蛇行
6
「母さん、俺は蔦屋学園を辞める気はありません」
「……………」
「俺はまだあそこでやるべき事がありますから」
「…………」
「…………だから俺は何があっても蔦屋学園は辞めません。母さんが……あなたが何と言おうと」
そう、ハッキリと言い切った楓に、母は少しだけ目を細めると、そのままジッと上から楓を見下ろした。
その目には今までのような、苛立ちや呆れ等は一切なく、ただ無感情に自分の息子に視線を向けるのみだった。
あぁ、
楓はそんな母の目を見て全てを悟った。
あぁ、もうその目には呆れも苛立ちもない、その代わりに
「……そう」
母の目には楓は全く映されていなかった。
「なら、勝手になさい」
「……………」
母は一言だけそう言うと、すぐに楓へと背を向けた。
楓を生み、育てた母親は、この日、息子から全ての目を逸らした。
「用は済んだわ、もう帰りなさい」
「………はい」
帰りなさい。
そう言われた瞬間、完全に此処は楓の家ではなくなった。
帰る場所は、
もう此処には無いのだ。
楓は自らに背を向ける己の母を、どこか他人事のような目で見つめると、最後に一つだけ……気になっていた事を尋ねてみる事にした。
本当に、これが最後だから、と縋るような気持ちで。
「あの、」
「………何かしら」
振り返ってこっちを見た母の目には、もう少しも自分の子供を見つめるという色は一切なかった。
それは、もう他人を見るような、何の感慨もない目だった。
「……翼は元気?」
「………………元気よ」
「そっか」
楓が、そう呟いた時には既に母はまた楓に背を向けていた。
「……よかった」
リビングの扉をくぐる瞬間に聞こえきた、その息子の言葉に 一瞬母親は悲しそうな目をすると、そのまま部屋を出だ。
「帰るか」
そんな母の表情に等、楓は気付く事もなく
15年家族と過ごした、その家を後にした。
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