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SSS
てのひらのなかのおたがいに
雨の中、二人は一緒に歩いた。
朝から雨だから、母親に送ってもらった、という三橋と、面倒だから電車で来たという阿部。
傘を互いに差していれば、いつも一緒に帰るときよりは少し距離がある。

くふふ、と三橋が笑うと、阿部は少し不機嫌そうに、なんだよ、と聞いた。

「あべくん、名前が 傘に 彫ってある の?」
「・・・ああ、これか」

初めて気がついたかのように、阿部は傘の柄の部分に
彫られた自分の「阿部隆也」の文字を見る。
それは、彫刻刀かなにかで彫った後に、クレヨンで色をつけたもの。

「親父がやってくれたんだ」
「・・・お父さん が?」

試合を見に来てくれた、少しがっしりとした阿部の父親を思い浮かべながら、三橋は首をかしげた。

「小さい頃さ、傘って失くしやすいだろ?いつだったかな、多分まだ小学校上がりたての頃だと思うけど」

朝からあわてていて、弟と自分の傘を取り違えて学校にいったのだという。二人はお揃いの傘だったから、なおさらわからなかったのだ。

「そしたら、無くしちまってさ」

朝は雨でも、帰りは晴れていたのだという。そのせいで、学校に忘れて帰ったら、そのまま無くなってしまった。
その傘は、兄弟が祖父母に「おそろいで」と買ってもらったものだったから、弟が凄く泣いて。

「俺はすげー叱られたんだよな」

それから、父親が、柄の部分に必ずでかでかと名前を入れるようになった。
それは、もう互いの趣味も違い、二度とおそろいをすることがなくても、変らない。

「ふうん」

三橋は感心したようにうなずいた。

「俺、ひとりっこだから そいうの うらやまし、よ」
「・・・名前、お前の、彫ってやろうか」
「え、いいの?」
「いいけど。でもネームテープとかのがいいと思うけど、俺が彫ったのでよかったら」
「う、うん!そっちのが いいよ」

なら後で、俺んち寄れよ、やってやっから、と阿部は続けた。

二人の間で交わされた、些細な約束。
柄の部分に掘られる、自分の名前。
それは、阿部の手で彫られたもの。
それは、自分の手で彫ったもの。

雨のたびに、互いの事を思い出すよすがになるだろう。
そうやって、一つ一つ、互いへの「何か」を積み重ねながら。

二人は、時間を過ごしていく。

                 fin





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あきゅろす。
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