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BL短編小説
6
「おお、変わった変わった」
「どんな風に……?」
 洋一が余りにニヤニヤ笑うから、不安になって思わず聞いてしまった。
「中三の冬頃だな……お前、よく図書室で勉強してたろ?」
「うん」
 暖房を使う時間が制限されている教室と違って、図書室は常に暖房で室温が保たれていた。わからない所が有れば職員室の先生に聞きに行けたから、受験勉強のみならずテスト勉強の時もよく利用していた。
「俺もさ、部活引退したし、いい加減受験勉強マジでやんなきゃ、って図書室に勉強しに行ったんだ……そしたらさ……」
 洋一は俺をチラリと見て語尾を濁す。すぐに目を逸らすと頭をガシガシ掻いた。
「なあんか、勉強してる大地の横顔がさ……色っぽく見えたんだよ」
「へっ?」
 洋一の口から飛び出した、予想だにしなかった言葉に変な声が出た。
「や、俺だって、まさか、って思ったぜ。勉強でストレス溜まって、アッチも溜まってんのかな? とか思ったり!」
 俺のまじまじ見詰める視線から逃れるように、洋一は顔を更に背ける。
「ええ……? でも洋一、中学生になってからクラスの奴とエロ本でどう、とかよく騒いでいたじゃない」
 中学生の頃は、小学生の時程親しい関係ではなかった。洋一の部活動が忙しかった事もあったし、友人のタイプが分かれてきたのだ。
 それでも、クラスの中で目立つ存在で、洋一自身騒がしくしていた事もあって、洋一に関する話は色々耳に入った。
 中学二年生の時、年上の女の人とヤった、と言う話は一部で結構有名になった。
 その洋一が俺をそんな風に見ていたなんて……先程あんな事をしておきながら、信じられない。
「や、だから、それは、受験勉強マジでやるようになってからなかったろ?」
 まあ、その頃は他の奴等も鳴りを潜めていた。
「合格発表の時のお前見てさ、なんか、ヤベッ、って自覚した」
 高校の合格発表? 別々に行ったから、洋一に見られていたなんて気が付かなかった。
「でも、でもっ……高校入ってすぐ、卓球部の田中達と、新体操部の川村先輩が色っぽいとか騒いでいたじゃない!」
 なんだろう。体の中がもやもやして感情がコントロール出来ない。
「おまっ……さっきの俺は一体なんだったと思ってんだ?」
「知らないっ。節操の無い洋一なら何でも有りだろ」
 苛ついてきて、呼吸が荒くなる。目眩もしてきたみたいだ。
 そっぽを向いている俺の二の腕を洋一がガシリと掴む。振り向くと険しい表情の洋一と目が合い、掴まれた腕がぎりぎりと痛んだ。
「俺はっ…………!? おい、大地……」
 洋一は急に表情を変えると片手を俺の額に当てた。洋一の手がヒンヤリしていて気持ち良さに少し気が緩み、息を吐く。
「熱、上がってきてないか?」
 洋一は俺の首筋にも手を当てる。
「やっぱ、熱い……ちょっと待ってろ。そろそろシーツ乾いたはず……」
 洋一は俺をその場に横たわらせると、バタバタと家中を駆け回った。


 俺の所に戻って来た洋一は、さっき俺の足に貼ろうとした冷却シートを額に貼り付けてくれる。
「結局役に立っちまったな」
 洋一は今度は俺を横抱きに抱え上げた。
 そのまま俺の部屋のベッドまで運ばれる。乾燥機で乾かしたばかりのシーツは生温いけど、さっぱり乾いていて悪くはない。
 洋一は俺を寝かせてタオルケットを掛けると、ベッド脇に座り込んで俺の頭に手を伸ばした。
「中学ん時の俺から考えりゃ、信じらんねぇかも知れんけど……今は大地の事しか考えらんねぇ」
 サリサリと髪を撫でられて気分が落ち着いてくるけど、心に棘は引っ掛かったままだ。
「新体操部の川村先輩の事は?」
 洋一の顔が苦いものを飲み込んだかのように歪む。
「ゴメンな。アレ、カモフラージュなんだ……大地にこの気持ちを知られたら気味悪がられるんじゃないかと思って、取り敢えず周りに合わせた」
「……じゃあ、本当に?」
 俺の問いに洋一は至極真面目な顔で二度頷いた。
「ホントにホント。最近エロ本じゃ抜けねえもん」
 首を傾げた俺の耳元で洋一が囁いた。
「ここんとこ、大地の困り顔オカズにしてた」
「なっ……」
 思わず赤面する俺に追い討ちがかけられる。
「これからは大地のイキ顔がオカズだな」
「!」
 恥ずかしさの余り、洋一に視線が向けられなくなった。
 そんな俺の頭を、洋一はグリグリと撫で続けた。
「あ、そうだ」
 何かに気付いたらしい洋一の声につられて目を向けると、部屋の隅に放り出していたバッグを漁っていた。
「ほら、これやる」
「あっ……」
 差し出された拳に促されて両掌を出すと、コロリと種類の違う二つの石が乗せられる。
 小学生の洋一がくれたあの石と同じ種類。でも、あの石よりひとまわり大きくて、今の俺の掌にしっくりくるサイズだ。
 一度ベッドヘッドに置いてある小さな石達を見て、洋一に視線を戻した。
「有り難う」
 何故だか洋一は俺から視線を逸らしてしまう。顔が真っ赤だから、照れているんだろうか?
「あの河原、ガキん時は結構歩いたように思ったけど、自転車で行ったらすぐなのな」
 顔を背けたまま、洋一が視線だけを俺に向けてくる。それから、漸く顔ごと向けてきた。
「うん、有り難う」
 洋一がこっちを向いてくれると自然と顔が緩む。つられるように、洋一の顔も綻んだ。
 そのまま、綻んだ顔が近づいて来て――
 そっと唇が重なった。ただ、ただ優しく触れるだけのキス。
 暫くして唇を離した洋一は、額を合わせてきた。
「ゴメンな、無茶して……せっかく熱下がってきてたのにな……」
 額同士を合わせているから、洋一の声が直接頭に響いているみたいだ。
 新たに洋一から貰った石を左右の手に握って目を閉じた。
 火照った体の熱が石に吸いとられ、その代わりのように眠気が流し込まれて来る。心地の良い眠気と頭を撫でてくれる洋一に全てを委ねた。


 カチャリとドアが開く音に意識が引き上げられた。
 廊下からの明かりが射し込む部屋の中は、既に真っ暗になっている。
「大地。ごめんね、起こしちゃった?」
 母さんが廊下からの明かりを頼りにベッドに近づいて来る。
「ううん。大分寝たからもう起きる」
 両手に握りっぱなしだった石をベッドヘッドに置いて、目を擦りつつ体を起こした。
「あら、なあに? また熱上がったの?」
 俺の額に冷却シートを認めて母さんが聞いてくる。
「洋ちゃん、お見舞いに来てくれたの? 随分久しぶりじゃない?」
 台所のホワイトボードを読んだのだろう、畳み掛けるように尋ねられると、つい先程の事を思い出してしまって顔が火照る。暗くて良かった。誤魔化せているだろう。
「つい色々話し込んじゃって……興奮しちゃったみたい」
「あら、そう?」
 熱が振り返した事について、上手く誤魔化せそうだ。
「母さんがいつまでも、『洋ちゃん』だなんて子供扱いするから来辛いんじゃない?」
 トドメの一言で母さんの意識は完全に逸れてくれた。
「そんなものなの? 思春期の男の子って難しいわね。『洋一君』なら良いのかしら」
「うん、そうだね」
「夕飯食べられそう?」
「うん、軽くなら」


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あきゅろす。
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