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短編集
本当は、彼は勇者だったんです(2)









俺はやっとの思いで拾った少年を家まで運ぶと、やっとの思いで少年をベッドに寝かせた。
その際、少年の背負っていた黒い入れモノは机の上に置いておく。
勝手に見るのはよくないかなと思いつつ、俺はちょっと気になって中身を見た。
中身は本やノートだった。
何が書いてあるのかさっぱり分からなかったので、そのまま中に戻した。

少年は起きる気配はない。
俺はとりあえずいつも通りの一日を始めるべく、戸棚にしまっていたパンを取り出しフライパンにかけた。
昨日のバグベアスープをかまどにかけ、煮立たせる。
フライパンにかけていたパンに焦げ目をつけ、トトルの卵を割ってパンを覆う。
こうして、俺はいつも通りではない朝のいつも通りの朝ごはんを迎えたのだ。

「いただきます」

俺がそう言って卵で覆ったパンにナイフとフォークを通すと、次の瞬間ベッドの方から小さな悲鳴が聞こえた。

「っひ、あ、あ。こ、ここは……」

俺はとりあえず一口だけ卵でトロリとしたパンを食べると、モグモグしながらベッドの方へと向かった。
起きた彼の目は真っ黒だった。
やっぱり髪の毛と同じ色なんだな、と俺はどこかぼんやりと思った。

けれど、近づいてくる俺に気付いた少年はその真っ黒な目に大きな涙を溜めて、次の瞬間にはこれでもかという程の声で多泣きし始めた。

「うああああああああん!あああああああん!」

人間というのはこれほど大きな声を出す事ができるのか。
俺は余りの泣きっぷりに呆然としていると、ベッドの上で何か喚きながら泣き続ける少年に目を瞬かせた。

「ごごどごー!おがぁざあん!おどぉおさん!だれがぁぁ、だずげでぇぇ」

目から鼻から口から。
ともかく顔中の穴という穴から液体を流す少年に、俺は自分と同い年だと思っていたが勘違いだったのかと思案した。
これではまるで、生まれたての赤子のようではないか。

しかし、体の大きさは同じくらいだ。

「ええと」

かれこれ、あまり人と接する事も喋る事も少ないこの場所に居住地を与えられたせいか、泣く相手にどう対応すればよいのかわからない。
俺は途方にくれた。
どうすればよいのか分からず、とりあえず先程作った朝食を完食する事にした。

「んぐんぐんぐ」

パンを食べ、スープを飲みながらも俺はベッドの上で喚き泣き散らす少年を観察した。
先程から「ごわいよ」とか「ここどこ」とか「おがあさん」しか言っていない。
あれほど泣いて、目が溶け出てきやしないだろうか。
見ていると俺はなんだか心配になってきて、食事もそこそこにタンスの中にあったタオルを取り出した。
そして、一旦玄関を出て外にある井戸へ向かうと樽を投げ込み水を引き上げた。


ちゃぽん

タオルを井戸で冷やす。
そして、しっかり冷やすとまた部屋と戻った。
すると、先程まで物凄い勢いで泣きちらしていた少年は肩をヒクヒンとならし目をこすりながら呼吸もままならないように「あー、ぁー」と声を響かせていた。

やはり、あんなに泣いて目をこすったら目が消えてしまうかもしれない。

俺は焦ってベッドに駆け寄ると、目をゴシゴシする少年に先程冷やしたタオルをそっと当てた。
その瞬間少年は泣き腫らしていた目を大きく見開き俺を見た。
その目が綺麗にキラキラしていて、俺はまだ目があった事にホッとした。
しかし、次の瞬間また目にジワァと溜まり始めた涙に、俺はこれはまた泣く気だと察すると冷えたタオルを目に当てた。

「っひ」

小さな悲鳴がタオルの下から漏れる。

「大丈夫、大丈夫」

俺も少年のようにベッドの上に座ると、少年の背中を撫でながら「大丈夫」と言った。
すると、少年は「ぅーぅー」と小さく呻きながら、俺へと寄りかかってきた。
とにかく、俺はどうしたら良いのかわからず「大丈夫」とだけ言い続けた。
それは、まだ俺が5歳の頃、父に言ってもらって一番安心する言葉だった。


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