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BL短編小説
2-4
 終業後、石井が、主に向かいのデスクの先輩に笑い掛けながら、俺の方にやって来る。
「ほら、帰るぞ」
 自分の荷物の他に、俺の荷物も抱えた石井が俺の腕を取る。
 正直、石井の支え方や歩きは、俺の負担を軽くしてくれる。
「あのさ、俺、柏葉の状況が大体想像つくから、あんまり身構えるなよ。……これ、言っておいた方が良いかな。……俺、男と付き合っているんだ」
「は!? ――っ!」
 驚いた拍子に、腰に激痛が走る。
「あぁ、悪い。驚いたよな」
 俺の胸に腕を回して支えつつ、石井が腰を軽く指圧すると、少し痛みが和らいだ。
「家に帰ったら本格的にやってやるから」
「あ、あぁ、サンキュ……」


 朝のラッシュ時程ではないけれど、やっぱり電車の揺れが堪えた。
 なんとかたどり着いた部屋の鍵を開けると、中から扉が開いた。
「お帰、り……誰? そいつ」
 出迎えた琥珀の機嫌が急降下する。いや、これは威嚇モードだ。
「大丈夫だから。威嚇すんな。会社の同期だ」
 手を伸ばして、今にも牙や先の割れた舌が覗きそうな口を慌て塞ぐ。
 ……また腰に痛みが走った。
 石井を見ると、目と口をあんぐり開けている。
「外国人……」
玄関でいつまでも三人でいるのはまずい。取り敢えず、中に入ってもらった。


「柏葉の同期で、石井と言います。気にしないでくださいね。柏葉には特別な感情はこれっぽっちもないので。あ、ところで、日本語大丈夫ですよね?」
「"どうき"ってなんだ」
「同じ年に会社で働き始めた仲間だ。石井、こいつは琥珀。日本語は大体大丈夫だと思う」
「コハクさん……ふうん。じゃ、柏葉、早速ベッドに横になれ。あ、ネクタイやベルトは外せよ。シャツのボタンも上の方は外せ」
 俺に指示を出しながら、石井も準備をしている。
 ぐるりと部屋を見渡し、ベッドについては言及しないでくれたが、俺の背中や腰をマッサージしながら、痛い所を質問してきた。
「なんかでっかいケースがあるけど、何か飼っていたのか?」
「あ、うん……今は、ちょっと……」
 言葉を濁すと、上手い具合に勘違いしてくれたらしい。
「あ、ごめん。突っ込んだ事聞いて。悪かった」
 ペットロスだと思われたかも知れないが、それならそれで、都合が良い。まさか、今目の前に居る男がそうだった、とは言えない。
「コハクさんはいくつ? 出身は?」
 石井は話題を換えてきたが、これもまた答えにくい。
「イ、インド、ネシア……えっと、19歳」
 琥珀に答えさせる訳にもいかない。年齢は咄嗟に適当な年齢を言ってしまった。
「19歳? 俺らより若かったんだ。学生さん?」
「いや……えっと……学生じゃない……ああっと、まだこっちの生活に慣れてないし、まだ準備期間……」
 石井の手が止まった。暫くの沈黙の後、マッサージが再開されるけど、俺の上には重い沈黙が降り注ぐ。
 留学生だと言ってしまえば良かったのか? 日本語の勉強に来ているとか。でも今更遅い。
「ああ、君も覚えると良い。毎回俺がマッサージに来るのも、面白くないだろう?」
 漸く口を開いた石井は、いくつかの簡単なマッサージの仕方を、琥珀に教えている。


「よし、これくらいでどうだ? 大分マシになったと思うけど」
 自らセミプロと言うだけあって、かなり体が楽になった。
「あ、りがとう……」
「ま、程々にな」
 薄く笑いながら石井は帰っていった。


「ちょっと話がある。時間良いか?」
 翌日の昼休み、石井に呼び出されて人気のない階段の踊り場に来た。
「言いにくいんだけど……お前、あの外国人に騙されたりしていないか? なんだか、あれじゃ……ヒモだ……」
 昨日の石井の沈黙からは、十分予想される言葉だ。
「ああっと、あれでも一応、親戚なんだ。叔父さんが再婚してさ、アイツは奥さんの連れ子でさ、でも、叔父さんの家に馴染まなくてさ、最終的に俺んとこに来たんだ」
 昨日捻り出した琥珀の嘘設定をズラズラ並べる。
 ……信じてもらえただろうか?
「……そうか……でも、ある程度日本に慣れてきたら働いた方が良いぞ。肉体労働の方が良いんじゃないか。仕事で体使わないとな、体力使うのがお前相手だけじゃ、お前の体がもたないだろう?」
 真顔で何気に凄い事を言われたけど、至極真っ当な意見だ。有り難く頷いておく。
「そうだな。考えておくよ。有り難う」
 その日の帰りに、早速アルバイト情報誌なんぞを買って、家路を急いだ。


「ただいまー」
「お帰り。……今日は同期はいないのか?」
 琥珀は俺の後ろを窺う。
「いない。そんな毎日来ないって」
「そうか」
 琥珀は頬を緩めて俺を抱き締めると、短めのキスをした。本当に嬉しそうな顔に、俺の顔もだらしなく緩む。
「腹減っただろ。今夕飯の支度するからちょっと待っててな」
 買ってきたアルバイト情報誌をテーブルに置いて料理をしていると、興味を持ったのか琥珀は情報誌を捲って読んでいる。
 小学生レベルの日本語は大分マスター出来ても、漢字を多く含む大人向けの文章を読むのは難しい。
「これ、何が書いてある本なんだ?」
 俺がテーブルに着くと、琥珀は早速聞いてきた。
「まずは夕飯を食べるぞ。本の事はその後でな」


「琥珀も人間の生活に大分慣れてきたと思うから、このまま人間の生活をするなら、少し働いたらどうかと思って。この本にはアルバイトって言って、俺みたいに朝から晩まで働く会社じゃなくて、短い時間で働ける所が紹介されてるんだ」
 夕飯を終えて、テーブルの上に改めてアルバイト情報誌を広げる。
「俺でも働ける?」
「それを探そうと思って、この雑誌を買ってきたんだ。色んな種類の仕事が載ってるから」
 若者のアルバイトの定番と言えば、コンビニかファミレスの店員だろう。実際にこの情報誌にも載っている。
 だけど、コンビニの仕事はあれでいて結構多岐に渡る。中学卒業程度の学力は必要だろう。
 ファミレスはどうだろうか。最近は機械入力でオーダーを取り、会計も間違えようが少ない。日常会話と金勘定がしっかり出来れば可能だろう。……いや、飲食店は大抵賄いが付いたりする。ファミレスの賄いを琥珀に食べさせるのは、余り良くない。ファミレスも却下だ。
「俺、寒くない所が良い」
 そうだ。春先のこの時期、日によって冷え込む場合もある。寒くては、琥珀は動けない。
「うーん……寒くない所……」
 仕事内容を見ながらページを捲る。
「あ……これ、どうだろう。ここ、スーパー銭湯だ。清掃、凄く大きな風呂屋の掃除だ」
 ゴミ捨てなんかで外に出る事もあるだろうけど、基本的に暖房の効いた室内の掃除だ。
「風呂屋?」
 琥珀は今まで自宅の風呂以外入った事がない。人間と違う所があるから仕方ない訳だが、風呂屋が想像しにくいようだ。
「今度の休みに見に行くか」
「うん。行く」


 次の休日は運悪く冷え込んだ。
 ニット帽を目深に被った琥珀は、ダウンコートの襟に首を埋めている。


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あきゅろす。
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