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BL短編小説
2
 洋一の声が驚きに掠れたのは、俺の聞き間違いだろうか。
 洋一は俺の反対の手からも石を取り上げ、頭上高くに掲げてしまった。
「返せっ! 返せよ!」
 慌て立ち上がって手を伸ばしても、洋一は俺より10p以上も背が高いのでとどく訳が無かった。
 俺の困った顔に満足したのか、洋一がニヤリ、と笑みを浮かべた。
 俺の困った顔を見るために、洋一は行動を起こすんだ。俺が表情に出さなければ、きっとその内飽きるだろう。俺は考えた末に、表情を消す努力をした。
 とすん、と椅子に座り直して再び教科書に目を落とした。


 翌日、学校に行くと、あの石を持った洋一が俺の机の上に腰掛けてニヤニヤ笑っていた。
 俺が俯きながら椅子に座ると、机から降りた洋一が握った石でコツコツと机を叩いた。
「おい、取り返したくないのか?」
 俺が石に視線を向けるのを見計らって、サッと手を引いた。恐らく頭上に掲げたのだろうが、俺は見上げなかった。
 取り返そうなんて、無駄な努力だ。俺は表情を消す事に力を注いだ。
 次の日も洋一は同じ事をしてきたが、俺は石に視線を向ける事すらも我慢して俯き続けた。
 翌々日は流石に飽きたのか、洋一は何もしてこなくて、俺はひそかに胸を撫で下ろした。


 それから数日後の一学期の終業式、俺は自分の考えの甘さを思い知った。
 全ての日程を終え、帰ろうとした俺の靴箱は空っぽだったのだ。
 一瞬呆然としたが、どこかで洋一が俺の困る様を見てるのでは、と思い至って慌て表情を消した。
 少し迷ったけど、靴下を汚して母さんに文句を言われるのも嫌だったので、靴下を脱いで裸足で歩き出した。
 俺の奇妙な行動を見て、周りが潜めた声で何か言い交わすのがわかる。なるべく人通りの少ない、普段通らない道を選んで帰った。
 ジリジリと焼けるアスファルトは凄く熱くて足が痛かったけど、暫く歩く内に熱さに慣れてきた。
 裸足で歩いている事も、焼けたアスファルトも、何だか他人事みたいに曖昧になってきた。ふわふわと散漫になりそうな意識を叱咤して、何とか家にたどり着いた。
 玄関で足を払って家に上がる。足を洗うために風呂に直行した。
 制服の裾を捲って、足にシャワーを当てるとしみたような気がしたが、一瞬の事だった。
「あれ? 腫れてる?」
 手で触ると、熱を持って腫れているようだった。
 足を拭いている時に、玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、コツンと何かに当たる音。視線を落とすと、俺の靴が転がっていた。
 やっぱり必要が無くなってから見つかるんだ。何だか可笑しくなったけど、ここ数日で身に付いた無表情が俺を包み込んでいた。
 靴を玄関に入れ、鞄を持って自分の部屋に引っ込んだ。制服を脱いでベッドに倒れ込む。だるくて仕方無かった。


「大地、夕飯よ」
 母さんが起こしに来た。昼飯も食べずに寝込んでいたみたいだ。
 起きようとしたけど上手く体が動かない。
「あら? 熱出たの?」
 額に当てられた母さんの手が、気持ち良い程に冷たい。
「成績表」
 どこの婆さんかと思うようなしゃがれた声で、机の上の鞄を指差した。
 母さんは鞄の中から成績表を取り出して、俺の顔を覗き込んだ。
「お粥なら食べられそう?」
 首を左右に振った俺に「そう」とだけ返し、棚から出した体温計を渡して部屋を出て行った。
 暫くして戻って来た母さんに体温計を差し出すと、一瞬眉をしかめたけどすぐに眉間の力を抜いた。
「咳とか鼻水は出ない?」
 そう聞きながら解熱剤と水を渡してきた母さんに頷いた。
「明日から夏休みだし、気が緩んで疲れが出たのかしらね」
 母さんにはそう思わせておきたかった。タオルケットの下、体の中で一番火照って腫れた足の事は言わなかった。理由を聞かれると、色々ややこしくなると思ったからだ。


 電解質飲料を十分飲んだせいか、朝方に汗の不快感で目が覚めたけど、熱はまだ高いようだった。
 あの石が無かったからだろうか。洋ちゃんは夢に出て来てはくれなかった。
 食欲は無かったけど、母さんの運んでくれたお粥を少しだけ食べて、薬を飲んで、パジャマも着替えてまた眠った。


 サリサリと頭を撫でられる感触がして目が覚めた。
 視線を向けると、少し不機嫌な洋ちゃんが居た。
「お前んち無用心。病人のお前しかいないのに、鍵かけてねぇんだな」
 昨夜洋ちゃんの夢が見られなかった分、俺は余計に嬉しくて、嬉しくて、本当に嬉しくて仕方無かった。
「でも、お陰で洋ちゃんがうちに入って来れたよ」
 俺はへにゃりと笑っていつもと同じく言ったけど、洋ちゃんはニカッ、とは笑ってくれなかった。「そだな」とも言ってくれなかった。
 洋ちゃんは熱を出した俺みたいに真っ赤な顔になって、ウロウロと目を泳がせて俺から目を逸らした。
「洋ちゃん?」
 訝しんだ俺が手を伸ばすと、バッ、とバネ仕掛けの玩具みたいに立ち上がって後退りをした。
「洋ちゃん……」
 尚も宙をさ迷う俺の手にはあの石が無い。
 そう言えば、洋ちゃんも何だかいつもと違う。背が凄く高くなっている……? あの石が無いから、いつもと同じ夢が見られないのかな……


 次の日も熱は下がらなかった。
「なかなか熱下がらないわねー……病院行く?」
 母さんに聞かれたけど、俺は「大人しく寝てる」と、首を横に振った。原因は大体わかる。多分足の腫れが引かない事には、熱も下がらないだろう。
 昨日たくさん寝たからか、今日は余り熟睡出来ない。うとうとしては目が覚める、の繰り返しだった。
 そんな中、洋ちゃんがまた夢に現れた。両手をポケットに突っ込んで、仏頂面で立っている。立っているから、背が高いのが良くわかる。高校生の洋ちゃんだ。
 仏頂面のまま俺をジイッ、と睨んでいる。俺は堪らず枕に顔を埋めてしまった。
 その俺の顔がガシリと掴まれ、無理矢理体が起こされた。
「お前、なんで最近人の顔見ないんだよ」
「ひてっ、痛たた……うえっ? これ、夢じゃないの?」
「夢? んなわけあるか。夢じゃねえっつの」
 どうしよう。心の準備をしていなかったから、上手く無表情に切り替えられない。どうしよう、どうしよう。
 表情のコントロールは出来ないし、顔はガッチリ掴まれていて俯けないしで、パニックに陥った俺はとうとうぎゅっと目を瞑った。
 手を離して欲しいのに、なかなか離してもらえない。
 暫く二人してその姿勢でいただろうか。フッと何か柔らかい物が唇に触れた。俺がふるふる震えていると、もう一度触れてきた上に唇の隙間にヌルリと侵入しようとした物が有った。
「?」
 思い切って目を開けると至近距離に洋一の顔が有った。
 ばちりと目が合うと、感電でもしたみたいにして洋一が飛び退いた。
「おまっ……お前がっ……わ、悪いんだぞ。そんな顔してっ……誘うからっ」
 真っ赤に顔を染めた洋一が、つっかえつっかえ言い訳をする。
 俺は誘ったつもりなんかこれっぽっちも無いのに。
 今のは、もしかして、キスだったんだろうか……

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