02.追手 「寝てない」 「寝た寝た」 「ロノ」 「寝たよ」 同じ会話の繰り返し。 シスは案外、執念深い。 「……おかしい」 「何」 山を抜ける手前。まだ日が昇っていないせいか、冷たい風と静かな木の囁きが、この一帯を包んでいる。 僕がおかしいと思ったのは、匂いだ。この辺りを、嫌な匂いが漂ってる。 それは、独特の味。 「血の匂いがする」 「血?」 僕は他人よりも五感が優れている。勿論、嗅覚もその一つだ。 自然と培われたにしては、生まれながら旅人の素質があったのかもしれない。 「どこから……」 「村だ!」 そう言って、僕は駆け出す。 だっておかしい。ここら辺一帯は、侵略とは無縁のはずなんだ。何もない、本当に何もない村しかないから。 後ろから、シスの僕を呼ぶ声がする。多分、どこに向かってるのか分からないんだと思う。 僕はとにかく走る。 それはもう、草や枝なんて関係無い。早ければ早いだけ、救える命が多くなる。 「……っ最悪……!」 焼ける匂いが混じる。さっきまでこの匂いはしなかった。 つまりそれは、村に何かが起きて、未だに続いているということ。 そういう場面に出くわしたことは、何度かある。それだけ、山賊に襲われる村は珍しくない。 今回も、その類いだと思った。だとしたら、僕の力を貸すことができる。 「……っ!!」 そうして見えた村は、火の海だった。 ここまで酷いのは初めてだ。木材で造られた素朴な家の数々は見事に打ち壊され、至るところに火の手が上がっている。 その周囲には血の海に倒れた、人。 木陰から、村の様子を覗く。 「……どうして」 平和を乱すの。小さな村だけど、ここで生活する人々にとっては、この村が全てなんだ。 盗賊らしき姿は見当たらない。もしかしたら、既に逃げたのか。 僕は木陰から飛び出して、倒れてる男に駆け寄った。 「どうしたの。この村に何があったの」 腹に深い切り傷を負った男は、虫の息だが、呼吸はある。耳元に囁いて、口に耳を寄せた。 「……く、黒い……騎士が」 「黒い、騎士?」 まさか、と思った。騎士が、こんな辺鄙な村を襲うとは考えにくいから。 「村長の……家、に……」 最後に咳き込んで、事切れた彼の瞼を閉じ、僕は立ち上がる。腰に提げた杖を取り出して。 何かがいつもと違うのだ。 黒い騎士なんて、知らない。 「村長の家……」 大抵、一番偉い人間の家は目立つ。それは村も町も、国だってそうだ。 僕は歩き出す。 村の丁度中心、広場のような拓けた場所にある、少し大きめな家にはまだ火は掛かっていなかった。見た限り、男が言っていたのはこの家のことだろう。 家の前には黒い騎士が二人、艶のある黒い毛を靡かせた馬と共に、血塗られた剣を手にしていたから。 もう一度息を潜め、様子を窺うことにする。 「この村に逃げ込んだというお前の予想は外れたな」 黒騎士の会話が聞こえてくる。 「……その様だ。外界に疎い割には巧く逃げる」 「よく言うよ。お前の予想が外れたせいで、一つの村が消えたんだぞ」 「こんな寂れた村の一つや二つ、消えたって世界は変わらない」 「お前……捻れてるな」 「なんとでも言えばいい。だが火を放つのを忘れるな」 「ああ、分かってるよ」 そう言って一人の黒騎士が取り出した火種を見て、僕の中の何かがキレた。 「それを投げてみろ。お前達の命は無いと思え」 そう放った僕の声は、酷く冷たいものだった。 [*前へ][次へ#] |