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BL短編小説
1-3


 朝、目が覚めると、南アジア系の男が目の前、いや、俺と一緒の布団の中にいた。
「おはよー」
「っ!! ……あだっ!」
 驚いて跳びすさったら、ベッドから落ちてしまった。
「お前、大丈夫か?」
 思い出した。人間になった琥珀だ。また無理をして、体を変化させたようだ。
 額に手を当てると、ほんのり俺より温かい。
「まだ熱が高いな。今日は一日大人しくしてろ。大体、本来は夜行性だろ」
 人型をしているので、額に冷却シートを貼って毛布を掛けてやったが、「やだ」と、毛布を剥いでしまう。
 毛布は暑いのだろうが、そもそもこいつは昨日から全裸だ。
「いや、待て待て待て。それは流石にまずい。ちょっと待て」
 慌てて俺の持っている服の中から大きい物を探す。
 Tシャツとジャージの下を出して、全裸の琥珀の腰を盗み見る。いや、無理だ。俺のパンツに収まる骨格じゃない。
 身長は175cmの俺よりちょっと高めだから、180cmくらいだろう。だが、問題は体の厚みだ。骨太で筋肉もしっかりついているから、パンツは2Lが必要かも知れない。
 服を渡すと、いつも見ていたせいか、もたつきつつも、何も教えなくても一人で着られた。俺がゆったり着ている服がピチピチだけど。
 その格好で琥珀は床の上に転がって、俺の朝の支度を見ている。
「お前、名前付けなきゃな」
 唐突に琥珀の口から溢れた言葉に、一瞬思考が停止する。
 そう言えば、琥珀には俺の名前を教えていない。琥珀に命名した時の台詞を持ち出したと言う事は、俺を名前で呼びたいと言う事だろう。
「俺の名前は、信之、柏葉信之(かしわばのぶゆき)。信之って呼べば良いから」
「信之、信之……」
 呟きながら床を這ってくると、琥珀は俺に頬擦りした。
「俺の所に来てくれてありがとな〜」
 ガタイの良い男に頬擦りされて固まってしまったが、またしても琥珀は俺の言葉をトレースしていた。
 日本語は全て俺の会話で覚えたんじゃないだろうか。
「とっ……とにかく、今日は大人しく留守番してろよ」
 その言葉に琥珀は頷いて、床に再びへばり着いた。


「ただいまー」
「ただいまー」
 帰宅した俺の第一声に、琥珀はおうむ返しした。そうだ。昨日もそう言った。
「琥珀、俺が『ただいま』って言ったら、『お帰り』って言うんだ。ほら言ってみな。ただいま」
「……おか、えり」
 褒めて頭を撫で、ついでに額に手を当てる。熱は下がっていて、今は俺より低く、いつもの琥珀の体温だ。
「餌、食いたい」
 床に転がったままの琥珀が元気なく呟く。
「そうだな。腹減ったな。もう少し待っててな」
 琥珀の体は一体どこまで人間化しているのだろう。
 眼は蛇のままだったが、流石にラット丸のままは、人型では食べられないだろう。……だからと言って、俺もラットに包丁を入れて調理する気にはなれない。
 取り敢えず、鶏肉だけではあのガタイに見合わないと思って、豚肉も合わせて、油無し調味料無しで炒めた。
「信之、俺、人間用、食いたい」
 俺用に野菜を炒めていた俺の腰に、琥珀がしがみついてきた。
「わかった。わかったからあっちで待ってろ。火を使ってる時は危ないから」
 俺用の野菜炒めには玉葱が入っている。犬猫には葱類が駄目だと聞く。念のため、玉葱無し調味料無しの野菜炒めを作った。
「ほいじゃ、いただきまーす」
「いた、だき、まーす」
 琥珀も俺に倣って手を合わせていただきますをする。
 いつも俺を見ていたので、箸も積極的に使おうとする。少し教えてやれば、ぎこちないながらも、ちゃんと物を挟めた。
 だが、嬉々として口に放り込んだ野菜を丸呑みしようとして、喉を詰まらせてしまった。
「待て待て! 一度出せ!」
 慌て背中を叩いて吐き出させる。
「あのな、琥珀、口開けろ。人間の食べ方は、この歯を使って小さく噛み砕いてからのみ込むんだ。ほら、蛇の時と歯が違うだろ」
 琥珀の口の中は大分人間仕様になっている。ちょっと八重歯が鋭いが、ちゃんと臼歯もあるし、先が少し割れていて細身だけれど、舌もほぼ人間と同じだ。
 俺が咀嚼してからのみ込む様子を神妙な顔つきで見詰め、真似をする。
 今度はしっかりのみ込む事が出来た。
「旨いか?」
「旨い!」
「肉もしっかり食えよ」
 琥珀にはご飯を用意しなかったが、肉と野菜の炒め物で満足したようだ。体格と摂取カロリーが見合っていない感じがするが、体温から察するに変温動物な部分があるのだろう。
 俺が食べ終えた後、一緒に「ごちそうさま」をして、俺が片付ける様子をすぐ横で楽しそうに見ている。
 もしかしたら、琥珀には、人間になってやってみたい事が色々あるのかも知れない。その想いが募って姿を変化させる要因になったのかも知れない。
 色々考えてしまうけど、今考えるべきは、琥珀が健康に生活する方法だろう。そもそも、人型でい続ける事自体も大丈夫なのかどうか。早々体を変化させられない事はわかったが。
 表情筋はまだ固いものの、全身から滲み出る琥珀の感情はわかる。凄く楽しそうに人型で動いている様子を見て、琥珀を全力で守る決意をした。


 その後、新たな発見と問題が生じた。
 まず風呂だ。折角人間になったのだから入りたかろうと思い、初日は一緒に入って色々教えるつもりでそれに気が付いた。
 全裸の時は敢えて見ないようにしていたが、体を洗う時はやはり見てしまう。
 男に付いている筈の器官が見当たらない。人型の容姿を見れば男にしか見えないし、ショップでも雄だと言われた。つまり、その器官は蛇のままで体内に収納されているのだろう。
 風呂から出たら、寝床の事で揉めた。
 平熱に戻ったのでベッドで寝たがるのだが、蛇よりも幅を取るようになった体格で添い寝はキツイ。そもそも、男二人で添い寝ってどうだよ。
「二人一緒じゃキツイだろ? 俺が床で寝る」
「やだ」
 琥珀は床に寝ようとする俺をベッドに引きずり込む。
「じゃあ、琥珀が床で寝るのか?」
 床を指差してみる。
「やだ」
 琥珀は俺にしがみついて梃子でも動かない構えだ。
 らちが明かないので、結局狭いベッドで寝たが、低い体温の琥珀にくっつかれて、思いの外良く眠れた。


 翌朝は目の前にいる琥珀に驚く事なく、すっきりした寝起きだった。
「おはよー」
「おはよう」
 挨拶を返して琥珀の体調が良さそうな事を確認し、二人分の朝食を用意する。
 少ない量だか、琥珀にしてみれば初めての朝食だ。しかし、俺の心配をよそに、琥珀は美味しそうに平らげた。
「今日は俺が仕事から帰って来たら、一緒に買い物に行こうな。服とか、食料品とか」
 琥珀は喜んで飛び付いてきて、頬擦りをする。ゴツイ男になっても蛇の時と同じ行動が出るのは、少し微妙な気分だ。
「じゃあ、行ってきます」
「おか……行って、らっしゃい」
 教えた通りの挨拶に見送られ、俺は仕事に向かった。


 人間の生活に不慣れな琥珀を一人で外出させる訳にいかないので、俺が仕事に行っている間は、教育テレビを見せて留守番させた。
 仕事以外はなるべく一緒に出掛けて、人間の生活を教える。琥珀はいつも楽しんで、どんどん吸収していった。

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あきゅろす。
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