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BL短編小説
1
 あれ? おかしい。現国のノートが無い。昨日、確かに教科書と一緒に鞄に入れた筈なのに。教科書は有るのに、ノートが無い。
「大地、どうしたんだ?」
 鞄の中を漁ったり、机の中身を全部出してみたりしている頭上から声がかけられた。
 振り仰ぐと、幼なじみにしてクラスメイトの望月洋一(もちづきよういち)がニカッ、と人好きのする笑顔を浮かべていた。
「洋一……現国のノートが無いんだ。教科書と一緒に鞄に入れた筈なのに……」
 今の俺はさぞかし情けなく、みっともない顔をしている事だろう。
「ちょっと待ってろ」
 洋一は暫く目を見開いて俺の顔を見詰めた後、自分の机に戻ると、現国のノートを一枚破りとって持って来た。
「ほら、これ使え。後でノートに貼るなり写すなりすればいーだろ?」
「え? そんな、悪いよ」
 破りとられた一枚のノートを凝視して両手を振ると、問答無用で机の上に置かれてしまった。
「もう破っちまったんだから、つ、か、え」
 少し不機嫌になった声に、慌て頭を下げた。
「あっ、有り難う」
 間抜けな事に、現国のノートは次の数学の時間、数学のノートにはさまれていた形で発見された。


 その日からだろうか。学校で俺の持ち物が度々行方不明になった。
 俺が困っていると洋一がやって来て、ニカッ、と笑う。「探してやろうか?」とか、教科書だったら「他のクラスで借りて来てやる」とかで解決してくれる。流石は洋一だ、なんて思う。
 そして、洋一が見つけられなかった探し物は、やはり間抜けな事に必要が無くなった頃に見つかる。


 そんなある日、化学の実験で教室移動を控えた休み時間の事だった。
 トイレに行った後、教室に戻りかけ「実験室に行くんだった」と踵を反した時、俺の机を覗き込む洋一が目に入った。
 俺の視線に気付かない洋一は、俺の机から何かを取り出して自分の机にしまった。
 嘘だろう? まさか、今まで、洋一が物を隠していたのか?
 混乱する頭を必死に宥めつつ、見つからないように足音を忍ばせて実験室へ急いだ。
 化学の時間が終わり、教室に戻って机の中身を確認してみる。案の定、次の時間で使う英語Gの教科書が無かった。
「どうした? 大地」
 いつものように声をかけてくる洋一の顔が、ニカッ、ではなく、ニヤリ、に見える。頭ががんがん痛み、視界がぐらぐら揺れた。
「俺……凄く頭痛い……保健室行ってくる」
 「大丈夫か? ついてくか?」
 心配そうな顔をする洋一に更に混乱が募る。
「いい。一人で大丈夫」
 ふらふらになって保健室にたどり着き、ベッドに倒れ込んだところで意識が途切れた。


 サリサリと髪をすくように撫でる手付きで意識が浮上した。
「目ぇ覚めたか?」
 ぼんやりと見上げると、笑顔の洋一が覗き込んできた。時計を見ると、とっくに授業は終わっている。
「俺、今日自転車で来てるから送ってやる」
 洋一の真意がわからない。
「いい。だって洋一部活有るだろう?」
「ちょっとくらいさぼったって平気だ。病人はおとなしく人のゆーこと聞いとけ」
 有無を言わさず俺の手を引いて歩き出した洋一の反対側の手には、彼と俺の鞄が有った。
 校門を出た所で俺に鞄を返し、「ちょっと待ってろ」と洋一は校内へ引き返した。
 うちの高校では、学校から半径2q以内に住んでいる生徒には、自転車通学が許可されない。俺も洋一も半径2q以内に住んでいるのだけど、洋一は部室棟の裏に自転車を隠して、こっそり自転車通学をしている。
 洋一が戻って来る前に鞄の中を確認すると、英語Gの教科書はちゃんと入っていた。
 洋一は俺の困った顔を見て楽しんでいるのだろうか? それなら、「自転車で送ってやる」の真意がわからない。
 ぼんやり思いを巡らせていると、洋一が学校のフェンスの外から自転車に乗って来た。先生に見つからないように、校門ではない所を通って来たらしい。
「ほら、乗れよ」
 自分と俺の鞄を前のカゴに押し込んで後ろの荷台を指差した。
「しっかり掴まれよー」
 鼻歌でも出てきそうな上機嫌で、洋一は自転車を漕ぎ出した。


 次の日、俺は熱を出して寝込んだ。
 寝込むと必ず見る夢が有る。


 小学生の頃、俺は月に一回くらいの頻度で寝込んだ。4年生にもなると、「毎月毎月仕事を休んでいられない」と、母さんは俺を置いて仕事に出るようになった。
 そして5年生の遠足の日、俺は例によって熱を出して遠足に行けなかった。うとうとと熱に浮かされていると、頭を撫でられる感触がして目が覚めた。
 視線を向けると、少し不機嫌な洋一が居た。
「お前んち無用心。病人のお前しかいないのに、鍵かけてねぇんだな」
 俺は洋一が見舞いに来てくれた事が嬉しくて、嬉しくて仕方無かった。
「でも、お陰で洋ちゃんがうちに入って来れたよ」
 俺がへにゃりと笑って言うと、洋一はニカッ、と俺の大好きな笑顔を浮かべてくれる。
「そだな」
 ヒンヤリした手で、俺の火照った頬や額にペタペタと触れてくれる。凄く気持ち良くてもっと触って欲しかったけど、流石にそこまで図々しい事は言えない。
「そだ。みやげがあるんだ。」
 俺の顔から手を離し、洋一はリュックを引き寄せてポケットを探った。
「きれいな石、見つけたんだ」
 種類の違う二つの石を俺の掌に乗せてくれた。
「わぁ……有り難う!」
 その二つの石も洋一の手と同じくヒンヤリしていた。


 俺は寝苦しさで目を覚ました。両方の手に一つずつ握り締めていた石は、俺の熱を吸い込んですっかり温くなってしまっていた。
 俺は石を枕元に置いて指先で転がした。
 この石達は具合の悪くなる度、御守りのように握り締めて寝ている。毎回、毎回あの日の洋一を夢で見る事が出来るのはそのお陰かも知れない。


 次の日から、物を行方不明にさせないために俺は対策を立てた。
 簡単な事だ。なるべく机を離れない。離れる時は、荷物を全部詰めた鞄を持ち歩く。
 簡単な事だけど、奇妙な行動にクラスメイトは白い目を向けるようになった。
 あれ以来、洋一にどんな顔をして良いのかわからなくなって、まともに顔を見ていない。白い目を向けてくる他のクラスメイトも同様だ。
 確かに以前は洋一以外にも親しかった友人がいた。それなのに、どんな風に友人関係を持てば良いのかわからなくなってしまった。
 休み時間は面白くもない教科書をただ読み続けるだけの日々。それだけじゃ辛くて、遂には学校まで洋一に貰った石を 持って来るようになった。


 両手をポケットに突っ込み、左右に一つずつ入れた石を握り締める。自然に洋一の笑顔が脳裏に浮かび、頬が緩んだ。
 ガンッ!
「何ひとりでにやついてんだよ」
 いつの間にか近くに来ていたらしい洋一が俺の机を蹴り、不機嫌に唸った。
 不機嫌であろう洋一の顔を見る事なんて、とてもじゃないが出来ない。俺は力一杯石を握り締めて目を瞑った。
「何隠し持ってんだよ」
 目敏く俺のすがっていた物を見つけ、洋一が俺の手をポケットから抜き取った。
「これ……」


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