蛇行
8
よしきはずっと気になっていた。
楓が一番最初に自分に言った、あの叱責の言葉を。
『キミに足りないのは、自立した向上心だ』
あの言葉が、常に頭からこびりついて離れずにいた。
そう。
自覚はあった。
今までよしきは全ての学習を、他者の敷いた教えの上を歩いてきただけだったから。
だから、それが自分の学力低下要因の一つだと言われた時は……あぁ、そうなのか、とストンとよしきの心の中に落ち着いた。
他者の敷いたレールを皆と同じように歩くのは、楽だった。
故に、勉強自体が難しくとも、よしきは“勉強をする”という根本的な事象で悩んだ事は一度としてなかった。
いや、違う。
正しくは、考えた事すらなかったのだ。
しかし、楓から授業を受けるようになって、よしきは少しだけ意識を変えるようになった。
それは、楓がいつも授業中に言うある言葉が、変化の一つのきっかけを起こしていた。
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『よしき君。自分の弱点、不得意ってちゃんとわかってる?』
『は?そんなもん当たり前じゃん』
『じゃあ詳しく説明してよ、その弱点』
『はぁ?一体何なわけ?』
『いいから、早く』
『ったく……国語の評論だろ、数学の証明に、英語でいくと空欄補充と不要な語を含んだ場合の並び替え……で、あとはー』
『はい、不合格』
『はぁ?何だよそれ!?』
『今のじゃ全然だめ。要点が抽象的過ぎる。もっと詳しく細かく自分の弱点ってのは知ってなきゃだめ』
『……充分詳しいだろ!』
『詳しくないよ。だって今ので、よしき君。自分に一番適した問題がどれど、一体何をしたら弱点が潰せて点数に繋がるか、具体策と具体的な問題を引っ張り出せる?』
『……っな、それはあんたの仕事だろ!?』
『まぁ、そう言われれば、確かにそれは俺の仕事なのかもしれないね』
『そうだよ。職務怠慢すんなよな!ったく』
『………でもね、よしき君の目指す学校なら……それはもうよしき君の仕事なんだよ』
『は?』
『あのね、わかってるとは思うけど。俺から教えられたり、塾で勉強する時間より、自学として一人で勉強する時間の方が、受験生は遥かに多いんだ』
『…………』
『その時間を如何に有効に、能率的に使うか、それが紀伊国屋への合否の分かれ目なんだよ。だから、これからはちょっと問題に取り組む意識を変えていこうか』
『……んな事急に言われても……』
『大丈夫。自分の弱点だ。自分が絶対に一番わかるよ。それに、自分の弱点をハッキリ自覚するって言うのは……これからの勉強のプラスに絶対なるからね』
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自分の弱点を知る。
そして、自分でその弱点を分析し、どう対処するか考える。
それが、楓の基本的な学習スタンスだった。
故に、よしきは楓に言われたあの時から、常に自分の弱みを見つけるよう常に問題と向き合う時は意識を集中させた。
自分の成績を上げられるのは、結局のところ自分だけなのだ。
他者から与えられるものではたかが知れている。
勿論、他者から教えを享受するのも大切だった。
問題は教えを享受した後、自分がそれをどう最大限に自分の力へと還元できるかだ。
それは、今までのよしきには無い、本当に新しい考え方だった。
その意識の変化からか、よしきの成績は徐々に、回復の兆しを見せ始めた。
だから、
だから、よしきは合宿を不参加にした。
自分にはできる力があるのだと。
一人でもやれるのだと、
そう思ったのだ。
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