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22…狸寝

あー……面倒くさい。


鳥の囀ずりで目が覚めた。
外に目をやると既に白み始めていた。随分と平和な天気だな、オイ。昨日の嵐は何だったんだ。嫌味か。
冷たいシーツの感触が気持ち良い。身体には痺れが残るが、もう痛みは感じなかった。なんとまぁスバラしい治癒力だ。触れてみると上半身は裸の上に身体中包帯だらけ。まるでミイラだ。
ここは麗蘭の宿、だろうか。そう言えば彼女は無事だっただろうか。死なれてたら…目覚め悪いなぁ。
徐々にクリアになってきた思考で、断片的な記憶をかき集めて整理してみる。
昨日は、何が起きた?

───…自分は、何をした?

紅爪ってのがバレて奴等の目の前で大量殺戮やらかしてじっちゃんの死がバレて銃で頭ブチ抜かれて倒れて実験のことがバレて飛び起きて走り回ってまた倒れて自分で過去話を喋り倒して八戒たちを嘘つき呼ばわりしてまた気絶。
…………死にたい。
頭を抱えて悶絶したい衝動にかられた。喉まで上がってきた悲鳴を根性で飲み込んだ。
嘘だろ。いゃいゃいゃ有り得ない。勘弁してくれ。昔から頭が真っ白になることは度々あったがこれは異常だ。前代未聞だ。わはははは笑えない。何だこれは。イカれている。
嫌な汗が流れ落ちてシーツに染み込んだ。

──…どんな顔をして奴等に会えば良い。

数年間に渡る隠し事が一夜にして全てバレた。さすがにどん引きしただろう奴等に、私は何て言えば良い。
「なーんちゃって」「本当すいませんごめんなさい死んでお詫びします」「ドッキリ大成功」「良い天気だねぇ」「あ、お茶飲みますか?」
………まいった。
いっそのこと逃げようか。忽然と姿を消して、狸にでも化かされたのだと思って頂く方向で行こうか。それとも頭殴って昨夜の記憶だけを取り除いて頂くか。

ベッドに潜ったまま完全に逃げの姿勢で思考を巡らせていたそのとき、背後から聴こえる微かな話し声に気付いた。
人が居たのか。これは八戒と三蔵…か。音量を落とした会話のせいで内容までは聞き取れない。気配を探れば悟浄と悟空もそこに居るようだった。
…………………………マジか。
全く気付かなかったこの事態に血の気が引いて、咄嗟に狸寝入りを決め込んだ。
どうする。どうするどうするどうする。
恐らく奴等は今自分が起きていることに気付いてはいまい。皆が食事に行ったときを見計らって脱走するか。それとも今すぐ飛び起きて宙返り土下座でもしてみるか。
八戒と三蔵に混ざり悟浄の声も聴こえだしたことで緊張がつのった。大袈裟なほど身体が強張る。
その時、

「〜〜だから起きてるなら起きてるって言いやがれクソ猿!!!」

謎の三蔵の言葉と共に何かが何かにぶつかる音と悟空の悲鳴が部屋に響いた。
それと同時に私自身に何かがぶつかる衝撃。予想もしなかった不意打ちに驚いて、視線を僅かに後ろにやってしまったのがいけなかった。
そこには金の瞳があった。

「………………………………………」

冷静に。人差し指を口元に持ってきて、他言無用を促すポーズをする。
他の三人に気付かれる前に、コンマ数秒の早さで首を元に戻した。
ヤバい。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
悟空と、バッチシ、目が、合った。
この身に受けた衝撃は三蔵が投げたらしい枕か。悟空が顔面トスをして私の元まで飛んできたものだったようだ。迷惑な。
何事も無かったように更に後ろで会話が続く。相変わらず会話の内容までは聞き取れないが、取り敢えず私が起きていることはバレてない──…か。悟空は昔から私の頼みは聞いてくれる。うっかりポロリしない限り、大丈夫。
お陰で、今後の予定は決定した。"沙弥の事件は神隠しだったよ作戦"。決行は奴等が全員部屋を退出した瞬間。
そうと決まれば息を潜めてその時を待つことに専念する。
悟空の声はよく通るので断片的には聞き取ることが出来た。「三蔵〜…不安な〜…」と。何の話だろうか。不安?三蔵が?なんて似合わない。らしくない。意味の分からない話は切り上げて食事にでも行けば良いのに。

「まだ寝惚けてやがるのか猿。とっとと顔洗って覚ましやがれ!」

再び、三蔵叫んだので私は思わず肩をすくめた。言われた通り洗面所へ向かったのか、悟空がこの場を離れる気配。随分と三蔵がイライラしている。いや、彼のイライラなど日常的なものだが今日はおかしい。
イライラというか…焦っている。
どうしたのだろうか。
もしかして私のせいだったりするのか。
もしそうだとしたら。
私はきっと、自分が更に嫌いになる。
嫌悪の対象となることで更に生きづらくなる。
あぁ、やっと分かった。
だからか。
だから私は今、逃げたいと願うのか。
三蔵等に言われる言葉によっては今度こそ、じっちゃんの最後の願いに従うことが出来なくなるかも知れない。
次に心が折れたら戻れなくなるかも知れない。だから彼等と会話を出来るような状況になるのを避けたいと思う。
自分勝手な自己防衛。どこまでも臆病。どこまでも醜い。
自分が嫌いと良いながら、結局は自分が一番可愛いのだ。
我ながら大分歪んだ自己嫌悪思考の迷路をぐるぐると巡っていたらドタドタという足音と共に悟空の気配が戻ってきた。

「なぁなぁ!!洗面所に脱ぎ散らかしてある服すっげぇ!ちょーどろっどろ!」

何でこいつはこんなにテンション高いんだろう。
あぁしかし確かに、そう言えば私の服も酷いことになっていた気がする。面倒くさい。
すると悟空のテンションに釣られて悟浄たちの声の音量も上がったようで、会話が耳に届くようになった。

「良いじゃねーの。どーせ洗うの沙弥だろ?」
「勿論です。せっかくの洗濯日和ですし」

待て。何の話だ。何で私だ。しかも今日やれと。病み上がりきってもない状態で。鬼畜だろ。

「あれ?沙弥の罰ってそれに決定?」
「そんなわけがあるか」
「この程度では不完全燃焼ですよ」

罰って何だ。何の罰だ。私が何をした。いや実際、心当たりは有り余ってはいるが。何やらす気だふざけるな。

「じゃ、モノマネ100連発とかはッ!?」

うゎ出たよワンパターン。前に呑みの席の古今東西ゲームで負けた際にやらされた記憶がある。さすがにある程度いくとお題を出す方もネタ切れになり、最後には洗面器のモノマネを強要された。あれをまたやれと。バカ猿。

「逆立ちで妖怪の相手させろ」

死ねと言いたいならいつものようにそう言えバカ法師。

「1分間エアギターとか地味にキツいぜぇー?」
「ぎゃははそれ見たくねぇー!」

それは絶対に嫌だ。拷問でしかない。無駄な発想力だけは持ちやがってバカ河童。

「エロ小説朗読とかどーよ」
「それ、聴いてる方も辛くないですか?」

そう言う問題じゃない。バカ八戒。

「んじゃさ!ハバネロフルコースどか食い水ナシ!」
「バーカ誰が作んだよ」
「自分で作らせりゃ良いじゃねぇか」

いい加減にしろよバカ共。
暴れまわりたい衝動を押さえつける。今飛び起きたりしたら駄目だ。落ち着くように深めの呼吸を繰り返しながら自分に良い聞かす。

「あはは、どれも捨てがたいですねェ」

耐えろ。取り敢えず今は耐えて折りを見て脱走するのだ。三蔵達にさえ気付かれなければ良い。会話をしなければいけない状況を回避することが大事だ。

「なぁ沙弥!どれが良いッ!?」

死ね猿!!!
うっかりだか意識的にだか知らないが、バラしやがった動物に渾身の魂を込めた枕を投げつけた。身体の痺れとか病み上がりとかどうでも良かった。怨念の化身と化したその枕は風を切る音をさせてアホヅラをした猿を撃ち抜いた。そのまま倒れて床に頭突きする音を聴いて我に帰った。

───…やってしまった。

悟空の問いかけに無視を決め込めば良かったのだと気付いても後の祭りだ。
そこにはポカンとした三蔵達の顔がしっかり此方を向いている。

「……あー…こんな筈じゃなかったのに」

暫くの沈黙の後、開口一番で口から溢れたのはそんな言葉。
ベッドに腰掛ける三蔵、ソファに寝転ぶ八戒、椅子に座って机に足を引っ掻けた悟浄、床に座り込んだ悟空。
私と同じように包帯だらけの三蔵を見たら意地悪そうに口の端を吊り上げた。
何だ、さっきあんなにイライラしていたくせに何であんたそんなに上機嫌に笑ってんだ。何だそのスッキリした顔。焦ってた三蔵はどこ行った。
自分の手元に視線を落としたら震えていた。私は何故こんなに脅えてる。
何故、この強い意志を感じる紫を見ると逃げることしか考えられなくなる。

嫌いじゃない。
だから怖い。
恨んでいれば
嫌悪の対象として見れていれば
こんな思いはしなくて済んだのだろうか。

また私は苦手な紫の瞳から逃げる。
全てを見透かされた気になるその瞳から
目をそらす。

眩しい。

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