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あべくんでも、ってなんだよと思いつつ、阿部はうなずいた。ってか、こいつ俺をなんだと思ってんだ。俺は迷いがないわけじゃねーぞ、試合中も悩んだらタイムかけて内野と話し合うだろうが。少し気分を悪くしながら、阿部は心の中で、なぜ三橋がそんなことを言ったのか考えた。
俺は、迷いがないだろうか。いや、そんなことない。どっちかっていうと、迷ってばかりだと思う。試合でも勉強でも進路でも、迷ってばかりだ。
そして最大迷うのは、目の前のこいつに関する事だろう、と思う。
好きだ、と思う。それは間違いない。その思いのまま、手に入れてしまった相手。
だけど、それでよかったのか、未だに答えはない。それこそ、迷い続けるのではないだろうか。
これからもずっと。


「・・・どっか行くか」


きょとん。とした三橋に、阿部は続ける。


「お前と出かけるのって、だいたい野球がらみだからさ」


全然違うこと、やってみっか、というと、三橋はくしゃりと笑った。いつもの変な笑い声をあげて。


「う ん!」


どこに行こうか、と阿部が考えをめぐらしたとき。
三橋が口をむずむずさせていることに気がついた。
なんか言いたい事があるらしい、とそれくらいは阿部も三橋の事を読めるようになっている。そうして、それを促す事も、(長い努力の果てにやっと)できるようになっていた。とにかく、ゆっくり。優しく。忍耐強く。ただ、それだけのことだと気づいた時には、拍子抜けした。
読むのは困難ではなかった。ただ、待てばよかったのだ。
三橋の中に、言葉は溢れている。ただ、それを口に出す時に時間がかかる。それを挙動が不審なためにイライラしてしまって三橋をおびえさせて口をつぐませていた去年のまだ三橋と出会って間もない頃の自分に教えてやりたい。ただ、待て、と。


「行きたいところ、あんのか」


むずむずさせていた唇を、阿部の問いかけに答えようと、三橋は開く。


「あの、ね」
「うん」
「き と、雨だから 人が少ない と思うん だ」
「・・・うん」


だからどこが、と一年坊主だった去年の梅雨なら問い詰めただろう。だけど、今は待てる。
待つことなんて、なんでもない。まだ俺たちには、時間はたくさんある。
なんといっても、練習がないんだから。
練習がない野球部員ほど、まぬけで時間をもてあますものはないと、この一週間ほどで思い知らされている。
そうして、別に梅雨に限らず、阿部はただ三橋を待ち続けることになるのだろうと思った。


三橋が、阿部を待つのではない。
阿部が、三橋を待つ。


花井あたりは意外そうな、それでも納得したような顔をするだろう。
どちらがどちらにより依存しているかといえば、それは阿部が三橋に依存しているのだ。
この、柔らかな、柳のような柔軟な強さをもった存在に。
かたくなな阿部は、いつか、ぽきりと折れてしまいそうなのに。三橋は、柔らかに強くなっていく。




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