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BL短編小説
3
 それには、武志は躊躇いを感じた。自分にはホモのレッテルが貼られてしまっているため、一緒に居れば、石井も巻き添えを食うのは必至だ。考えた末、校舎裏ならば人目も少ないだろうと思いついた。
「今日、昼飯食ってたあの木のとこならな」
「分かった。また明日な」
 石井は手を振って武志の部屋を後にした。


 翌日、例の如く最前列に座る武志の周りには誰も居ない。結界でも在るかのように半径3mの空間が出来ていた。
 武志より遅く講義室に現れた石井は、三人掛けの席の真ん中、武志のすぐ隣に座った。
「おはよう、沢木」
 人目の有る所で接近されるのはマズイ。武志は視線をくれないまま、小声で非難した。
「あんま俺に構うな。ここ迄して良い、なんて言ってない」
「えー、良いじゃないか。俺、沢木が困る事はしてないつもりだけど」
 石井は武志の努力をあっさり無視し、声を落とす事もしない。
「それに、好きな相手の傍に居たり、口説いたりは、しつこくない程度だったら悪い事じゃないだろう?」
 爆弾発言ここに極まれり。周囲に十分聞こえる声だった。
「えーー! マジー?!」
「嘘っ! ヤダー!」
「石井もかよ!」
 講義室内は大騒ぎになった。武志は石井の大胆な行動に声も出ない。
「うるさい!」
 なかなか静まらない講義室後方に向かい、石井が怒鳴った。
「俺は講義を受けたいんだ。静かに出来ないなら、出て行けよ」
 普段温厚で知られる石井の剣幕に、周囲の空気が固まった。石井は皆の驚愕を気にも止めず、立ち上がって扉を指差した。
 扉の前には講義室内の騒ぎに面食らい、固まったままの助教授が立ち尽くしていた。
「済みません、お騒がせしました。講義を始めてください。」
 石井が静かに頭を下げ、腰を下ろすと、漸く講義の始まる空気が戻ってきた。
 一講目に続き二講目でも、武志と石井の背には昨日以上の視線が突き刺さる。武志は何度も、講義室を飛び出したい衝動を堪えた。


 二講目が終わると、武志は即座に荷物を鞄に放り込み、逃げるように講義室を飛び出した。
 ツカツカと早足で歩く武志に石井が追い縋る。
「なぁ、弁当、生協に買いに行こうぜ」
「コンビニで買って来てる。大学の生協なんか行けるか。俺は見せ物になりたかない。お前一人で行って来い。俺は先に行く」
 石井の方を向く精神的余裕など有りはしない。武志はそのまま校舎裏へ急いだ。


 武志は校舎裏にたどり着くと、翠の葉を生い茂らせる木を見上げた。大きく息を吐き出し、幹に背を預けて座り込んだ。
 暫く目を閉じて座っていると、石井が走って来たので、目を開きそちらを見た。
「!」
 一瞬立ち止まった石井の、息を飲む音が聞こえた。
「なんて顔してんだよ」
「お前のせいだろ」
「俺っ……ごめん……」
 石井が武志の目の前で項垂れた。
「…………違うな……俺が悪ぃんだ。石井のせいじゃねぇ」
「そんな事……」
 石井は言葉を続ける事も出来ず、二人は暫く黙ったまま項垂れ、座っていた。
「こうしてても時間の無駄だ。飯、食おうぜ」
 武志がそれ迄の空気を振り払うように、顔を上げて言い放った。石井は少し呆気に取られたような顔をした後、嬉しそうに笑った。
「そう言う所、好きだな、って思う」
「なっ……」
 武志は即座に赤面する。
「そんな所も好きだ」
 更に石井は言葉を重ねる。
「うー……さっさと飯を食え!」
 武志は怒鳴り散らしてそっぽを向いたが、石井はくすくすと嬉しそうに笑い続けた。
「石井はさ、俺のどこが良いと思ったんだよ。俺、モテた試しが無いぜ。大体、相手が男って事に躊躇いはねぇのか?」
 武志は自棄のように勢い良くおにぎり一個を平らげた後、漸く箸を動かし始めた石井に向き直った。
「うーん、躊躇いは、無いかな。気持ちを自覚するのに時間は掛かったけどな」
 石井の箸は自然と止まってしまう。武志は「ほら、食いながらで良いから」と勧めながら、石井の言葉に耳を傾けた。
「一年の前期の体育でさ、バスケットボールやっただろう。あの時、俺、いい加減にやるつもりだったんだ」
 最初に石井のチームと対戦したメンバーの中に武志がいた。背の低い武志を気にも止めていなかったが、ゲームが終わる迄に石井は何度も驚かされた。
「スリーポイントだけじゃ無くてさ、ゴール下に入っても確実にシュートを決めるし、チーム全員を巧い事使ってゲームを運ぶしで、びっくりしたし……格好良かった」
「ありゃ、小中学校でバスケやってたからだ。大した事じゃねぇ」
「うん。でも、知り合ったばかりでしかないクラスメイトを的確に指揮していたよね? 各々に見合った役割を与えて。凄いと思ったんだ」
 それから、石井は常に武志を意識していた、と言う。
「実験とか実習になると凄く楽しそうで、目なんかキラキラ輝いてて……見ているこっちまで楽しくなった」
 そんな賛辞を貰ったのは初めての事で、武志は照れくささの余り、俯き加減にもそもそとパンにかじりついていた。
 その時少し強い風が吹き、二人の頭上の木の葉を揺らした。
――ポトリ……
 半分程食べていた石井の弁当に、小指の先程の何かが落ちて来た。モゾモゾと蠢いている。
「わ! うわっ! 何? 何か落ちて来た!」
 驚いた石井は、のけ反るように弁当を体から離した。
「ぶっ……何びびってんだよ、お前。なんだ? ……ああ、蜘蛛だ。ちっこい蜘蛛。ほれ、あっち行きな」
 石井の慌て振りに思わず吹き出して、弁当を覗き込んだ武志は指先で軽く蜘蛛をつついた。蜘蛛は3p程ピョンと跳ぶと、セカセカと弁当から降りて行った。
「ははっ……何? 石井って虫苦手なのか?」
「いや、そんな苦手じゃないけど……何が落ちて来たか分からなくて、びっくりしたんだ」
「こんな木の下だ。虫が落ちて来るなんて当たり前だぜ。ここで面積の広い弁当を広げるのはハイリスクだぞ。まあ、鳥の糞じゃないだけまだマシだったけどな」
「糞!? それは……本当に勘弁して欲しいな」
 大袈裟に顔をしかめる石井を見て、武志は遂に堪えきれなくなった。
「くくくっ……ふっあはははは……おまっ……意外と抜けてるってか、笑える奴だなっ……」
 肩を揺すってわらう武志を、石井は呆けた顔で見詰めた。
「笑った…………」
「なんだよ、そんなに可笑しいか?」
「違っ……あれから、沢木全然笑わなくなったし……笑うと可愛い……」
「はあっ?!」
 思わず洩れた石井の言葉に、武志の眉がはね上がった。
「あっ……いや……」
 途端に石井はしどろもどろになる。
「あー、もう良いよ。なんか俺、石井の事良く分かってなかったんだな。取り敢えずさ、友達から始めようや。良く知りもしないで突っぱねるのは良くないな」
「あっ、有り難う!」
 石井の顔に嬉しさが溢れた。
 午後からの講義中、やはり周囲の視線や囁き声が聞こえたが、午前中程のいたたまれなさは感じなかった。


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