蛇行
3
「もしも『遅い!』
………すみません」
いきなり怒鳴られました。
「あんたさぁ、この盆中に家に居ないってなんなの?馬鹿なの?」
楓は電話に出た途端に、ジクジクと嫌味を口にするよしきに、慣れた様子で「ごめん、ごめん。ちょっと実家に帰ってたんだ」と苦笑した。
そう、あんな突飛な成り行きから始まった楓の家庭教師だったが、案外上手くいっている。
『俺が無駄だと判断したらすぐにクビだからな』
そう言われて早3ヶ月近く。
未だにクビにされていないのを見ると、どうやら無駄だとは判断されていないらしい。
それに、楓も最初は気になって仕方なかったよしきの嫌味だったが、しばらくするとそんな事も気にならなくなった。
これは、よしきなりのコミュニケーションなのだ。
素直に「お盆にどこ行ってたのー?」と聞けないよしきの、精一杯の言葉………だと楓は勝手に判断している。
そう思うと、弟と会わなくなった楓にとっては新しく弟が出来たようで、なんだか嬉しいモノだった。
「あぁ、そういやあんた家を追い出されてんだったね。なに、今度は絶縁でもされたわけ?」
「………」
うん、……可愛いもの……だ。
「………まぁ、そんなとこ」
あながち間違ってはいない、よしきの言葉に楓が言葉を濁すと、既によしきは楓の言葉など聞いていないようだった。
「ふーん、ま。そんな事はどうでもいいんだけどさ」
「えぇぇ……」
「あんたさ、今から3日間1日中暇?」
「え?なんで?」
「理由はいいから暇かって聞いてんの!?ったく、やっぱあんたムカツク程トロイな」
受話器越しに溜め息をつくよしきに楓は若干、表情が引きつるのを感じると「暇です」と答えた。
どうせ1週間は彦星達は帰ってこない。
彦星が居ない=
静か=
暇
学校の無い楓の日常など、彦星の存在の有無で、日頃の生活が大きく変わる。
そう思うと、やはり自分の中の彦星という存在が、いかに大きいものか思い知らされる。
「で?どうしたの?俺は暇なんだけど……」
「じゃあ3日分の荷物まとめて、さっさとうちに来て」
「へ?」
思いもよらぬよしきの言葉に、楓が反応できずにいると、受話器の向こうから苛立たしげに舌打ちをするよしきの声が聞こえた。
………怖い。
「いいから、暇ならさっさと言われた通りに来る。雇い主からの命令、さっさと来い!」
「は、はい!」
楓が思わず返事をした途端、ガチャリと電話の通話が切られた。
無機質な機械音が耳の奥へと流れ込む。
「………はぁ…一体なんなんだ」
楓は小さくそう呟くと、雇い主の命令に従うべく、自分の部屋へと足を向けた。
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