小説2 約束と葛藤(JD) 世界が変わってしまったその後。 グランコクマで生きる事を許されたサフィールは半強制的に音素の減少してしまったこの星の今後の音機関についての研究に勤しむ事となった。 未だ捨てられない先生の復活を心中に秘めながら。 「どうですか、サフィール。研究の方は。」 監視という名目でジェイドはしばしばサフィールの元を訪れる。 しかし何時も其処にあるのは事務的なやりとりだけ。 サフィールもまた、この先の世界の事を考えて真面目に己の才能を生かしてるかのように見えた。 しかしサフィールの様子が日に日に再び変わって行くのをジェイドは見逃さない。 「サフィール?」 不意にジェイドはサフィールの腕を掴む。 「…っ。」 一瞬顔をしかめたサフィールの表情は、痛みとわかるそれであった。 「何をっ…。」 ジェイドは強引にサフィールの白衣の袖を捲り上げた。 白衣の白で一見わからなかったが、其処には数日前には無かった包帯が巻かれている。 「やめてくださ…っ。」 抵抗するサフィールを無視してジェイドは包帯を取り去る。 現われたのは、滲む赤に、痛々しい新しい傷跡。 赤の周りには、既に塞がり、過去のモノと化している、しかし醜い自ら傷つけたのが明白な白い幾つもの筋が残っていた。 「あっ…。」 傷を曝されたサフィールはうつむいてしまった。 その身体は僅かに震えている。 「どうしておまえはこうなんですか…?此処で生きると決めた時に約束しましたよね?」 もう馬鹿な事はしないって。 冷ややかに告げるジェイドの赤い瞳は怒りに満ちていた。 サフィールは何も言えなかった。 本気で死のうとしている訳ではない。 それは確かだ。 ただ、長年染み付いてしまったような衝動が、時々抑えられなくなり、ソレを行った後は妙に落ち着く、そんな習慣のようなモノであった。 ジェイドがそれを不愉快に思っているのは識っているし、自分だってしなくて済むものならそうしたいと思っている。 それを無理に止めさせようと怒るジェイドに苛立ちすら感じてしまった。 サフィールはジェイドが正しいと識っている。 先生の復活を諦める事や、己の行動が愚かだという事を。 「私はっ…。」 駄目だと理解っていても零れる涙。 目の前の男はそんな自分の弱さを赦しはしない。 理解っている。 私は強くならなくてはならないのだと。 「…理解しているから泣くんですよね?サフィール?」 全てを見透かす残酷な赤い瞳が告げる。 私は胸が苦しくて仕方が無かったが、ただ頷く事しかできなかった。 「余計な事を考える暇などお前には無いんですよ…。そんな事をする暇があったら、私の事を考えなさい。」 ぐい、と手を引かれ。 触れるように口付けられた。 その一瞬の熱に私は全てを支配されたような錯覚に陥り。 底の無い深遠を見たような気持ちになる。 貴方の事だけを考えられれば。 私はそれで幸せになれるのかもしれない。 罪も身体の傷も消えはしないけれど。 それと共に貴方への執着も消えはしないのだから。 終 [*前へ][次へ#] |