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短編集
2003年(その1)
美形従者×平凡主

BLが始まるかもしれない主従関係の序章。
受け視点








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長い歴史にも、必ず始まりがある。
成した偉業が大きくとも、歩んだ歴史が長くとも。

そういうものに限って始まりは意外にも些細な事であったりする。

きっかけは、気まぐれで差し出された握り飯だったという事もあるのである。




【従者ミーツ主】
2003年





聖人君子
知勇兼備
眉目秀麗
貴顕紳士

そう、あの方を見て人々は言う。

あの方は全てを手にして産まれてきたのだ、と。
人々は言う。
神に愛された子である、と。
人々は言う。
あの方に仕える俺はとても幸運である、と。

俺は言う。

「……勘弁してくれ」

と。

俺はポケットの中から響いてきた携帯の着信音にうんざりと肩を落とすと、げっそりとした気持ちで溜息をついた。
俺の主からの呼び出しだ。

今日も今日とてワガママ主の下僕の一日が始まる。
俺は深い溜息とともに、追い立てるように鳴り響く携帯音を聞きながら、主の部屋へと足を急がせた。




俺、安河内 正之(やすこうち まさゆき)の実家は、ある旧家に代々仕える執事家庭である。その主従の歴史は長く、日本がまだ幕府による統制下にあった江戸初期。
つまりは約400年以上も前から安河内の一族はそのお家に仕えてきた。
俺達安河内一族が下僕のようにつき従うその一族。
性を七障子(ななしょうじ)というが、その一族の歴史は俺達安河内一族が仕えてきた400年など遥かに凌駕する勢いで古い。
日本の激動の歴史の裏に七障子あり、と言われるほど七障子の歴史は長く、そして日本の歴史の裏にひっそりと足跡を残してきた。

と、別に一族の歴史古さなど今の俺にとってはどうでもいい。

安河内の家に生まれた嫡男は、必ず七障子の嫡男に仕え、生涯その身を七障子に捧げなければならない。

いや、本当に勘弁してほしい。
俺の父親も、俺のじいさん、ひいじいさんも。
ずっと七障子の嫡男に仕えている。
故に、俺も産まれてこのかた18年間、ご先祖様と同じようにこの人生を捧げてきた。
いや、マジで俺の生きてきた18年を返せ。

しかも、だ。
ただ、俺の仕える主はただの七障子の名を継いだ人間ではない。
冒頭でもお伝えした通り、俺の仕える主は神に愛された子とまで言われる人間で、神はヤツに二物も三物も四物も与えた。
なんともチート設定を具現化したような人間なのである。

見目の麗しさもさる事ながら、ヤツはその長きにわたる七障子一族の中でも群を抜いて優れていた。何をやらせても、学ばせても、奴はすぐに習得し、我が物とする。
18歳となった今や学校では稀代の生徒会長と呼ばれながら、裏では実家の会社のいくつかを手伝っている敏腕経営者でもある。
なんという二足のわらじだ。

正直言ってここまでくると我がの主ながら、少し、いや多いに引いてしまう。
産まれた頃から生活の全てを捧げ、共に過ごしてきてアイツのステータスの高さには確かに化け物染みたところがあるのだ。

だが俺は知っている、アイツがただの完全無欠のチート人間ではないことを。
アイツは手にした才能の大きさに反比例し、その性格は最低最悪の唯我独尊男だ。
あいつが神の子というなら、俺はまさに親の顔が見てみたいと言う勢いで神の顔を拝みたいものだ。

アイツは星と同じだ。

皆、何億光年と離れた先にある星を見て美しいという。
アイツも、まさにそう。
何億光年レベルで距離をとって見ているから皆ヤツを美しいと褒める。

しかし、星と同じで近付けばアイツは無秩序でゴツゴツした石だ。
ものすごい勢いで流れる、燃え盛る石なのだ。

アイツは星と同じだ。

遠くで見るから美しい。
いつも近くで見ている俺は知っている。
あいつは、燃え盛る岩石であると。
ぶつかれば吹きとばされてしまう。

俺のように。

「正之、呼んだらすぐに来いといつも言っているだろうが。どうしてお前はいつもそうなのだ。愚図でノロマでクソ程も役に立たない。それでも我が一族に代々仕えてきた安河内家の嫡男か。七障子家に……いや、俺に仕えているという自覚と誉れを持って執務に取り組め。その心意気がお前には足りないんだよ」

「久新様。申し訳ございません」


死んでくれねーかな。
いや、マジで。
我が主、七障子 久新(ななしょうじ くじん)は俺が奴の部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、嫌味の嵐を俺に投げつけてきた。
まぁ、これはいつもの事だ。
その嫌味を聞き流しながらとりあえず、俺は通り一遍の謝罪を口にし頭を下げる。
そして、これもいつもの事だ。

この嫌味の嵐を、俺は勝手に副音声で「おはよう、正之。今日もいい朝だね。もう少し早く来てくれると嬉しいな」位に訳して脳内に伝達している。
でなければ、だらしなく着崩された制服姿で偉そうにソファに腰をかける久新をあらん限りぶっ飛ばしてしまっているだろう。

つーか、おい。あと10分で学校の時間だろうが。
嫌味はいいから準備しろ。

そう、俺が下げている頭の下で口角をヒクつかせていると、頭の上から久新の嫌にむかつく声が俺の耳に響いてきた。

「いつまで頭を下げているつもりだ。このクズ。お前は早くお前のすべきことをなせ」


久新はそういうや否や、その手に握られていた制服のネクタイを俺に向かって投げつけると、心底俺を小馬鹿にしたような顔で口角を上げた。
はい、お前マジで死ね。
洩れなく死ね。

「はい、ただいま」

ぶん殴るぞテメェという気持ちを必死に大人の理性で抑え込み、俺はソファにゆったりと腰かける久新の前に跪く。
そして、そっと久新の首に引っかけ、だらしなく着崩されたシャツを整え手早くネクタイを結んだ。

そう、これが俺の毎朝強制的に行わされる謎の日課の一つ。
久新のネクタイを結び。

正直わけがわからない。
なんだこれ。
首を絞めていいですよという合図なのかと毎朝本気で勘違いしてしまう。

何故、あわただしい朝の時間をこんなくだらない事に費やさねばならないのか。
18にもなって同じ男のネクタイを毎朝結ぶ俺、マジで可哀想。
いくら久新の顔がよくとも男にネクタイ結んで貰っている光景など気持ち悪い事この上ない。

かくいう俺は、眉目秀麗と言われる奴とは違いごくごく平凡で真面目な容姿の高校生である。

しかし、俺はいつも久新と共に居るせいか相対効果で不名誉にも不細工などと学校では囁かれており、本気で迷惑である。
裏での俺の呼び名はマジで名誉棄損気味な「不細工従者」。
まんまじゃねぇか。
しかし、まぁ男子校である我が校での評価など俺は気にしない。
ホモの蔓延するあそこでモテたところで、何の生産性もありはしないのだから。

一度、久新には内緒で別の学校の昔馴染みに誘われ合コンに参加したが、そこでは俺もなかなかモテた。
俺が一般的に見て不細工ではないという動かぬ証拠だ。

まぁしかし、内心俺がどう思っていようと俺は久新の僕であることに変わりはない。

今日も今日とて、俺は天上天下唯我独尊なこの主、
七障子 久新と共に学校へと向かうのである。


俺は18年という今までの人生をこの男に捧げてきた。

そして、これからの残りの人生もその運命に抗う事などできない。


筈だった。



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「おい!これは何だ!?誰がこんなものを買ってこいと言った!?お前は買い出しもまともにできないのか!このクズ!」

「っ!」


ガンッ。

俺は顔面に走った衝撃に体を強張らせると、そのまま口内で溜息を押し殺した。
現在、時刻は午前11時15分。
場所は生徒会長室。
(間違ってはいけない、ここは生徒会室ではなく生徒会長室である)
居るのは俺と久新。

今しがた、俺に向かって投げつけられたのは久新に頼まれて買ってきた昼食である。
「正之、俺は腹が減った。だが、俺は生徒会の仕事が押して食堂に行く暇もないから何か腹にたまるものを買ってこい。というか、そもそもそのくらい従者であるお前が察して言われずとも用意しておくべきところだろうが。これだからお前は稀代のクズ従者と呼ばれているんだ、このクズ」と、授業中にも関わらず突然の呼び出し(主に罵声)に俺は全速力で買い出しをし、久新の居る生徒会長室まで届けたというところだ。

買って行った物と言えば、仕事の途中でもつまみやすかろうという事で、サンドイッチとお茶、それに菓子パンを複数。
そうしたら、どうだ。
渡した瞬間、眉間に皺を寄せたかと思うと、そのままその袋ごと俺の顔面に投げつけてきたのだ。
正直、ペットボトルも入っていた為、かなり痛い。
頭を抱えて蹲らないだけでも頑張っていると言って褒めて欲しいところだ。


「……申し訳ございません」

「俺は今サンドイッチなんて気分じゃない!従者ならそのくらい察しろ!それに、俺にこんな安物の茶を飲めと!?」

「申し訳ございません」

いやいやいや、お前の気分なんかわかるか。
文句があるなら水道水でも飲んでろ。
俺は拳を握りしめながらジクジク痛む頭を勢いよく下げた。
熟年夫婦じゃないんだ。
いくら18年間久新の最も近くで過ごしてきたからと言って、そんなのわかるわけがない。
というか、俺は久新に心から仕える気が一切ないので、久新の気持を察して行動する域に到達する事は永遠にないだろうと思われる。
そういうのは、相手の為に望む事をしてあげたいという奉仕の心が行動の源になるのだから。
100年かかっても無理というものだ。

「お前の申し訳ございませんは聞き飽きた。もういい、さっさと出て行け」

「はい、それでは失礼いたしま」


す。


そう俺が最後の言葉を言い終わるか終わらないかのうち、突然生徒会長室の扉がノックされた。
そのノック音と次の瞬間扉の向こうから聞こえてきた声に、それまで不機嫌そうに歪められていた顔が一転して、綻んだような美しい笑みを浮かべた。

あぁ、ちょうどいいところにアイツが来た。


「久新、居るか?入るぞ」

「日和、お前ならいつでも大歓迎だ」

そう言って、心底嬉しそうにほほ笑む久新の見つめる先には、穏やかな笑みを浮かべ全身に春の女神を連れだっているようなオーラを身にまとった美しい男が居た。
コイツの名前は福地 日和(ふくち ひより)。
この学校で久新と同じく生徒会に所属し、副会長を務めているこちらも結構なハイスペックを持った男だ。

つーか、この学校の生徒会のステータスの高さは異常だ。
もう高校なんか来ずに実社会に出て働けばいいのにと心から思う。

そんな日和の手には何やら紙袋が握られている。
なんとも、嫌な予感がするがこれは気のせいではないだろう。


「久新、そろそろ小腹でも空いてきたんじゃないかと思って差し入れを持ってきたよ。君の事だから休みもとらず朝から仕事ばかりしてるんだろう?ここからは僕がやるから、久新は休憩したほうがいい」

「……日和だけに仕事をさせるわけには」

「僕が君に休んで欲しいんだよ。ほら、向こうの部屋に久新の好きなミルクティーもあるから」

「日和……」

久新は心底感動したような目で日和の笑顔を見つめていると、穏やかな笑みをうかべ、椅子から立ち上がった。
どうやら、日和の持ってきた食べ物(何かはわからないが)と淹れたてのミルクティーが久新の食べたい気分のものだったようだ。
そんなもん、知るかい。
俺に用意できるかい。

とりあえず笑顔の久新をぶっ飛ばしたい気分で見ていると、俺に気付いた日和が俺にまで女神のほほ笑みを向けてきた。
やめろ、そんなもの俺に向けられたら後から久新に嫌味を…

「正之君、君なにか落としてるみたいだけど大丈夫?」

「いえ、お気に」

「気にするな日和、正之には今日は授業を抜けて家でたまってる会社の仕事の方の指示をしていたところなんだ」

え。
俺の言葉を遮って信じられない事を言ってきた久新に、一瞬俺が鉄壁の従者仮面が外れかけてしまった。
え、何言ってんだコイツ。
俺の出席日数をどこまで減らせば気が済むんだ。

しかし、そんな俺の心の叫びなどまるっと無視して久新は、俺の脇を通り過ぎる瞬間、先程久新が投げつけて床に落ちたサンドイッチを足で蹴った。
いや、マジで死んでくれ。
サンドイッチには罪はないだろうが。

「久新。あまり無理ばかりしないで欲しい。確かに家の仕事もあるかもしれないけど。なぁ、家ではちゃんと休んでいるのか?」

「俺には日和が居てくれるからな、大丈夫だ」

「久新……」

「日和が俺の秘書としてずっと傍に居てくれればな」

「久新が望むなら僕はどんな形でだって久新の傍に居る」

「日和」

「久新」

そんな、どこのバカップルかと問いたくなるような会話を響かせ、久新と日和は隣の部屋へと消えた。
残ったのは蹴られて歪んだサンドイッチと、怒りに歪んだ俺の顔。

俺は鉄の理性を持って三度深呼吸をして心を落ち着かせると、そのままゆっくりかがみこみ落ちたサンドイッチやらお茶やらを袋に戻した。
どうやら、俺はこのまま授業には出ず家に戻り会社の方のたまった書類を片付けなければならないらしい。

まぁ、こんなこと、よくある事だ。
故に、俺に出席日数は今けっこうヤバい事になっている。
確かに、俺は成績は悪くない。
しかし、出席日数ばかりはどうにもこうにもカバーできないのだ。

俺は無事に卒業できるのであろうか。

俺はぼんやりとそんな事を考えながら、歪んだサンドイッチ達を片手に学校を後にした。

『日和が俺の秘書としてずっと傍に居てくれればな』

そう言った久新の言葉は奴の変えようのない本心であろう。
故に、俺は久新のその言葉に大いに賛同したい。
互いに歴史や家柄のせいで望まぬ主従関係を結ぶよりは、己の望んだ相手を近くに置いておく方がよっぽど良いのではないか。

長い歴史というのは、時に融通が利かず本当にやっかいだ。

そう、自分の出自を恨みながら歩くその帰路。

俺はいつもの帰り道、いつもとは違う“者”を見つけた。


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あきゅろす。
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