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6

最後に連れて行かれるのは、

「夏彦の教室?」
「ああ」
「俺、そんなに大袈裟にするつもりはないんだけど」

碓氷を見ながら俺は言う。
二カ月とはいえ俺は夏彦としてここに通っていた。ただ、そこまでクラスの奴らと仲良くしていたわけでもないし、クラスの奴に「あの二か月間一緒に勉強していたのは俺でした」とわざわざ言う必要はないはずだ。夏彦か誰かが問われれば真実を言えば良いくらいに思っていたのだが。
というか、せっかくの休日にそんな発表のために学校に来させられるのはどうかと思う。興味があるならばまだしも、興味ない奴らからすれば、冷たい目さえ向けられそうなところだ。

「別に、クラスの奴ら全員と話せなんて言ってないだろ」

ただ俺の言うことに碓氷は反論した。クラスの奴らと話すのでなければ、なんだというんだ?わざわざあの教室に連れて行く意味ってなんだ?

「言っとかないと……つか、俺がお前と一緒に会いたい奴がいるんだよ」
「え?」

そんなところで教室に着く。碓氷は簡単にノックして、教室の扉を開いた。
そうして中の奴に話しかける。

「望月」

ぱっと振り返ったのは、相変わらずアイドルのような見た目で可愛らしい、久々の、望月だった。

「望月?」

碓氷がわざわざ俺を連れて来て会わせたいと言った相手は、望月だったのか?いつのまに仲良くなったのかという疑問が浮かぶけれど、そういえば、あの日俺が勝手に、一方的に碓氷を好きだと気付いたことを宣言した相手も望月だった。俺も、会いたいはずだったのだが……すっかり忘れていた。薄情な奴だ、俺は。

「えっと……久しぶりだな、望月。俺、わかる?」

先ほどまでと違って全く心構えをしていなかったから、少したどたどしくなってしまった言葉を発する。碓氷から説明はされているんだろうけれど、やっぱり緊張するもんはする。

「…………」
「も、望月?」

しかし返答はなかった。望月は目をこれでもかというくらいにみひらいて、俺を凝視していた。零れ落ちるのではないかというくるりとした目は相変わらず可愛い。

「えーと…?大丈夫か、望月?」

目の前まで歩いて行って、顔の前で手を振るとようやく望月はハッとしたように意識を戻して、三歩くらい、後退した。

「……」

地味にショックである。罵倒でもなんでも反応がもらえるかと思っていたのだが、それさえなしとは。なんだ?俺の容姿がまずいのか?年上だからか?そんな威圧的だと言われたことはないんだけど。

「望月。そいつが八束だった奴だ」
「か、会長さま」

助けを求めるように碓氷のことを呼んだ望月に、更にへこむ。何、そんな俺のこと嫌いか?怖いのか?
そんな怖がられる中、碓氷はいったい何のためにここに来たんだ?俺と一緒に……ああ、報告か。

「あー、望月。怖いなら近寄らなくてもいいから。久しぶり」

怖がらせないようにこちらも数歩下がってやれば、望月は顔をこわばらせる。そして数秒目を閉じて、口をはくはくとしながら言葉を選んで。

「別に、怖がってなんかないから!ただ、見た目が、その、変わってて驚いただけ」
「…そうか?」
「そうだよ!見るからにお兄さんでどういう態度取っていいかわからないし!」
「別に前のままで構わないよ、望月なら」

ていうか、「お兄さん」って可愛いな。望月にお兄さんと言われてしまったことについにやけていると、望月は顔をかあっと赤くした。しまった。揶揄ってるわけではないんだけど。

「志麻、口説くな」
「あ?」

後ろから小突かれて碓氷を睨む。別に口説いたつもりもないし、望月は俺に口説かれるような子ではない。むしろお前に呼び出されたことで緊張してるんじゃないのか?そのようなことをこっそり言えば、ため息を吐かれた。しかも深く。なんだ、感じ悪いぞ。

「望月。俺はちゃんと見つけたぞ」
「……はい、会長さま」

碓氷は俺を無視して、望月に言う。望月は何の感情を孕んでいるのか俺にはわからない顔で、小さく微笑んだ。
綺麗な笑顔は、悲しそうには見えない。つまり望月はこの状況を喜んでくれているということだろう。きっと碓氷の言葉から察するに、碓氷が俺を見つけたことに。

「俺がお前を見失ってるときに、望月が背中押してくれたんだよ。だから、お前と……志麻と会いに来たかったんだ」
「碓氷……」

お前、そんなこと考えるようになったんだな。
前は周りのことなんて必要最低限にしか思っていなくて、なんでも自分でやればいいと思っていた奴が。親衛隊には興味も向けず、友達も何も必要としなかったお前が。この結末が碓氷を見ていた、碓氷の親衛隊だった望月の助力を受けてのものだとすると、俺はとても嬉しい。

「望月」

望月に向き直ると、先ほどのように怯えたりせずに望月はこちらを向いてくれた。

「ありがとな」
「お礼より、会長さまには何も言わずに僕にだけ言い逃げして行ったことを謝ってよ」
「う、おお……」

それを言われると恥ずかしくなるんだけどな。

「それに関しては申し訳なく思ってるよ…」
「あ?消える前に、何か望月に言ってたのか?」
「お前には関係ねーよ」
「なくないでしょ。会長さまのこと好きだって僕に宣言したくせに」
「望月さん!?」

まさかそういう方向で裏切られるとは思っていなくて思わず声が裏返る。待って待って。それは言っちゃダメだろ。望月はそういうの言わないと思ってたのに。碓氷のこと好きなんじゃないのか!?

「ほお……」
「いやいやいや、名屋とか凌にも言ってたからな!」
「他の奴らにも言ってて、俺からは散々逃げたくせに、正体知らない望月にも言ってたのか……」

逆効果!!
必死で言い訳を考えていると、碓氷のそばの望月が小さく笑っているのが目に入った。思わず反論の声を止めてみていると、望月はそれに気づかれたことに対して気まずそうに、俺から目を逸らした。その目は碓氷へ向く。

「会長様が後悔しない結果になってよかったです」
「お前のおかげだ」

視線を合わせる二人に、そわりとする。望月の目には既に恋情が含まれていない。碓氷の目には望月への尊敬の想いが見える気がする。ああ、こいつら友達になったんだなと思うと、感慨深いようなこちらまで気恥ずかしいような思いだ。嬉しいけれどなんだろう、この、青春物を見ている気分は。心が洗われて腐感情さえ出てこない。

「あ、でもアンタは別にどうでもよかったから」
「俺への塩対応は変わらないのか……」

気恥ずかしいのは二人も同じだったのだろう。それまでの空気をかき消すように望月から放たれた言葉に、俺は落胆した。


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あきゅろす。
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