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5

続いて向かうのは、裏庭である。こっちは碓氷たちの案内ではなく、俺が勝手に約束をしていた分だ。碓氷と津久見には、もう案内はいいからと言ったが碓氷だけは付いてくると言って聞かなかった。

「部外者が出歩いてると目立つし、ただでさえお前は目をつけられやすいんだからな」

と言われたが、夏彦の体でもないし目をつけられたりはしないと思う。つけられても返り討ちにくらいできるし。今ならば身体的には絶好調だ。すずなだって受け止められる。
津久見は帰りには絶対呼んでよねと言って生徒会室に戻っていった。どれだけ凌に会いたいんだ可愛い奴め。
そんなわけで裏庭にいくと、名屋と夏彦が待っていた。

「鏑木様、お久しぶりです」
「こんにちは、志麻さん」

深々頭を下げる二人に俺はつい、にやけそうになるのを堪えた。未だ連絡を取り合っている二人だが、それぞれから話は聞いている。だから俺は、矢印が向かい合ってて心がまだ通じていないのを知っているのだ。二人からの連絡は報告であって相談でないから口出ししないが、こいつら両片思いなんだよなあ、しかも片方ヤンデレなんだよなあと思うともう、あまり落ち着いてはいられない。

「会うのは久しぶりだな」

表情には出さないよう細心の注意を払いながら挨拶をする。二人とも、気付いてはいないようだ。

「今日はお忙しいのにお願いを聞いてくださってありがとうございます」
「いや、いいよ。俺も気になってたしな」

宝のことは。
同じ親衛隊で、副隊長でありながら、宝は何も知らされていない。俺のことも、夏彦のことも、名屋が知っていることも何も知らなかったのだ。そしてそんな中で、郷原の友達を文句も言わずに買って出てくれた。名屋に聞いているが、宝は今もかなり頑張ってくれているらしい。八束さまの親衛隊副隊長として、八束さまのお願いだから、と。
だから、今日俺は宝に会えて助かったのだ。
宝が聞いているのは、夏彦のためでもあるが夏彦のお願いではなく、俺のお願いだから。
嫌だったらやめていいぞと言ってやめるタイプではないのはわかるけれど、真実だけはちゃんと教えてやらなければならないと思って。一人だけ仲間はずれなのも可哀想だしな。

「というわけです、宝。出てきていいですよ」
「え」

今度こそちゃんと説明しなければ、と俺は深呼吸していたのだが、その息は途中で吐き出された。

「どうも……あの、鏑木さま?」

また。まただ。また俺は説明できず、先を越されてしまったらしい。

「申し訳ありません。宝も考える時間が欲しいだろうと考え、先に説明をしていました」
「いや、うん。気遣ってくれてありがとうな」

手際がいいことで何よりである。その場で説明されてその場で理解する方が大変だもんな。みんなみんな、先が見えててとてもいいことだと思う。俺にも説明したことをもっと事前に教えておいてほしかったとも思うけど。

「えっと、宝。そういうことで、名屋の説明しただろうことは本当だから」

珍しく困惑でテンションが抑えられている宝に声をかければ、宝は考えるように固まった。ううん。この反応は、どういう反応だろう。考え中という感じだけど。

「…………鏑木さま」
「様とかつけなくていいぞ?」
「いえ、そういうわけにはいかないっす」
「あ、そう?」

名屋も宝も、なぜ俺に様付けするんだ。夏彦のときならばまだしも、自分の名前に様付けされると少々気恥ずかしいし、背筋がうすら寒い気もするんだが。

「宝。言った通り、この方が親衛隊結成時の八束さまの中身です。つまり、宝が入ったのはこの方の親衛隊ということになるのですが……」

これからどうしますか?

名屋は真剣な顔で、宝に問う。このために、名屋は今日俺を呼び出したのだ。自分の愛する夏彦の親衛隊の副隊長の位置にいる宝が、誰のことを敬愛しているのか。このまま八束夏彦の親衛隊であっていいのかを確認するために。
これは聞いたことがないが、名屋は多分かなり宝を信頼していると思う。だって、でなければ俺だった夏彦の親衛隊を結成するのに、わざわざ副隊長なんて選ぶはずがない。夏彦を害する人間に、名屋が副隊長をさせるわけがないのだ。

「え、俺、クビっすか!?」

そして、宝はそれに応える人間だ。

「そうは言っていませんが」
「よかった!もういらないって言われたのかと思ってひやひやしましたよー!」

はああっと大きくため息を吐く宝を、名屋はじっと見ている。検分するような目ではない。それは、待っているような目だ。何を待っているのか?きっとそれは、宝が自分の期待に応えてくれるのを。

「宝は、このまま八束さまの親衛隊を続ける気ですか?」
「名屋先輩がやめろって言わないなら、俺は下りる気ないっすよ?」

宝は、ぱちりと瞬いて言う。言葉に裏表のない宝は、こういうときに思っているよりも人を救うのだ。

「確かに八束さまは鏑木さまと違ってすげーことできるタイプじゃないと思いますけど、それでも俺がお守りするって決めたんだから、俺は八束さまの親衛隊をやめたりしないっす。今んとこ見たことないけど、八束さまもすげーとこあるかもしれないし」
「宝くん……」

小さく、夏彦が呟く。それは安堵の息だ。

「あと、鏑木さまとの約束を破るわけにもいかないっすからね!俺は渉と友達だし、元の、今の八束さまを守ってほしいってのも、俺の尊敬する方の望んでることだし!」

太陽のように笑う宝に、俺は名屋を見た。手放しに信じてやってもいいぜ、こいつは。視線に想いを込めて向けると、名屋と目が合った。少し綻んだ表情に、そうですねと書いてあって、息を吐く。

「では、これからも八束さまをよろしくお願いします。副隊長」
「任せてくださいっす!八束さまも!」
「はい、………う、うん、よろしく…」

こちらも頑張っている夏彦を見て一歩近づく。

「二人をよろしくな、宝」

声をかけると宝は、力いっぱいの声で「はいっ!!」と大きく頷いた。


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