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shopping with you
「あ、お肉きれてる」

夜も深まってきた頃。
腹時計は8時過ぎだと告げているが、どうだろう。
時計で確認する気力も無いお腹が空きすぎて気持ち悪い。
晩飯がまだなのだ。
こんな時間まで夕食が取れなかったのは、ひとえに半兵衛の帰りが遅かったから。
こんな時間だけれど、今日はとびきり寒かったため夕食は鍋にすることにした。
半兵衛がリビングで用意をはじめて少したつ。
リビングでテレビを見ていたら半兵衛のつぶやきが聞こえたのだ。

「え、肉ないの?」

独り言だったかな、と思いつつ問い返す。

「昨日買った分は昨日使い切っちゃったんだった。今日、買い物にも行ってないし…」
「えぇー肉の無い鍋は鍋じゃねぇよー」

慶次はどんな料理でも肉が然るべき所にないのならそれでないと騒ぐ。
体躯からたやすく想像がつくが野菜よりも魚よりも肉派なのだ。

「じゃあ、今から走って買いに行こうか。もう8時過ぎだもの」

どうせ説得したって慶次は納得しないだろう。
ならスーパーが開いてるうちに買いに走った方が吉だ。

「まじで!じゃあ一緒に行こうぜ!半兵衛大好き!」

言うが早いかコートを探し着込む慶次。それを見つつため息を小さく吐いて自分も上着を着込んだ。

家を出ると冷たい風邪が自分を介して部屋に吹き込む。半兵衛はその冷たさに目を細めた。

「さっみぃぃぃ〜」

隣に立つ慶次が大きな体を縮めて唸っている。体躯と似合わずこの男は寒がりだ。
現に耳当てのいらない形のニット帽を被って、首元に巻いた分厚いマフラーに顔をうずめている。
これじゃあ誰だか分からないよ、半兵衛は苦笑いをした。
自分はといえばカシミヤのマフラーさえ巻いているものの、コートは薄く肌寒い。

「こんな寒い中買い物に出る羽目になったのは君のせいじゃないか」

窘める程度に言う。すると慶次は勢いよく半兵衛の右手を握りこみ、自分のコートのポケットに突っ込んだ。

「これで寒くないだろ?」

にかっと笑って、半兵衛が文句を言い返す前に歩き出す。
いつもこのペースに負けてしまう、そう半兵衛は思った。

家を出るとき確認した時計は8時すぎを指していたように思う。
行きつけのスーパーは9時閉店だから、急ぎ足で向かった。
道中殆ど人影は無く、歩道の両脇に建ち並ぶ民家からはお風呂の匂いや笑い声が光と共に漏れている。
そんな普通の家庭のならぶ間の公道を、男である自分が男である慶次と手を繋いで歩いているなど
なんだかすごくいけない事をしているような気がしてやまなかった。
けれど、振りほどく事も出来なくて−−物理的にも心理的にも
結局そのままスーパーへ着いてしまった。
流石に入店するときにするりと手を解きポケットから右手を抜き出す。
名残惜しさを感じる前に、慶次に力強く腕を引かれた。

「うわぁっ」

突然の事に頭も体もついていけなくて、情けない声が出た。
転びかけながら必死に慶次についていく。
入って早々迎えてくれる野菜たちには見向きもせず、
空腹を訴えるお腹と聞こえる蛍の光の音色に急かされながら、慶次は半兵衛の腕を引いたまま精肉コーナーへ突き進む。
慶次が止まった為、自分もぶつかるようにしてとまる。
そして、体位を整えると精肉が並べられた台を眺める。

「どのお肉がいいのかな?やっぱり牛肉?」
「おう!牛だ牛うし!」

豪快に 高らかに答えてきた慶次の言葉に、やっぱりねと呟きながら牛肉の並ぶ棚に目をやる。
台に並べられたそれらは閉店間近なため上等な物はない。
が、量は申し分ない程度に余っていた。

「しょうがない、か」

割引のシールを幾重にも重ねて貼られているそれを、いくつか選ぶと手にとりレジに急いだ。
もう店員の就いているレジも少なくなっていた。どのレジにもお客さんが並んでいる。
半兵衛は瞬時に、列に連なる客たちの 手に持つ商品が少ない列につく。

「半兵衛ってなんか年いった主婦みたいだな」

呆気にとられて眺めていた慶次はそんなことを無意識に呟いていた。

「?、何か言ったかい?」
「いんや!なんでもねぇよ!」

焦った様子で答える慶次に顔をしかめながらも、レジが自分にまわってきたためそちらに向き直る。
聞こえて無くてよかった。慶次は半兵衛の目を盗むようにそっと胸を撫で下ろした。

「合計で1270円になります」

こんな閉店間際にやってくる迷惑な客にもとびきりの笑顔を向けてくる店員に半兵衛は関心しつつ、
左の手に掴んでいた財布からお札と小銭を取り出す。
お釣無くぴったりの金額の紙幣と小銭を手渡すと、さっきと同じ笑顔で店員は話す。

「ちょうどお預かりします!レシートいりますか?」
「いえ、結構です」
「かしこまりました!ありがとうございましたー!」

店員の年齢は高校生ぐらいだろうか?若く見積もるとそんな感じだった。
元気のいい好印象な子だと思った。そう思うだけだけれど。
笑顔に軽く会釈して、商品の移されたカゴを抱えて近くのテーブルに向かう。
エコバックなんて持ってきちゃいないからカゴに一緒に入れられたビニール袋を手にとる。
半兵衛が袋の口を広げる。
と、慶次は買い上げた商品を袋に入れ、そして、ひょいと何気なくそのビニール袋を持ち上げ歩き出す。

「僕が持つよ」

店から出ると同時ぐらいに声をかける。
きっと彼は断るのだろうけど。

「お、じゃあ頼むわ」
「へ?」

彼は立ち止まって振り返り言った。
いつものように断られるものだろうと思って言ったから素っ頓狂な声が出る。

「ほら、手だせよ」
「あ、あぁ、うん」

戸惑いの抜けきらない目線を慶次の顔にむけたまま 右の手を慶次の方に差し出すと、
その手にかかると思っていた重みはなく、ふわっと暖かいものに包まれる。
手に目線を向けると慶次の荷物を持っていないほうの手が自分の手に重ねられている。

「ひひっ、つかまえた」

悪戯をした幼子のような笑みを浮かべ、半兵衛の手を握る。
握った手をそのままに、往路の道中と同じく慶次は自分のコートのポケットに突っ込む。
ポケットの中は暖かくて、スーパーの暖房で暖まっていたのに冷えようとしていた手が
またじんと熱を持つ。これは僕のじゃなく慶次君の体温かもしれない、そう思いつつ

「繋ぎたいならそう言えばいいじゃないか」

怒った振りをしてみる。もちろん彼だってふりだと気付いているから、

「わりわり」

と、笑顔をそのままに軽く口にするだけで復路を歩み始める。
もう、と小さく口にして開いていく彼との距離を小走りで縮める。
空腹は極限に達しているだろうに、自分より歩くのが遅い自分に歩幅を合わせる彼。
そんな小さな優しさにぎゅーっと胸が締め付けられるような愛しさを感じる。
決して彼には示さないけれど。

家に帰ったらすぐに鍋に火をかけよう。火力は最大で!

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