08.天才と呼ばれた子
『君がロノ=クラウン君だね。君はこれから魔術を学ぶんだ、いいね』
孤児として生まれ育った僕に、見知らぬ男が言った言葉。
それはとても異様な光景だった。
村の中にある、円形の更地。
そこに僕達はいた。
しゃがみこみ、踞る僕。
その前に、佇む男。
村の一部を切り抜いたようなその場所を、遠くから眺める村人。
何が起きたのか分からない。
ただそこでずっと膝を抱えていて。
男の声には有無を言わせぬ力があり、僕はただ頷くことしかできなかった。
08.天才と呼ばれた子
どこに行くかも伝えられず、投げるように乗せられた荷車の荷台。
そこには既に、何人かの子供がいた。
荷台の中はまるで鉄格子。扉が閉められると真っ暗で、すぐ隣にいるはずの子の顔も見えない。
中にはすすり泣く子もいるようだ。子供の僕は、不安ばかりが膨らんだ。
『君も魔法が使えるの?』
囁くような小さい声。
どうやらそれは、隣に座っていた男の子のもの。
『……分からない。急に、僕の周りが光ったんだ……』
次に目を開けた時には何もなくなっていた。
もしそれが魔法だとしたら、僕は何をしたんだろう。
『へぇ……じゃあそれがきっと魔法なんだね。ここにいる子はみんな魔法が使えるから寂しくないよ』
そう言った時の男の子の顔は暗くて見えなかったけど、後々あの時はこんな笑顔を浮かべてたんだろうなと想像がつくようになった。
彼はサッシュと言って、色々なことを教えてくれた。
サッシュが生活で魔法を当たり前に使っていたこと。
あの男がアルカティエという町の魔術師養成機関の人間だということ。
そして彼等は、魔法を使える子供を集めているということ。
中には無理矢理両親から引き離された子供もいるらしい。
『魔法がうまく使えるようになれば、幸せになれるんだって』
サッシュはそう言われて、男に着いていくことを決めたそうだ。
それは本当?
彼等はなぜそこまでするの?
何も知らない僕は不安を全て拭い去りたい一心で、あの時と同じように踞ることしかできなかった。
次に扉が開いたのは、魔術師養成機関に着いた時だった。
降りるように促され、子供達は一ヵ所に集められた。
『君達には魔術を一から教えよう。聖魔術師になればそれは一生の名誉だ。全てを手に入れられる』
迫力のある男の言葉に、鳥肌がたったのを今でも覚えている。
近くにいたサッシュの目が輝いていた。希望に満ちた理想像。
子供達はそれを信じて励むのだ。魔法文学を学び、魔力を高め、魔術を知る。
僕、以外は。
学んでいく中で知った。
僕は以前いた村で魔法の暴発を起こしたということを。
僕を中心に円形に広がった更地。
魔法を知らない僕が何かの衝動で自分の魔力を爆発させたらしい。
違う、と叫びたかった。
あの場所にあったのは、僕を育ててくれた孤児の集落だったから。
全てを消し去った魔術という力が恐ろしい。
何も学びたくなかった。
何も手に入れたくなんてない。
自分はこの力で、既に多くの人を殺してしまったのだ。
それを償いたい、ただ、それだけ――。
だけど現実は残酷だった。
子供達の中で一番魔力が強かったのは僕だったのだ。
教えられた魔術を全て理解できてしまう。
『君の力が一番素晴らしいよ。聖魔術師も遠くない。君は天才だ』
あの男はそう言った。
だけど僕はこんな力を望んでいないし、そんな言葉が欲しいんじゃない!
毎日のように自分の力を恨んでは、男の言葉に目をつむる日々。
そんな日々の救いと言えば、サッシュのように無垢に魔術を信じる仲間だった。
彼等は僕と違い、魔術が好きだった。
聖魔術師になれば名誉なのだと信じてやまなかった。
僕は普通を装って、彼等と共に学んでいた。
『聖魔術師になれたら何ができるのかな』
『早くあの術学びたいなー』
『ロノ!妖精って知ってる!?』
『ロノはあの本の意味理解できた?』
彼等との日々は純粋に楽しかった。機関には厳しい規則もなく、アルカティエの町も自由に歩くことができた。
魔術を学ぶことが当然の機関という場所で、それが苦痛だなんで誰にも言えない。
『なんでロノは、夜泣いているの?』
限界だった。
人前で平均を装うのが難しい。
僕の魔術師としての力はもう聖魔術師に近いと自然と理解できた。
あの男の目が研ぎ澄まされている。
聖魔術師になったら、この力は何に使うことになるのだろう。
男は機関と世界の為にと言っていた。
『ロノ聞いた?東の大陸同士で戦争が起きてるらしいよ。明後日の朝、聖魔術師団も向かうんだって。何をしに行くのかな……――?』
愕然とした。
何をしに行く?
戦士の手当て?移動の補助?
人を殺す為?
『ロノ=クラウン。君を聖魔術師団に同行させる。詳細は明日の朝に伝えよう』
どうして?
『……何で力を隠してたの……?ロノだけが聖魔術師団と一緒だなんで信じられないよ……』
『サッシュ……』
ごめんね……――。
その日の夜、僕は機関を飛び出したのだ。宛もなく、ただ機関から離れるために。
もう何もかも嫌だった。
自分を取り巻く環境も、自分自身でさえ。
機関から逃げることだけは許されないと知っていたけど。
全てに目を、耳を閉ざした。
真夜中の冷たい風を切って、ただひたすらに自由を祈って――。
それが三年前。
懐かしいようで、そう遠くない僕の過去の話。
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