[携帯モード] [URL送信]

BL短編小説
3
 洋一は相変わらずワタワタと焦っているけど、俺は何だか心がほっこり暖かくなった。欲しかったものが貰えて、すとん、と心が落ち着いた感じだ。
「誘われたからって簡単にやれちゃうんだ」
 なのに……自分で吐いた言葉に胸が痛くなった。
 ハンドボール部のマネージャーは、隣のクラスなのによく洋一の所へやって来る。彼女の目を見ればよくわかる。人目の無い所で洋一を誘っていたって不思議じゃ無い。
 なんだ、そうなんだ。ほろりと涙が零れた。
 途端に洋一が顔色を変えた。
「わ、悪かった。な。犬に咬まれたと思って忘れてくれ! な」
 洋一にとっては、犬に咬まれたと思って忘れたい失敗だったんだ。
 そう思ったら、涙は後から後から転がり落ちた。
 俺の無表情はどこかに行ってしまってもう戻って来ない。
 こんな顔、これ以上見られたくない。タオルケットを頭の上まで引き上げて潜り込んだ。
「いい。俺は忘れない。もうこの思い出だけで、生きていく」
「そんな執念深いことゆーなよ。なぁ」
 洋一が困り果てた声を出した。最近の俺達と逆になっている。
「洋一は忘れたければ忘れたら良い。でも、俺は忘れない。洋一なら誘ってくれる人はいくらでもいるだろう? その人とやれば良いだろう?」
 洋一が珍しく困っているからだろうか、俺の口も珍しく良く動く。面食らった洋一が絶句しているみたいだ。
「おっ、俺が誰とでもホイホイんなことするヤツだと思ってたのかぁっ!?」
「現に、今したじゃん」
 タオルケットをひっ被ったまま応酬する。俺の顔は既に涙でぐしゃぐしゃだ。
「おまっ……お前っ…………ああっ、畜生! お前以外にこんなことしねえよっ!」
 え? どういう事?
 俺はぐしゃぐしゃな顔の事も忘れてタオルケットから頭を出した。
「それ……どういう事?」
「ああっ、もうっ、知るか!」
 洋一はダァンッ、と一つ足を踏み鳴らすと、俺から目を逸らして頭を掻きむしった。
「お前がっ、好きだからだよっ!」
「え? 嘘……」
「うそじゃねえ! …………悪かったな。気持ち悪ぃこと言って」
 洋一はそっぽを向いたまま、最後はボソッと小声で謝ってきた。
「じゃあな」
「ま、待って! 洋ちゃん!」
 まるでどこか怪我しているんじゃないか、と思う程痛い顔をしてそのまま踵を返したから、俺は慌て洋一の服の裾にしがみついた。
「おまっ……ひとがせっかく! ……あんまくっつくと……襲うぞ!」
「いい! 洋ちゃんなら襲ってもいい」
 洋一を引き留めるために、売り言葉に買い言葉、みたいな感覚で慌て口にしていた。
「お前、意味わかってんのか?」
 洋一の声が低く地を這った。
「わかってる! ……わかって……」
 言っている途中で漸く頭に沁みてきた。掴んだ服は離さないけど、まともに洋一の顔が見られない。顔の火照りは熱のせいだけではない筈だ。
 『襲う』って、キスとか体を触るとか以上の事だよな? そこまで考えていなかった。洋一にキスされたり触られたりは嬉しかったけど、それ以上は考えが及ばなかった。
 黙りこくった俺を見遣って、洋一は苦い顔でまた頭を掻きむしった。
「勢いでも、んなことゆーな」
 服を掴んだままだった俺の手を振り払おうとしたから、反対の手でその洋一の手を掴んだ。
「たっ、確かに、勢いで言っちゃったけど……洋一ならいい……だって、さっきのキス、嬉しかった」
 もしかしたら、洋一の「お前が好き」発言も俺を困らせるための伏線かも知れない、と思わないでもなかったけど、この際騙されても良い気になっていた。
 火照ったままの顔で洋一を見詰める。
「マジか?」
 珍しく呆けた顔の洋一に、小さく頷いて返した。
「じゃあ、なんで泣いたりしたんだよ? いやだから泣いたんじゃねえのか?」
「『誘われたからキスした』みたいな事言うから、誰にでもするのかと思って……」
「しねぇよ」
 洋一が憮然とした。
「それに……最近、洋一、俺を困らせて喜んでいるみたいだったから……」
「はあ? 何ゆって……」
 言葉の途中で洋一が顔色を変えた。
「英語Gの教科書を隠したところ、見たんだ……終業式の日に靴を隠したのも……洋一?」
 洋一はベッドに座る俺の前に、カクンと膝をついた。痛みを堪えるような顔になっている。
「お前が俺をちゃんと見ないから……俺を見て、頼ってもらえてスゲー嬉しくて……病みつきになった。終業式の日だって……『家まで送ってやる』って、俺の自転車に乗せたくて……ゴメン……俺を見て欲しかっただけのハズだったのに……ゴメン」
 壊れ易い物を扱うみたいにソッと洋一の手が伸びてきて、その胸に抱き寄せられた。
「頼む、ちゃんと俺を見てくれ……」
 洋一が掠れた声で懇願してくる。
 俺は、洋一と目を合わせなかった事が、どれだけ彼を苦しめていたか初めて知った。
「うん」
 小さく頷くと、洋一は体を離して俺の顔を見詰めた。余りにジッと見詰めてくるので恥ずかしくなってきたけど、我慢して洋一を見詰め返した。
「ヤベェ……」
 洋一は微かに呟くと、俺の首に片手をまわしてグッと引き寄せた。
 え……
 驚きに薄く開いた俺の口を洋一の唇がピッタリ塞ぐ。柔らかい物が侵入してきて中を探った。
「ん……んう……ん」
 洋一がだんだん体重を乗せてきて、俺は支えきれずに――
 ゴンッ!
「んっ!」
「いっ……」
 ベッドに仰向けに倒された俺はベッドヘッドで頭を打ち、驚いた拍子に洋一の舌を噛んでしまった。
 頭を抱える俺と口元を押さえる洋一。暫く二人して痛みを堪えていたけど、先に洋一が口を開いた。
「ゴメン。大地、熱出てたんだったよな」
 俺をちゃんとベッドに寝かせてタオルケットを掛けてくれる。前髪をかき上げて頭を撫でた後、額や頬に触れてくれた。
 昔と同じその仕草に思わず頬が緩み、へにゃりと笑みが浮かんだ。
 そんな俺を見た途端、洋一がバッと勢い良く顔を背けた。
「洋一?」
 洋一は顔を背けたまま、ジーパンのポケットに一旦突っ込んだ拳を俺に差し出した。
「これ……取り上げて悪かった。ゴメン」
「あっ……」
 小学5年生の洋一がくれた二つの石だった。
 受け取ったその石を両手に一つずつ握ると、安堵感が全身にじわじわ広がった。
「それ、俺が遠足で拾ってきた石だろ? まだ持ってたのか?」
「うん……」
 洋一はチラリと俺に視線を戻したけど、すぐにまた逸らしてしまう。
 とろとろと眠気が意識を覆い出した。「また来る」と洋一が言ったように聞こえたけど、返事が出来ないまま、眠りに引きずり込まれた。


 翌日は大分熱が引いて、母さんの持って来てくれたお粥を全部食べきる事が出来た。口には出さなかったけど、明らかにほっとした様子の母さんを見て、発熱の原因を素直に言えない事が少し申し訳無くなった。
「もう一日大人しくしていなさいね」
 そう言い置いて母さんは仕事に出掛けた。
 まだ少し痛みの残る足を庇いつつ勉強机に着いた。調子も良くなってきた事だし、宿題を進めておきたかったのだ。




[*前へ][次へ#]

3/8ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!