譚詩曲
「……っ、さむ」
部屋から出ると、早朝の冷たい風が吹き抜けた。
城内なんて目が見えなくてもなんの問題もない。壁づたいに白の外へと向かう。
とおくへ とおくへ
彼に見つかってしまわないような所まで。
歩いていこう、と、城内を浮浪する。
やがて扉に手が触れる。取手を手探りで探し出して、扉をあける。
さっきよりも一層冷たい風に吹かれて、体が震える。
けれどそんなこと気にも留めず城の外へ足を踏み出した。
素足だったから少し砂の凹凸が痛かったけれど、とにかく歩いた。
(そういえばこの辺に小川が流れていたはず……)
記憶だけを頼りに歩いていくと、足に草に触れる感触がする。
そのまま草の方へ足をすすめ、ゆるい坂を降りていく。
川のせせらぎが聞こえる。一層音が大きくなったところで足をとめた。
「は…っ、はぁ、はぁ…、っ」
少し歩いただけなのに信じられないほど息があがっついる。頭も朦朧とするし、耳もぐわぐわと雑音が響き渡る。
(もうここまで、かな…)
その場に座り込んで、寝転ぶ。若草の匂いと触感が心地好いと思った刹那、ふいに感覚、聴覚、嗅覚が途切れてしまった。
もう体が限界なのだと、もう生きていられないのだと言っているのが分かった。
意識が消え逝く刹那の中で僕は一気にいろんな思いが走馬灯のように駆け抜けるのを感じた。
どうか次は素敵な女の人と恋をするんだよ。
もう恋人を亡くさないですむように、まつさんのような強い女性を選ぶんだ。
そしてね
僕は全身全霊で君を想っていたよ。
だからね、まだまだ君としたいことだって沢山あるんだ。
ただ、目と目を見つめ合って話したりだとか
手を握ったりだとか
腕を絡ませて歩いたりだとか
一緒にお祭りにつれていってもらったりだとか
唇を重ねたりだとか
体を重ねたりだとか
嗚呼…こんなことになるならもっと、好きだと、愛していると、
伝えれば良かったよ、慶次くん。
(僕は馬鹿だね……)
其れでも溢れる笑顔と涙
後悔は沢山あって、溢れかえるほどなのに、
それが幸せだなんて。それをも無くしたくないと涙を零せるなんて!
「そう思えたことを幸せに思うよ、慶次くん。」
声はもう出なくて。
口だけを動かして、僕は、
また君に逢うための眠りについた。
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