分、自分だけでやらなかった事、バレるから……有り難いんだけど……やっぱり止めておく」
 教員陣曰く、文章には個性が滲み出る、とか。
 しどろもどろになった石井の顔を覗き込み、武志は訝しげな表情をしたが、やがてハッと気が付いた。
「あー……ゴメン。気が付かなくて。帰った方がいーか? ……本は置いてくな」
 やっと、自分がどれだけ石井を翻弄していたかに思い至ったらしく、気まずそうにそそくさと帰って行った。
 武志が帰った後、石井はなんとか集中を取り戻し、レポートに取り掛かった。


 なんとかかんとか、石井は期限迄にレポートを仕上げ、二人共無事に提出する事が出来た。


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あきゅろす。
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