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BL短編小説
1-1
 遂に、遂に買ってしまった……
 アミメニシキヘビ。
 巷では、噛まれて死亡した人がいたとかで危険視されているアミメニシキヘビだが……爬虫類好きには堪らない魅力の有る生物だ。鱗の滑らかさと言い、低い体温と言い、重過ぎないずっしり感と言い……とてつもなく手触りが良い。


 小さい頃から爬虫類が好きで、よくカナヘビを捕まえて家に持ち帰っては、母に悲鳴を上げさせていた。
 一人暮らしをし始めたら、いつかは……と願っていた事が漸く叶った。役所で許可を取ったり面倒な手続きと、大きな飼育ケースを一人暮らしの狭い部屋に設える苦労が有ったが、大人しく俺に撫でられるコイツを前にすると全て霧散する。
「俺の所に来てくれて、ありがとな〜」
 心がほこほこする。
「名前付けなきゃな……」
 アミメニシキヘビと言うと、茶褐色なものが多いが、コイツはかなり色が薄い。肌色に近いと言って良いくらいだ。滑らかに光を弾く鱗はまるで――
「琥珀……」
 撫でていた俺の腕にするり、と体を絡ませてヤツが俺に登って来た。
「お? どうだ? 『琥珀』って名前気に入ったか?」
 肩まで登って来ると、俺の頬に頭を擦り付けた。
「うは……」
 幸せの余り、ヤツの体を撫でながら俺の顔がだらしなく緩んだ。


 一日一回の給餌は俺が帰って来る夜に決めた。俺の夕食前だ。餌は冷凍ラットなので、慣れない人は食事前によくぞそんなものを見られるな、と思うだろうが、俺は何とも思わない光景であるし、琥珀に食事を待たせて自分が先に、なんてとんでもない。
 今日もケースを開けて餌をやっていると、玄関のチャイムが鳴った。
「俺達の至福の時を邪魔すんなよ」
 小さく呟いて無視をした。友人や知人なら携帯電話を鳴らすだろうから、それから対応したって良い。
 しかし、チャイムはしつこく鳴る。仕方無しに、俺は至福の時を中断して玄関を開けた。
「どうも、こんばんは〜」
 営業スマイルを浮かべた新聞の勧誘だった。いくら断っても、あの手この手としつこい。
「や、だから、ほんとに……」
 その時、気配も無くするり、と足に何かが触れる。しまった、ケースが開けっ放しだった。
 琥珀は俺の腰に巻き付き、腕との間から顔を出した。舌をチロチロ出し入れしたかと思うと、鎌首をもたげて牙を剥いて新聞勧誘員を威嚇する。
「ひっ……」
 勿論そいつは卒倒しそうな顔色になって、慌て逃げ去った。
 逃がしたとあっては責任問題だ。俺は慌てドアを閉めて鍵をかけた。
 俺がしっかり鍵をかけたのを見届けた琥珀は、あっさり首を反して部屋の中へと戻って行った。
「琥珀、俺が困ってたから追っ払ってくれたのか?」
 部屋の中央で俺を振り返った琥珀は、「そうだ」とでも言うように小さく頭を動かした。
「ありがとな。助かったぜ」
 琥珀はもう一度俺を振り返ると、飼育ケースの方ではなく俺のベッドへと近づく。
「あ、おい、下には潜るなよ」
 声を掛けつつ、俺は部屋の窓全てを閉めて鍵をかけた。網戸は破られる恐れが有るが、こうしておけば体が大きいので逃げられる心配は無い。
 俺の心配を他所に、琥珀はベッドの上、布団の中に潜り込んだ。
「ま、いっか」


 夕飯やらシャワーやらを済ませてベッドへ向かうと、そこには寛ぎきった琥珀の姿がある。
「琥珀〜……俺そろそろ寝たいんだけど、ケースに帰らないか?」
 琥珀は俺をチラリと見上げると、モソモソ動いてベッドの半分程のスペースを空ける。飼育ケースに戻る気は無さそうだ。
 確かに琥珀はアミメニシキヘビとしては小さい部類で、体長3メートル程。一緒にベッドに入れない事も無い。が、狭いには狭い。俺は渋々琥珀の空けたスペースに潜り込んだ。先程の事のせいか、琥珀が俺を襲う心配は湧いて来なかった。
 俺が睡眠モードに入ると、琥珀がスリ、と少し冷たい体を擦り寄せてくる。その体温や肌触りが気持ち良くて、俺は一気に眠りに引き込まれた。


 翌朝、アラームに起こされた俺の片腕に、琥珀の尾の先が緩く巻きついていた。
 ベッドを抜け出すと、琥珀も着いてきてベッドを降りる。朝食を摂ったり身支度をする俺の後を、着かず離れず着いて回った。
「……そろそろ会社に行かなきゃならんのだけど……琥珀、ケースに戻ってくれないか?」
 琥珀の目を見詰めながらケースを指差すと、琥珀は俺と暫く目を合わせた後、舐めるように肩、腕、指先へと視線を巡らせた。そのままスルスルと俺の指差す先、ケースの中へ入って行く。
「そうそう、良い子で留守番しててな」
 ケースの扉をきちんと閉め、俺は部屋を出た。


「ただいまー」
 声を掛けながら玄関の扉を開けると、俺と視線を合わせた琥珀が、ケースの扉を内側から軽くつつく。
 それくらいで開くような柔な造りではないが、琥珀は俺を見るのと扉をつつく仕草を交互に繰り返す。
「お散歩の味をしめちゃったかな……」
 もう一度部屋の戸締まりを確認して、ケースの扉を開けると、やはり琥珀はスルスルとケースから出てきた。
 部屋着に着替えて琥珀に餌をやり、その後自分の夕食の支度をして食べた。
 琥珀は朝と同じく俺の後を着いて回り、やっている事を逐一見詰めてくる。
「これ、食いたいのか? ……あー……蛇には蛇の体に合った食い物があるからな、人間用は我慢な」
 余りに見詰めてくるのでそう言ってみると、わかったのかわからないのか、俺の背後に回って体を横たえた。尾の先だけが俺の太股に寄り添ったり腰に巻き付いたりしてくる。
「ちょっ! くすぐったいって」
 脇腹をスリスリ擦られれば、流石にくすぐったくて身を捩る。
 少し間が空き、今度は背中や肩をピタピタ軽く叩きだした。
「ん。それなら大丈夫」
 俺の反応に良しと見たのか、夕食が終わるまで、規則的にピタンピタンと俺の背中で琥珀の尾が動いていた。

 その日から、俺が部屋にいる間は琥珀がケースから出て、俺の後ろをくっついて回る生活になった。まるで犬か猫のようだ。俺が出掛ける時には、大人しくケースに戻ってくれるので負担は感じない。
 それどころか、いつしか一緒に食卓に着くようになり、俺はその日あった出来事などを、冷凍ラットを喰らう蛇に向かって話しかけるようになっていた。
 琥珀は、冷凍ラットを食べた後は俺の食事を欲しがるでもなく、静かに俺の話を聞いている。
 朝食の席では、琥珀は何も食べないので、俺の着席と共にテーブルの向かいに頭を乗せてジッと俺を見ている。


 ある朝、琥珀をケースに戻し、部屋を出ようとした時に姉から電話がかかってきた。
 漫画家のアシスタントをしている姉は実に不規則な時間帯で生活をしている上に、家族に電話をかけてくる時も、自分の気の向いた時間で行動を起こす。
「そろそろ切って良い? 夜にかけ直すからさぁ。俺、これから出勤なんだけど」
『それがどうした。駅まで歩きながら聞きなさいよ』
「あー……はいはい。で?」
 いつもよりも遅くなったために、携帯電話を耳に当てながら靴を履いて、慌て部屋を飛び出した。


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あきゅろす。
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