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BL短編小説
2
 昼食を食べ終え、ペットボトルの飲み物を喉に流し込んでいると、駆け寄って来る足音が聞こえた。
「良かった。まだ居た」
 振り向くと、石井が膝に手をついて大きく息を吐き出していた。
「なんだよ。何しに来たんだよ」
 容易く声に刺が混じる。
「遅くなってごめん。本当は昨日から側に居たかったんだけど……」
 武志の隣に腰を下ろし、弁当を広げた。
「携帯もアパートも知らないし、連絡の取りようも無くって……そうそう、アドレスとかも教えてくれよ」
 器用にも、弁当を片手で食べながら携帯を取り出した。
「赤外線付いているんだろ?」
 携帯を振って催促してくるので、仕方無しに武志も携帯を取り出した。
「……データ送れば良いのか?」
「有り難う! あ、待って待って! 俺のデータも登録してくれ」
 携帯のデータを交換すると、武志は立ち上がった。
「じゃあな」
「あ!待ってくれって。次の講義は…」
「女侍らせてれば良いだろ?」
「はべっ……心外だっ!」
「タラシとは、あんま一緒に居たくねぇ」
 尚も言い募ろうとする石井を無視して、武志は立ち去ったが、弁当を広げてしまった石井は、結局その場から動けなかった。

 三講目、講義開始直前に、石井は一人で講義室に入って来た。そのまま一直線に武志の側に来て、一番前の三人掛けの席の一つ空けた隣に座った。
 一瞬講義室内がざわついた。
「石井く〜ん、そんなとこ居ないで、こっち来て一緒座ろうよぉ」
 女子学生が一人、近寄って来た。
「悪いけど、用も無いのに近寄らないでほしい、って昨日言ったよね?」
「え〜、いいじゃん」
 尚もまとわり付かれ、石井はそれ迄の笑顔を一変させた。
「何度も同じ事言いたくない。迷惑なんだ」
 そこで講義室に教員が入って来た。
「ほら、講義が始まる。座れよ」
 石井の冷たい声に、その女子学生は後ろの方の席に引っ込んだ。
 武志は昨日よりも更に痛い視線を背に感じながら、講義に集中する振りをした。明らかに、注がれる視線は石井の行動に一因が有る。
 講義終了後、荷物をまとめる武志に石井が声を掛けた。
「沢木、この後時間有る…」
「これからバイト。忙しいから。じゃあな」
 石井に口を挟む暇を与えず、武志はさっさと講義室を出て行った。
「うーん、手ごわい」
 小さく呟くと、石井もさっさと講義室を後にした。
 石井の去った講義室では、女子学生達が顔を見合せていた。
「えー、やだー、嘘ー」
「まさかぁ、そんな事有り得なーい……」
「でもさぁ……」


 バイトが終わり、ロッカールームで着替えている武志の目に、携帯の点滅するランプが止まった。
 メールの着信が一件、石井からだった。
『バイトお疲れ様。
ちゃんと話がしたい。
バイトが終わったら連絡くれないか?俺のバイトは10:30頃に終わるから』
 時計を見ると、15分程過ぎている。
 ロッカールームを出ながら、登録したばかりの番号にかけると、2コールで石井が電話に出た。
「お疲れ様〜」
「ああ……で、話って何?」
「うわ、単刀直入だなぁ。電話じゃなんだからさ、沢木のうち行って良い? どこ?」
「別に良いけど。コーポ高橋の203」
 上機嫌で話す石井と対照的に、武志の声はぶっきらぼうだ。
「夕飯は食べた?」
「バイトで賄い飯食った」
「そっか。じゃあ、何か酒とつまみ買って行くよ。ビールじゃないのが良いだろう? 何が飲みたい?」
「……」
 武志の沈黙に石井は慌てた。
「あ、あれ? ビールが良かった? コンパで余りビール旨そうにしてなかったから……」
「うん、ビールより焼酎のが好きだ」
「……」
 今度は石井の方が沈黙した。
「ビッ○マンとか大○郎とか想像してねぇか?」
「〜うはっ……ごめん。想像しちゃった」
 電話の向こうで石井がカラカラと笑った。
「んなデケェの要るか! ちっこいの一本で十分だ!」
「ごめん、悪かったって。じゃあ、後で」


 武志がアパートに帰り着くと、既に扉の前に石井が待って居た。
「悪いっ。待ってたか?」
 慌てて駆け寄り、鍵を開けた。
「あ、気にしないで。俺も今来たところ」
 石井はいつもの笑顔を浮かべた。
 武志がグラスを二つ持って行くと、狭いワンルームの中央に在るローテーブルに、石井がコンビニで買ったとおぼしき惣菜やつまみ類、酒を並べていた。二人分にしては少し量が多い。
「……もしかして、晩飯まだだったのか?」
「うん。悪いけど、食べさせてもらうよ。あ、沢木も欲しかったら食べてよ」
「なんか……悪かったなぁ」
「だぁから、気にしないでって。俺が押し掛けたんだしさ」


「で、話って?」
 石井の買って来た、焼酎に口を付けながら再び話を促す。
「ああ、誤解を解いておきたくてさ」
「誤解?」
 石井は居ずまいを正して武志を見詰めた。結局、ビール一口と唐揚げ一切れを口にしただけだ。
「端から見たらそうかも知れないけど、俺、タラシじゃないよ」
「じゃあ、いっつも一緒に居る女達は?」
「俺から誘っている訳じゃない。女の子口説いた事なんて、殆ど無い。大学入ってからは、一度も無い」
「口説いて無くてアレかよ」
 なんてモテる奴だ、と武志は半ば呆れた。
「うん。だけど、無下に扱ってなかったのも事実だから……食事の誘いを断った事は、殆ど無いんだ。母親から『女の子は大切にしなさい』って、小さい頃からこんこんと言い聞かされていたから」
「で、その後お持ち帰りしちゃったんじゃねぇの?」
「そんな事してない!!」
 武志の揶揄に、即座に声を張り上げて反論した。
「そんな事してない。誓ったって良い、食事だけだ。食事だって、奢った事も無い。いつも割り勘で済ましていたんだ」
「それも男としてどうよ?」
 武志のツッコミに、石井はケロリと返した。
「全く気が無いんだから、当然だろう?」
「あー、はいはい、そうですね。タラシ呼ばわりして悪かったよ」
 すっかり毒気の抜かれた武志は、タラシ呼ばわりを撤回した。
 取り敢えず、石井が武志の部屋に来てから口にした物は、ビール一口と唐揚げ一切れだけだ。夕飯を食べていなかった身には、そろそろ酷だろう。
「悪かったな。もう、食えよ」
 武志がローテーブルに広げられた料理を示すと、石井は嬉しそうに頷いて食事を再開した。
 石井は買って来た食べ物を粗方食べ、武志は焼酎二杯とつまみを幾らか口にした。
 明日も平日である事を考えると、武志にとって限度の酒量である。武志の手が止まったのを見て、石井が 腰を上げた。
「そろそろ帰るよ。明日も一講目からだろう?」
「おう。これ、ありがとな」
 武志が焼酎の瓶を持ち上げると、石井は武志の顔色を窺うように訊いてきた。
「また、来ても良いか? 一緒に飲まないか?」
 あのコンパ以来、武志に友人はいないに等しい。
「ああ、良いぜ。但し、休みの前日が良いな」
 石井の顔に、ぱっと笑みが広がった。
「それじゃあ、明日から昼も一緒に食べないか?」

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あきゅろす。
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