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短編集
2027年(その2)




「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」


俺の手からすっぽりと抜けた生卵は俺の望み通り、アイツへと飛んでゆく。
にっくき七障子の嫡男であり、次にその名を継ぐであろう

七障子 久敏(ななしょうじ ひさとし)に。

あの投げ放った生卵は賞味期限をとうの昔に過ぎたものであり最早凶器とも呼ぶべき代物だ。
割れた瞬間、強烈な臭いと気色悪い感触をあのアホ久敏に与えるに違いない。
あのお綺麗な顔が腐った生卵でぐちゃぐちゃになる姿を思い浮かべ、俺は知らぬ間に口角が上がるのを感じた。

しかし、それも次の瞬間には儚い夢と消えた。


ぱしり。


そう、俺の思い浮かべていた音とは全く違う静かなキャッチ音がシンと静まりかえった体育館へと響く。
俺は見事腐った生卵を片手で華麗にキャッチした男を見て、思わず舌打ちをした。
あと少し、あと少しであの腐った卵が久敏に命中する筈だったのに。

男は片手でキャッチした生卵を数回空中に飛ばすと、俺に見せつけるようにその生卵を前へとかざした。
あの涼しげな立ち居振る舞いに俺は自然と拳が震えるのを感じた。
あの男こそ、いつも俺の邪魔をする。

「いっつも余計な事ばっかしやがって!出しゃばるな!」

「お前こそ、こんなものを久敏様に投げよこそうとは……万死に値する!」


そう、俺に向かって絶対零度の視線を向けてきた男。
名を福地 日々喜(ふくち ひびき)というが、やつこそがアホの七障子に仕える天才執事一家の跡目。
奴の化け物染みた凄さは生まれてこのかた12年の人生で嫌という程思い知ってきた。

なにせ、奴は今ステージ下にイチ生徒として先頭に並んでいた筈なのに、俺が生卵を投げる瞬間風のような速さでステージを駆けのぼり寸前のところで俺の投げた生卵を受け止めた。やつは1,5メートルのステージをひとっ飛びで飛び乗ったのだ。
そして、一切息を乱さず涼しげな顔で俺を睨みつける。

無能な七障子が今こうして立派に見えているのは、あの日々喜の力であると俺は確信している。

福地家。
面倒な事に、この一族も俺の名である安河内家と同様、二つの血の流れがある。

一つは俺達安河内一族に仕えている福地家。
そしてもう一つがアホの七障子家に仕えている福地家。

その二つの福地家の始まりは、やはり俺の父が実家を出た事に起因している。
福地家も元は七障子や安河内より歴史は浅いが、昔から輸出産業に強い貿易企業として名を馳せてきた名家だ。
しかし、今やその名は二つの有能な執事の一族として名を馳せている。

父が家を飛び出した時に父の傍で全てをサポートしてきた日向さんは、元は福地一族の跡目を継ぐ筈の嫡男だった。
日向さんは一族を捨て、福地家の地位や権力を捨てた。
全ては俺の父に捧げ生きて行く為。
そんな日向さんにも俺は日々しびれっぱなしだ。
かっこよすぎる、潔すぎる、美しすぎる。

日向さんは本当に俺の父を愛しているようで、何が何でも父が一番。
自分の息子である日比谷よりも、奥さんよりも、そして父の息子である俺よりも。
何より父が一番。

有能で優秀な日向さんにそこまで入れ込まれる父の凄さはやはり半端じゃない。
日向さんは父の息子である俺を一番にできない事を悔み、自分の息子である日比谷を俺に付けたらしいが、それには俺の父も先程申し上げた通り大反対だった。
「子供には好きな将来選ばせてやれよ」と声を大にして毎日毎日叫んでいたが、当の日比谷が俺に仕えるとあっさり言ってのけたので、父もここからは何も言えなくなったようだ。

というのが、俺達安河内一族に仕える福地一族。

そして、アホの七障子に仕える福地一族の祖は日向さんの弟さんに当たるらしい。
名を福地 日和(ふくち ひより)さんと言うらしいが、俺はその人を余り見た事がないし、知らないのだが、彼も日向さん同様、七障子の現当主を愛していると聞く。
今、生卵を華麗にキャッチした日々喜の父親なのだから、きっと相当なつわものには違いない。

これが、二つの福地家の流れの違いである。
元は兄弟であったが、今や対立する財閥に仕える有能な執事同士。
故に俺の執事である日比谷と、アホの久敏に仕える日々喜は従兄同士というわけだ。

なんだかとても運命的だと感じて、俺はそこにも無駄にしびれている。

しかし、今の俺にとっては日々喜は邪魔者以外の何者でもない。


「久敏様、お怪我はありませんでしたか?」

「日々喜、よくやった。お前は本当に優秀な俺の秘書だ。褒めてやるぞ!」

「久敏様にそのように言って頂けるとは身に余る光栄です。あんな粗暴な馬鹿の考える事など、全て俺が盾となって阻みます」

「日々喜は本当に頼れる部下だ!」

入学式のステージで気持ち悪い空間を作りだし始めた二人に、俺はステージまで駆けあがってアホの久敏をぶん殴るという強硬手段にでようかとステージ前方へ走り出した時だった。


「あの粗暴な馬鹿には俺からきっちり逆襲させて頂きます」


日々喜はすっと目を細めて言うと、次の瞬間右手に持っていた腐った生卵を


俺に向かってぶん投げていた。


「っっっっ!」


自慢ではないが俺はそんなに運動神経が良いわけではない。
だとすれば、あんな一瞬にして投げられた生卵など避ける瞬発力なんてない。
俺は生卵に向かって走り出して、生卵は俺に向かって飛んでくる。

俺は近づいてくる生卵をやけにスローに感じながら、次の瞬間には覚悟を決めて目を閉じた。

べちゃり。

嫌な音がした。
卵の割れる、嫌な音が。
けれど、卵のぶっかかる嫌な感触も臭いもしない。

あれ。

そう思い俺が目をあけた時。
確かに卵は割れていた。
俺の5メートル程前で。
よくわからないクラスメイト達にぶっかかり。


「うわぁぁぁあぁ!!」
「くせぇぇぇえ!」

俺の前方に居た数名のクラスメイト達はぶっかかった腐った生卵に悶絶し、絶叫していた。
確かにあれは臭かろう。
なぜなら、離れた俺でさえ鼻をつまむ勢いだ。

そう俺は何が何だかわらないうち起こった現状について行けくなっている時だった。

べちゃり。

もう一度、あの音が響いた。

しかも、ステージ上で。


「あ、」

俺の目に入ってきた光景。

アホの久敏に生卵がぶっかかっている姿と、

俺の相棒であり、兄弟であり、秘書である日比谷が、日々喜に向かって再度


生卵をぶん投げている光景だった。


べちゃり。


「うあああああ!」
「いやだぁああ!」

ステージの上で悶絶する二人と、ステージ袖から一歩前へ出た日比谷はニヤリと俺を見て笑った。
どうやら、俺に投げられた生卵も奴が同じく生卵を命中させて衝突を回避させてくれたらしい。
俺の前方には二つ分の生卵のからがおちている。


「正弘様、お怪我はありませんでしたか?」

その言葉に俺はピンとくるとガッツポーズをしながら、ニヤリと日比谷に向かって同じ笑みを浮かべてやった。


「日比谷、よくやった。お前は本当に優秀な俺の秘書だ。褒めてやるぞ!」

それは先程、アホの久敏が日々喜に言っていた台詞だ。
さすが、日比谷とても皮肉な演出をする。

「正弘様にそのように言って頂けるとは身に余る光栄です。あんな無能でアホの考える事など、全て俺が盾となって阻みます、そして攻撃します」

「日比谷は本当に頼れる部下だ!」


という何ともアホのようなアイツらのやり取りを一度なぞってやると、日比谷は満足したのかステージから飛び降り、俺のもとまで走ってきた。
俺は走ってきた日比谷とハイタッチすると、そのまま日比谷の手を取って後を振り返った。

騒然としている観衆。
入学式という式典は、今やその名を実行できてはいなかった。
そう、今は入学式。

入学式。

ということは、俺達新入生の後には俺達の保護者も居る。
俺の親も日比谷の親も、それにアイツらの親も。
新入生である俺達の後に。
来てくれている。
見てくれている。

どちらかと言えば、暴走授業参観のような感じだと俺は思った。
いつも忙しい父が見に来てくれるからこそ、俺ははりきった。
父さんに勇敢な姿を見せたくて、内緒でがんばったのだ。

「父さーん!俺やったよー!アホの七障子に生卵投げてやったー!」

そう笑って父に手を振るが、何故だろうか。
父さんは真っ青な顔で、キョロキョロとあたりを見渡している。
どうしたのだろうか、トイレにでも行きたいのだろうか。

俺は右手で日比谷の手を握りしめ、左手で父に手を振る。
そして、体育館の後方左側を指さした。

「父さーん!トイレならあっちだよー!あっちー!」

叫ぶ俺に、隣に立っていた日比谷からブフッと噴き出す声が聞こえた。
その瞬間、保護者席からガタンと言う大きな音が響き渡った。

「まさゆきぃぃ!本当にお前の一族は粗暴で無能で役立たずのクズだな!?お前が息子にやらせたのか!?」

叫んだ男を見れば、それはアホの久敏の父親である七障子 久新(ななしょうじ くじん)だった。
あいつはいつも父を馬鹿にするから嫌いだ。
後一つ、生卵があれば奴に投げつけてやるのに。


「……いや、あの…えぇーっとですね」

父はアホの七障子の親父にブチ切れられて、困ったように笑う。
このような場でも笑っていられるなんて、やはり父の度量は海より広い。
とても尊敬できる人だ。

そう俺が思っていると、父の隣に座っていた日向さんが笑顔で俺に頷いてきた。
そして、パチパチと手を叩くと、叫ぶ七障子の親父を無視してゆっくりと立ち上がった。
そんな日向さんに、周りの保護者も生徒も教師も皆目を奪われる。

日向さんはとても綺麗だ。
立ち居振る舞いも、そして顔も。
俺は父のように勇敢で優しい強い男になりたいが、日向さんのように圧倒的な魅力と言うのにもあこがれる。

俺が日向さんを一心に見つめていると、隣に居て俺の手を握っていた日比谷の手がより一層強く俺の手を握った。
きっと、日比谷も日向さんの美しさに感動しているのだろう。


「正之様、正弘様の立派なお姿も見れた事ですし、もう仕事に戻りましょう。次の商談に遅れてしまいます」

「………え。この状況で?」

「ええ、ご立派なお姿に私は感動致しました。アホの七障子様にも久しぶりに会えて今日はとても良い日ですね。さぁ、行きましょう正之様。ずらかりますよ。」

「マジで?これ放置して帰るのか?保護者として謝罪とか」

「大丈夫です、正弘様にはうちの愚息が付いておりますので」


なにやらコソコソ話す二人の姿は、とても信頼し合ってわかり合っているようで、俺はいつも父と日向さんの姿がうらやましいと思う。
俺も日比谷といつかあんな風にどこまでもわかり合った関係を築きたいと心から思う。

今までコソコソと話していた父と日向さんだったが、次の瞬間父さんもスクリと椅子から立ち上がった。
そして、日向さんがいつもの綺麗な笑顔で俺達に向かって言った。


「私達は仕事なのでこれで失礼致します。日比谷!」

「はい!」

隣で日比谷が素早く返事をする。
俺は父さんがもう帰ってしまうとわかり、なんだかテンションが下がってきた。
もう少し居て欲しかった。

「お前はこれからもきちんと正弘様をお守りし、お仕えするように!正弘様の意思は何があっても今日のように遂げなさい!」

「はい!言われずともわかっております!」

「よろしい、この後の事もお前に任せる。きちんと計らうように」

「……だから!言われなくてもわかってる!正弘様は俺がきちんと仕えるから早く親父は帰れ!」

「はいはい」


突然キレ始めた日比谷に日向さんは苦笑すると、俺の父の手をとってそのまま優雅に体育館を後にした。
父さんはきっと俺の晴れ姿をもっと見たかったんだろう。
何度も、何度も俺の方を振り返ってみていた。
そんな俺の父さんの後を追い、アホの七障子の親父と、それに仕える執事の日和さんも体育館を出ていった。

その間、俺は父さんに手を振っていたが、俺の隣に居た日比谷の手はずっと俺を握ったまま手を振る事もなかった。


「日比谷、日和さんは本当に凄いな。俺の父さんも凄いけど」

「………はぁ」

日比谷は俺の言葉に深い息をつく。
きっと、日向さんの余りの美しさに息子でありながら感嘆しているに違いない。

ともあれ、こうして俺、安河内 正弘と執事である福地 日比谷との中学生活は幕を開けた。
と、同時にアホの七障子 久敏と、その執事である福地 日々喜との中学での戦いの火蓋は切って落とされた。







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その後。
闘いの火蓋が切って落とされた瞬間、俺と日比谷は追いかけてくる教師から逃げ惑っていた。

だから俺は知らない。
俺の父が帰宅する車の中で酷く嘆いていた事を。

「日向、お前があんまり美化して俺の話をするから……正弘はあんな純粋無垢な目でいつも俺を見るんだ!どうしてくれるんだ!父親の威厳が実物よりも遥かに大きくなってしまってるじゃないか!」

「と、いいますと?」

「俺はこんなに小物なのに!俺は安河内家を勘当されたのであって、華麗に家を飛び出したわけじゃない!執事職を解任されたのであって、嫌気がさして自ら七障子に絶縁状を叩きつけたのではない!」

「それで?」

「俺が今こうしてまた成り上がりとか言われるくらい七障子家に引けを取らない程の財力を身つける事ができたのも、全部お前の力だろうが!俺は何もできない小物なのに!あぁ……息子の純粋な目が痛い。お前の息子の向けてくるフォローするような視線が痛い」


「まったく……あなたと言う方は」


俺は知らない。
父が自分を卑下する度に日向さんの眉間に皺が寄る事を。


「何を言っていらっしゃいますか、正之様。俺は一度も美化などしておりません。俺にとって正之様は正弘様にお話ししている通り、強くて優しいくて立派な人です。あなたは私の生きがいです。愛しておりますよ、正之さま」


俺は知らない。
そう眉間に皺を寄せた後、日向さんが俺の父に覆いかぶさっている事を。

俺は知らない。
日向さんの言う「愛している」がどんなものなのか。

俺は知らない。
その後二人がどうなっているのか。
ぜんぜん、知らない。

ある未来。
俺も同じような目に会う事になろうとも。

子供時代を謳歌する俺には、その時知る由もなかった。



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