BL短編小説
2-1
「柏葉、お前最近評判悪いぞ」
会社の自販機前の休憩スペースで、同期の石井が声をかけてきた。
「は? 俺、手ぇ抜いた仕事なんてしてないし」
睨んでやると、嫌みな程のイケメンがしかめられる。
「そっちじゃない。合コンの方だ。今まで付き合い悪かったクセに、十一月下旬頃から急に出てくるようになったと思ったら……」
そこまで言うと、石井は周囲を見渡して俺の耳元で囁いた。
「ホテルに女の子連れて行って、本当に直前で『やっぱり止めた』って、三回もやったって聞いたぞ」
この地獄耳め、よく知ってやがる。そこまで言うと、石井は体を離した。
「あちらさんから顰蹙買っているんだけど。俺としてもメンバーに入れたくなくなってくるぞ」
「じゃあいいよ別に。そろそろうんざりしてきたところだし」
ぞんざいに返すと、石井は目を見開く。
「うんざり? なんだよ、その態度。クリスマスに独りになりたくないから、合コンに参加したんじゃないのか? お前から出たい、って言ってきたじゃないか」
石井はちょっと変わった奴で、入社してからこっち、積極的に合コンのセッティングをするクセに、自分は一切参加していない。まるで仲人おばちゃんのような奴だ。
「な〜んか違うって気がしてきた」
合コンの時は「この子だ!」なんて感じても、いざ触れ合ってみると、強烈に「違う!」と言う違和感を感じてしまうのだ。
俺をじっと見ていた石井が、にやり笑う。
「ふーん。良いんじゃないか、それならそれで。合コンは柏葉に向いていない、って事だろう? これからは同じ失敗をするなよ」
ポンポンと肩を叩いて、石井は去り際に「なんかあったら相談に乗るから」と、言い置いていった。
寒くて暗い部屋に帰ると、真っ先にベランダを見に行くが、眠りを妨げそうな気がして、冬眠用の水槽には極力触れないようにしている。
「琥珀……」
十二月も終わりに近付いているが、春はまだまだ先だ。
独り寝のベッドがやけに広く感じる。今日も寝苦しい夜が来る。
そして、三月。俺は毎朝の外気温をグラフに書いていた。気温は日毎に、上がったり下がったりするが、グラフに起こすと、平均気温が上がってきているのがわかる。
少しフライングな感が否めないが、今週末に琥珀を起こす事に決めた。
金曜日の朝、ベランダの冬眠用水槽を開けて、琥珀を抱き上げる。
まだ目覚めていない体はずっしり重く、少し手に余して引き摺ってしまう。
今日はこのために、朝から暖房をつけず室温を低めにしている。室内の飼育ケースに寝かせて、後は気温の上昇に任せ、午後からの気温の低下には、暖房のオンタイマーで対応する。
『今日は仕事に行っている。夜、いつもと同じくらいに帰るから待っていろ』
飼育ケース内のわかりやすい所にメモを置いて、扉を開けた状態で仕事に向かった。
人型でいた数ヶ月で、琥珀は小学校中学年くらいの日本語をマスターしている。覚えていれば、メッセージが理解出来る筈だ。
大体予想通りの時刻に退社して、慌てて帰宅する。
「琥珀! ただいま」
部屋に入ると、ベッドに横たわる琥珀が目に入る。まだ蛇の姿だ。
「琥珀、おはよう」
ベッドの脇に膝をついて顔を近付けると、顔をもたげた琥珀が口をパクパク動かす。が、蛇には発声器官が無いので、言葉にはならない。
琥珀は口を閉じて俯いた。
あ、わかる。今、琥珀はぶすくれている。
「うん、わかる。『おはよう』って言いたかったんだろ?」
頭を撫でやると、頬擦りをしてくる。冬眠前と同じ仕草に嬉しくなって、思わず抱き締める。
久し振りの肌触りに、俺の顔はゆるゆるに緩んでいった。
「ちょっと待ってな。今ご飯用意するから」
量は多くないけれど、内臓系の肉も充実させた鶏肉の炒め物に、カルシウム補充のための煮干し。
俺が料理を運ぶ頃には、琥珀はテーブルに頭を乗せて待っていた。
鶏肉の炒め物を見て、もたげた頭を嬉しそうに揺らしたが、煮干しの入った皿を見て、少し顎を引く。嫌いなのだ。煮干しが。匂いが嫌らしい。
「カルシウムをちゃんと摂らないと体が動かないぞ。それに、人型になるには骨に負担がかかるんだから、カルシウムは大事だぞ」
頭を撫でて諭すと、渋々食べだした。
食べ終わると琥珀はさっさとベッドに上がり、添い寝モードだ。
俺は片付けとシャワーを手早く済ませ、琥珀の隣に潜り込む。
「久し振りだな……」
低い体温と滑らかな鱗。求めていた肌触りをやっと得て、深い息が漏れ出る。
俺の満足感に気付いたのか、琥珀がより一層擦り寄って体を巻き付けてきた。
琥珀程の体格ならば、俺の体重で潰してしまう事もない。安心して身を委ねると、一気に眠りに引き込まれた。
「ん……」
頬を擽る柔らかい感触に、ふわりと意識が浮上する。心地好い目覚め。でもなんだろう。少し暑い。
「おはよー」
耳に好い低い声……
「! 琥珀!」
人型の琥珀が俺を抱き締め、顔を覗き込んでいる。ウェーブのかかった長い黒髪が、俺の頬を擽っていた。
額に手を当てると、やはり少し熱い。
「おはよう、琥珀。また熱が出たな。ちょっと待ってな」
額に冷却シートを貼って、琥珀の服を出す。ちゃんと琥珀の体格に合ったTシャツとジャージだ。
服を着た琥珀は、床に寝ずに俺の腰にしがみ着いてくる。
「今日も仕事か?」
「今日は土曜日だから、仕事は休みだ。一日中一緒にいるから、安心して寝てな」
不安げな顔が安堵に緩み、琥珀は床に寝転がる。
「一緒。一緒……」
にへにへと顔を緩めて呟きながら、うとうとしだした。
平日の内に溜まった洗濯をしながら、眠る琥珀の様子を窺う。
時折寝返りをしている顔を覗く。冬眠前より少しシャープになって、ほんの少し大人びた感じがする。
「やる事はまだ子供っぽいのにな……」
思わず頭を撫でたくなった手を引っ込める。起こさないようにしないと。
夜になり夕食を用意すると、床に寝転がっていた琥珀がスンと鼻を鳴らし、体を起こした。
「ご飯……?」
「夕飯だぞ。食べれるか?」
「ん……食べれる……」
ズリズリと床を這ってきて、テーブルに顎を乗せる。
その額の冷却シートを剥がして、首筋に手を当てる。
「まだ少し熱があるな。ご飯、残して良いから、食べ過ぎないように気を付けてな」
夕飯後にもう一度冷却シートを貼り、俺の寝る支度をする。
「今日も一緒に寝る〜」
琥珀は俺より先に布団に潜り込んだ。
「暑くないか? 布団被んなくても良いぞ」
案の定、琥珀は布団を引き剥がすが、暖房を効かせているとは言え、やはり俺にとってはまだ布団の必要な季節だ。俺の被った布団の上に、琥珀は寝転ぶ。
俺の顔を覗き込み、にまにま笑う琥珀に眠気はないようだ。それでも俺は眠たい。
昨年も、琥珀は俺の寝顔を大人しく眺めているだけだったから、したいようにさせて、俺は眠りに入った。
翌朝、琥珀の体温が平熱に戻ったので、部屋の掃除をする事にした。
昨日は床に寝転がっていた琥珀をベッドに追いやり、部屋を片付け掃除機をかける。
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