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BL短編小説
1-2
 いつもよりも早いスピードで歩きながら姉と会話をする。流石に駅に着いた頃には、息が上がってしまった。


 仕事を終えて部屋の前に帰り着き、鍵を開けようとしてゾッとした。
 鍵が開いている!
 そう言えば、携帯電話片手に慌て家を飛び出して、鍵をかけた記憶がない。
 まさか……ドアを開けたら泥棒とご対面なんて……だからと言って、居るかどうかわからないのに警察を呼ぶ訳にいかないし……
 ドアの前で次の行動を決めかねていると、突然内側からドアが開き、褐色の太い腕が俺を捕まえてドアの中に引き摺り込んだ。
 恐怖に固まる俺をよそに、褐色の男はご丁寧に内鍵とチェーンロックをかける。
 しかも! こいつ全裸! 恥じらう様子も皆無。
 恐慌状態に陥る俺に向かって、全裸の褐色男が口を開く。
「ただいまー」
 男はそれだけ言うと、踵を返して部屋の中に戻ってベッドに上がった。
「はあ!? ちょっと待てよ、お前! 何それ! 図々しいにも程があんだろ!」
 我が身の危険も忘れて詰め寄る俺に、褐色男が通帳と印鑑を差し出した。
「は? ちょっ……返せよ!」
 慌て引ったくって中を確認すると、一応残金は減っていない。
「男が、入ってきて、持って、行こうとした。俺、取り、返した」
 ぶつ切れの変な喋り方で褐色男が訴える。まあ、日本人に見えないし、日本語が下手でも仕方ない。
「……つまり、お前がこれ守ったって? この部屋から、これ出してないのか?」
「ん」
 一応通帳と印鑑は無事として、他に盗られたものはないかと視線を巡らして青くなった。
「琥珀!」
 飼育ケースの扉が開いて、中が空になっている。
 慌てる俺の腕を褐色男が掴んだ。
「お前! この中に居た蛇、知らないか? 大きい蛇! 琥珀には開けられない筈なんだ!」
「俺、開けた。最初、出来なかった、けど、これで、開けた」
 褐色男は、俺の腕を掴んでいるのと反対の手を俺に見せる。
「なんでそんな事したんだよ! 琥珀をどこにやったんだよ!!」
 半狂乱になって褐色男の腕を振りほどこうとしたけど、がっちり掴まれていてびくともしない。
「俺、名前、琥珀」
「はあ!? ふっざけんな! 琥珀を返せよ!」
「……名前、付けなきゃな……お……どうだ……琥珀って、名前、気に入ったか……」
 なんで、その台詞を知っているんだ、こいつは。
 褐色男は自分の眼を指差す。「見ろ」と言う事だろうか。
 俺と視線が合ったのを確認すると、褐色男は電灯の方に顔を向ける。
 何が言いたいのかわからなかったが、長いウェーブの黒髪から覗くそいつの眼を見ていると、驚いた事に、瞳孔が猫のように縦長に細くなっていった。
「そんな……」
 琥珀の眼でよく見掛けた現象だ。
「まだ、わからないか?」
 褐色男は目を閉じて顔をしかめる。今度はなんだろう。握られた腕に更に力が加わった。
「い、痛ぇって!」
 声を上げた瞬間、力が緩んでほっとしたのも束の間、俺は目を疑った。
 俺の腕を掴んでいた骨太な褐色の指が見る間に縮んでいき、腕すらもなくなっていく。
 メキメキと骨の軋む音を立てながら体が細く長くなり、淡い褐色の色は変えないまま皮膚が鱗になっていく。
 どれくらいの時間だっただろうか。音が止んで、そこには琥珀が横たわっていた。
「わかった、お前が琥珀だってわかったから。……ごめんな怒って、怒鳴って」
 床に座り込んで滑らかな鱗を撫でると、いつもより体温が高い事に気が付いた。
「もしかして、体キツイか? 体を変えるのって大変な事なんだよな?」
 横たわった体をラグの上から、キッチン前の床に移動させる。冷たい床の上の方が良いような気がしたのだ。
「餌は……食う気にならないか……」
 いつもなら俺の言葉に反応して頭を上げるのに、むしろ顔を背けた。
 着替えを済ませて、冷凍庫から自分用の鶏肉を出して解凍する。栄養バランスが悪いかとは思うけど、丸のままのラットよりは消化に良い気がする。
「琥珀……これな、小さくした鳥の肉。食えるか?」
 口先に近付けると口が開いたので、入れてやる。
 三つも食べると顔を背けてしまった。
 いつもなら俺の後を着いてまわるのに、ぐったり床に横たわったままで、時折冷たい床を探して体をずらすだけ。


 俺がベッドに入る時間になった。
 いつもなら何も言わなくても、状況から察した琥珀が先にベッドに上がるが、今日は動かない。
「琥珀、今日はどうする? ベッドだと体冷めないと思うんだけど、床の方にする?」
 琥珀は冷たい床を探して、また体をずらしたけで、俺の方に近寄らない。
「わかった。ベッドに入りたくなったら来て良いからな」
 琥珀の頭を撫でて、俺はベッドに入った。


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