05.始まりの予感
「あまり休めなかったから、これ使うといいよ」
そう言ってシスに手渡したのは、傷を清める薬草だ。
シスが僕の見えない所で、包帯で隠された傷を洗っていることを知っていた。
だけど今回はそれだけじゃ駄目だ。土を掘り起こした腕には泥がこびりついていて、満足な手当てを施せていないから。
「……助かる」
意外そうな顔でじっと薬草を見つめていたシスは、気が付いたように薬草を受け取ると、さっそく村の井戸へと向かう。
まず腕を洗い流さなければ、話にならない。
「もっと採っておいたほうがいいかな?」
山に隣接している村は、豊富な薬草で溢れていた。探す手間が省けるほど、あちらこちらに姿を見せている。
シスの怪我がどれ程のものかは分からないけど、体の至るところに巻かれた包帯を見れば、その規模は分かる。
僕は一息つくと、シスが傷の手当てを終えるまで薬草摘みに精を出すことにした。
05.始まりの予感
「あれ?もう終わったの?」
薬草が袋に溜まり始めた頃、予想よりも早くシスは戻ってきた。
腕に巻かれた包帯は、洗っても汚れが抜けきらなかったようで、少しくすんだ包帯に薬草の緑が透けていた。
「ああ、慣れているから。何か手伝うことはあるか?」
「ううん、もう十分だから大丈夫。それよりこれからどうするか決めよう」
悠久の地の情報を集めたいところだけど、それよりもまず休む必要がある。
山越えの体力の消費は、自身で感じているより大きい。いざというときに動かない体は、もしもの時に機転が利かない。
「この付近にまだ集落はあるのか?」
「ここから道なりに進んだところに、大きな町があるよ。でも、そこで休むのは危険だと思うけど」
きっとシスが山を越えることを予想して、あの黒騎士達は村を襲ったんだろう。
だとしたら休む村を失ったシスが、次に向かう場所なんて簡単に想像がつく。
「……他に思い当たる場所は?」
「うーん……町の外れに民家があるけど、僕達を受け入れてくれるかは分からない」
黒騎士達が、栄えた町の中で手を出してくるとは思えないものの、待ち構えているだろう。
シスを追う黒騎士との接触は、出来るだけ避けたい。
「町に行こう」
「ええ?ちょっとシス、絶対襲われるよ」
「だが俺達は一度しっかりと休まなくてはならない。あいつらは人が多い場所では襲ってこないから、人通りの少ない場所を避ければいい」
シスは、何度か黒騎士達に襲われているのだ。その言い方には、確信的な意味が込められている気がした。
「……分かった。それじゃあすぐに村を出よう。ここも危険だから」
新しい薬草を荷に加え、町へ向かうべく僕達は歩き出す。
入り口から見た村の景色は異様なもので、広くない村の中央以外の建物は全て焼け落ちており、無惨な姿でしか無かった。
静かだが
力強く、伸びやかに
哀愁の音が、
この村に響いている。
それは村人達の
最後のレクイエム。
悔やみを散らし、
恨みを忘れ、
どうか、安らかな眠りを――。
連れ添うシスの目尻が一度、光を浴びて瞬いた気がした。
(きっとこれは、始まりでしかないんだ)
それは小さいけれど、確かな予感。
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