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BL短編小説
1
「俺の彼女さー、すっげぇ可愛いの! そうそう、丁度これくらいでさー」
 大学二年生になって初めてのクラスコンパの席でだった。
 沢木武志(さわきたけし)は隣に座った佐伯優汰(さえきゆうた)に肩を抱き込まれた。
「え……」
 武志が驚きで硬直しているのを良い事に、佐伯の行動は更に大胆になっていく。
「わー! お前の肩、彼女とそっくり。ほっそいなぁ」
 「ホントそっくり」と言いながら、顔が接近してきた。
 唇が触れる寸でのところで、武志は我に返った。
「馬…鹿にすんなぁっ!」
 ガツッ!
 思い切り、佐伯の顔面に拳を叩き付けた。
 ガタッ!と派手な音を立てて、佐伯の長身が椅子から落ちた。充分な体勢からの拳ではなかったので、流石にひっくり返るには至らなかった。
 周囲のざわめきの中、顔を押さえて佐伯が立ち上がった。
「いってぇなぁ。んだよ、お前俺の事好きだっつったじゃん」
 武志は一気に血の気が引くのを感じた。しかし、次の瞬間には全身の血液が逆流する気がした。
「え? マジ?」
「何? ホモって事?」
 戸惑いと好奇の声が広がる。
「あ? 俺は違うぜ? ちゃんと彼女いるし」
 佐伯はさっさと自分は無関係だと主張する。周囲の視線が武志に集中した。
 とてもじゃないが、その場に居続ける事は出来なかった。鞄をひっ掴み、学生会館の集会室の扉を体当たりするように押し開けた。
 噛み付くように歩いて向かったのは自らのアパートではなく、余り人の訪れない校舎裏。
「あーあ……」
 小さく呟いて、一本の木の根元に転がった。


 武志が去った集会室では未だに戸惑いのざわめきが広がっている。その中で一人が立ち上がった。
「酒の席でも、やって良い事と悪い事は有るだろ? シラけた。帰る」
「えー? 石井君、まだ居てよー」
 引き留める女子の声に軽く謝ると、石井圭祐(いしいけいすけ)は集会室を後にした。


 武志は未だ木の根元に転がったまま、夜空を見上げていた。
 武志とて、中学、高校時代に好きになった相手は女の子だった。性格良し容姿良しで、告白する前に彼氏が出来たり、既に彼氏がいるような子ばかりだったが。
 仲良くはなれても、そこ止まり。身長158pの華奢な身体に大きな目の武志は、女性に可愛いと言う印象を抱かせるらしく、全く恋愛対象にしてもらえなかった。
 大学に入学する時、『今度こそは好きになった相手に告白する!』と意気込んでいたのだ。
 しかし、いざ大学生活の蓋を開けてみると、何故か心踊る相手は同性だった。
 最初は何かの勘違いだと思った。だが、話し掛けてもらえただけでやけに嬉しかったり、ちょっとした接触でドキドキしたり。トドメには、自分との会話に誰かが割り込んできた時に、もの凄くイラついたり。タイプだと思っていた女の子には感じなかった心情だった。
 半年近く悶々と悩んだが、真っ赤に色づいたナナカマドに背中を押されるように自分の心を自覚して、思い切って告白した。
 感じていた通り、佐伯は武志を軽蔑はしなかった。しかし、友達以上には思えない、とあっさり断られた。今迄通り友達でいよう、と言われ、頷く他無かった。


「やっぱりここに居た」
 静かな声がして、武志の視界に整った顔が入ってきた。
「何だよ、石井。俺に構うとお前までホモだ、って言われるぜ」
 そう、明日には学内中に噂が広まり、皆から白い目で見られる事は避けられないだろう。
 石井は穏やかな空気を纏ったまま、武志の横に腰を下ろした。
「構わない。いや、むしろその方が良い」
「はあっ?! お前何言ってんだ!」
 がばり、と起き上がり、思わず怒鳴ってしまった。
 ――何言ってんだ、こいつ!――
 武志の視線と石井の真剣な視線が絡んだ。
「佐伯の事、好きなのか?」
 グッ、と返答に詰まってしまった。
 確かに佐伯の事は好きだった。さりげないフォローの出来る器用さとか、周りを楽しませるユーモアとか。ぬーぼーとした長身も、冴えないと言ってしまえばそれまでだが、優しさの現れに思えた。
 それも、先程の一件で全て吹き飛んだ。あんな大勢の前で自分の想いを暴露されるとは。そして、彼女の身代わりにされるとは。
「もう終わったこった。」
「過去の事なのか?」
「終わった、って言った! 蒸し返すな! つか、俺の事なんか放っとけよ」
 武志には石井の真意が全く見えてこなくて、イライラが募った。
「ごめん。俺には大事な事なんだ」
 石井は一度目を伏せると、もう一度武志を見つめた。更に強い視線で。
「好きなんだ。佐伯の事なんか忘れて、俺と付き合ってくれないか」
 思いもしなかった言葉に一瞬真っ白になったが、すぐにそれは怒りの赤に染められる。石井の襟首を掴んで唸った。
「俺がホモだからって、馬鹿にしてんのか?」
「馬鹿になんてしてない。本気だ」
 武志に襟首を捕まれたまま静かに答えると、石井はそのまま武志の後頭部に手を添え引き寄せた。
「――!」
 驚きに、武志の大きな目が更に見開かれた。視界には、長い睫毛と閉じられた瞼のみ。
 唇に触れた柔らかい物がゆっくり離れた。
 眼鏡の下の切れ長の瞳が開かれ、武志を見つめ、もう一度閉じられた。
 後頭部に添えられた手に再び力が籠る。唇に柔らかい物が押し当てられ、今度は濡れた物で唇を撫でられた。
 武志はギュッと目を閉じると、手の平に力を込めた。
 ドンッ!
「お前っ、いっつも女連れてんじゃん! 嘘吐くのもいい加減にしろ!」
 石井を突飛ばした勢いのまま立ち上がり、叫んだ。
「沢木!」
 呼び止める石井の声を無視して、走り去った。


 週明けの月曜日一講目、武志が扉を開けると、講義室内の全ての視線が集中した。あからさまにこちらを見ながらひそひそと語り合う者もいる。
 武志は口を固く引き結ぶと、一番前の席に座った。ここならば、振り返ってまでして視線を向けられる事は無い。背中に痛い程の視線を感じてはいるが。
 講義開始直前に、石井が講義室に入って来た。やはりいつも通り、隣には女子学生がくっついている。
 一瞬武志と視線がかち合ったが、武志はすぐにふいっと顔を背けてしまった。だから、石井の顔が苦笑で歪んだ事には気が付かなかった。
 二講目、昼休み、三講目、四講目。月曜日は履修している講義が全て同じなので、一日中石井の姿は目についた。その度に連れている女が違っていた。
 石井がモテるのは良く知っている。佐伯程の長身ではないが、スラリとしていて足が長く頭身が高い。切れ長の瞳とすっきりした鼻筋。細いフレームの眼鏡がそれらを知的に彩っている。余り親しい訳ではなかったが、女子学生の間の評判は良く耳に入って来ていた。
 翌日の火曜日も、一講目、二講目、昼休み、とやはり連れている女が違っていた。
 ――やっぱり嘘じゃないか。馬鹿にしやがって――
 武志は昨日と同じくコンビニで買っておいたパンとお握りと飲み物を、いつもの木の下で広げた。親しくしていた連中は、誰一人近寄って来なかった。今迄は友人達と食堂で食べるのが常だったのに。


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