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短編集
本当は、彼は勇者だったんです(5)






こうして、情報を集めながら日々の暮らしをシンイチと初めてどのくらい経ったろうか。
俺が15になってから使う予定にしていたソードを、まさかの13歳のシンイチの急激な成長期のおかげで取られてしまってから、更に4年は経った。


俺とシンイチは17歳になっていた。

今やその頃にはひいひい泣いていたシンイチの面影はなく、俺よりも頭一つ分程大きく成長したシンイチが隣に立つようになった。
まぁ、今でもびっくりすると涙目になったり、叫んだりはするが、昔よりはだいぶマシだ。

それに、身長だけでなく体つきもガッシリとした。
しかし、出会った時に思わず「綺麗」と漏れた程の整った顔は、今も変わらない。
更に進化したと言える。
最早シンイチは役立たずの可愛い男の子ではなく、役立つ綺麗な男性になっていた。





「アウトー!バグベア狩ってきたよー!」

そう言ってバグベアの死体を引きずってやってくるアウトの姿に俺は「ひゅう」と思わず口笛を吹いてしまった。
今ではシンイチは森へ出てモンスターを狩るまでに成長した。
最初は小さなモグリエが出ただけで泣き散らしていたのに、この成長はあの頃の俺は一切予想だにしないだろう。

「ありがとう、シンイチ。これで、今回の市でも毛皮が売れる」

「ふふっ、良かった。また狩ってくるから、楽しみにしててね」

「いや、もうそんなにいい。わざわざ、危険な橋を渡らなければならない程、うちは貧しくはないんだから。野菜の売上だけで十分だ」

「いや、俺はもっともっとお金をかせいで、アウトが好きなものを買えるようにしたいんだ!それに、モンスターの数も出来るだけ減らしておけば、畑に入って荒らされる心配もなくなるしね」

「…………」

シンイチの言葉に、最近俺はどう答えたものかと思う。
わざわざ、シンイチがモンスターを倒しに行くようになったのは俺の為であり、俺のせいなのだ。


『うわぁぁん!あああああ!アウドー!あうどー!じなだいでー!』


キン。
俺は鼓膜の奥に染み付いて離れない、シンイチの声に溜息をついた。
そう、俺のせいだ。

一度、畑に成長途中の若いバグベアが出た事があった。
もちろん、突然現れたモンスターに、シンイチは悲鳴を上げ逃げた。
それはもう驚きのスピードだった。

別に逃げてくれてかまわなかった。
俺としても、シンイチが泣きながらその辺をウロウロされる方が迷惑だったし。
逃げてくれて俺としては助かったくらいだった。

俺は遠くに聞こえるシンイチの大泣き声に、早くコレをどうにかしないと、とバクベアに挑んだ。
しかし、これがまた運の悪い事に俺は駆けだした瞬間地面から出ていたビオラマの根っこに躓いて、勢いよく転んでしまったのだ。
間抜けも甚だしい。

しかし、次の瞬間、背中に走った痛みはそれはもう尋常ではなく。
俺はまともにバグベアの爪を背部に深く負ってしまったのだ。

『くっあっ!』

あぁ、もう駄目かと思った時に聞こえてきたのはワンワンと大泣きするシンイチの声。

『ごわいよぉぉぉ』


キン。
その時、俺は自分でもびっくりするくらいの気合いで立ちあがったのだった。
早く倒さないと、またシンイチの目がまた溶けてしまうかもしれない。

なんて、その時は本気で思っていた。

俺は灼熱のように熱い背中と、大量に感じる出血を無視し、バグベアに向かって走った。

それからの記憶はあいまいだ。
ただ、俺はバグベアを倒し、いつの間にかベッドの上に寝かされていた。
俺が目を開けると、出会った時以上に目を真っ赤にして、顔色も悪く、髪もボサボサなシンイチの姿があった。
その時聞いたシンイチの泣き声はそれはもう生まれたての赤子の如く、凄まじかった。

『ごめんだざい、ごめんだざいっ!俺だけ逃げてアウトびどりでだだがわぜで!俺はやくだだづだ!しんじまえ!しんじまえ!俺なんかじんじまえ!』

そう言って自分の頭を自らの拳でガンガン殴り始めた時、俺は驚きの余り、背中の痛みなど忘れてシンイチの頭を抱きしめてやった。
あれ以上本気で自分の頭を殴り続けたら、もしかしたら死んでいたかもしれない。
それくらい、シンイチの拳は激しかったのだ。

その日からだ。
シンイチが畑のほかに、一人で剣の稽古をし始めたのは。

しかも、だ。
気のせいかもしれないが、その件があった直後からシンイチは待ってました成長期とばかりにグングンと成長に成長を重ねた。

そして、シンイチが13歳でソードを持つようになった時は、最早森のモンスターでシンイチに敵うやつは居なくなっていた。
シンイチは泣き虫だが、本当に強く役立つ男になった。

「シンイチ、ちょっといいか」

「うん?なに、アウト」

「それ、片したら、話があるから来てくれ」

「うん!わかった!」

にっこり。
シンイチは片手に持っていたバグベアにしたいをずるずると引きづりながら、解体場へと持って行った。
俺は手にしていた肥料を持ちなおすと、納屋へと片付けに向かう。
シンイチは成長した、この世界のことも理解している、強くもなった。

だとしたら、あとは元の世界に戻る手掛かりを得る為にする事は決まっている。
俺はシンイチに話す内容を整理しながら、部屋の中にある書類を想った。

戸籍認定申請書。

シンイチはここを出て、中央へ行くべきだ







「なあに?アウト、話って」

俺は向かいに座ってニコニコ笑うシンイチを前に、息を吸い込むと1枚の紙を差し出した。

「これ、そろそろシンイチにも必要かと思って」

「え?」

俺はシンイチの顔を見ずに、書類を見つめながら続けた。

「お前ももう分かると思うけど、ここは最北の地で、中央都市から一番離れた場所だ。情報も技術も全てが遅れている。だから、シンイチが元の世界に戻る為の情報を得るには限界があるんだ」

「…………」

「だから、シンイチ。コレを持って戸籍認定してもらうんだ!そうすれば、シンイチ位の腕があればきっと中央都市に戸籍を……!」

そう、俺が希望的観測を持ってシンイチの顔を見上げた時だった。
俺は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
あぁ、これは久々に来る。

そう、確信にも似たもの予感を感じたのだ。
そして、次の瞬間。


「うわああああああっん!あああああああ!アウドー!俺のごどみすでないで!すでないでー!」

「おおっ」

俺は久々のシンイチの爆泣きに固まってしまった。
そう言えばここ数年、シンイチがこのレベルの泣きを見せたことは殆どなかった。
小さくエグエグと泣く事はあっても、爆泣きは久々だ。

「おで、まだがんばるがらぁ!おでがいぃぃ!おでをおいだしでけっごんどがしないでぇぇ!あああああああああああん!」

「いや、追い出すとかでなく。お前、元の世界に帰りたいって」

「がえりだいなんでざいぎん言ってだいじゃんん!!うああああああああああ!!」

「あ、確かに」

俺は泣き喚きながらも必死に俺の手を掴んで離さないシンイチに「確かに」と頷いた。
確かに、ここ数年シンイチは市で街へ下りても、以前のように元の世界へ戻る為の手掛かりを探す事はなくなっていた。
しかし、それはこの街で情報収集に限界を感じたからだと思っていたが、実はそうではなかったらしい。

「おで、もう、あうどのそばに居れるならなんでぼいいっ!」

「わかった、わかったから泣くなよ。濡れタオル持ってくるから、待ってな」

「おでもいぐー!置いていがないでー!」

そう言って俺の服を背中から引っ張りながら付いてくる、デカイ男に俺は溜息をついた。
まるでこれでは最初に出会った頃のようではないか。
俺達は実は、あの頃から一切成長していないのかもしれない。

「あうど……みずでないで」

「わかった、もう言わないから、泣くな。見捨てないし」

「おねがいします、おねがいします」

「わかったから」

目が溶けるぞ。
俺はそう心の中で一人ごちながら、井戸の水で冷やした濡れタオルをシンイチの目に当ててやった。

体はでかくなってもシンイチはまだ子供のようだ。

「あ」

俺はそこまで考えて、そう言えば昔シンイチが言っていた言葉を思い出した。

「20歳まではまだ子供だったな、確か」

「え゛?」

「いや、なんでもない」

俺は背中にぎゅうぎゅうとへばりついて離れなくなったシンイチに、一人で「そうかそうか」と頷いた。
17歳のシンイチはまだ子供だから一人立ちできないのだ。
忘れるところだった。

俺とシンイチがまた20歳になったら、そしたらまたシンイチに言おう。
俺はシンイチを背中に感じながら家の中に入ると、少しだけホッとした。

あと、3年は一緒に居られるんだなぁ。

そう、心からホッとした。







(そして、3年後彼はまた大泣きするのであった)






(自分の本当の正体も知らずに、彼はともかく泣き続けるのであった)





おわり

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