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21…混乱

あー…苛々する。



微かな肌寒さを感じて目が覚めた。
完全に覚醒しきってはいない頭で天井の木目を眺める。視界の隅に映る窓からは僅かに白み始めた空が覗く。早朝、か。鳥が囀ずってカーテンが柔らかく靡く。嫌味かと思う程穏やかな朝だ。
───…ここは、宿か。
現状を理解するまでたっぷり10秒かかった。

「!!────…ッ」

勢い良く身を起こすと、身体に激痛が走った。思わず息が止まって再びベッドに沈む。
見ると、自分の身体中に余すことなく包帯が巻かれていた。まるでミイラだ。
視線を動かすと隣のベッドには──…見慣れた銀色があった。
自分と同じ包帯に巻かれた胸を規則正しく上下させているのを無意識に確認する。
あぁ、大丈夫、だ。
汗で濡れた手のひらをシーツで拭った。
裂けていた腹や爛れた背中の様子は分からないが、額に風穴は空いていない。顔色も悪くはない。
よく見ると他の奴等もそれぞれ椅子やソファや床で寝こけていた。
昨夜までの曖昧な記憶を手繰り寄せる。ここは何処の宿か。いつ、どうやって此処まで来たのか。

「麗蘭さんの自宅兼宿屋だそうです。3時間前に着きました」
「ッ!?」

巡らせていた思考に対して返ってきた予想外のそれに思わず肩を震わせた。声の方に視線を投げると、そこにはソファに横たわった八戒の姿。

「おはようございます」
「………あぁ」

間違いなく皆熟睡しているものと思っていたので無駄に驚いた。苛々した思考のせいで視野が狭くなっているらしい。起きてるなら言いやがれ。

「大変だったんですよ、疲れた身体で貴方がたをここまで運ぶの。詳細聞きたいですか?」
「…いらん」

こちらも随分と不機嫌だ。
沙弥が倒れたときは八戒の方が死人のような様子だったが。それが無事と知って、安堵を通り越して怒りにでも変換されたのだろう。更に、過去の死人にしがみつく、自分と似たような状況にあったそいつに対して苛立ちがつのるのだろう。
本人にもそれを当たり散らしているという自覚はあるようで、一呼吸置いてから窓に視線を向けて穏やかに笑った。

「良い天気ですね」
「不愉快な程にな」
「怒涛の1日でしたね」
「お陰で満身創痍だ」
「あぁ、あまり動かない方が良いですよ。肋骨と右肩の骨が凄いことになってましたから」
「…どんなだ」

今すぐ気功で治せないということは、八戒もこう見えて身体にガタがきているのか。
この様子では暫くはこの街に滞在せざるを得ないだろう。予想外の足止めを食らってしまった。溜め息をついて視線を動かすと──赤い眼と目が合った。

「おはよーさん」
「……起きてるならそう言え」
「タイミングを見計らってみた」
「計り違いだ」
「や、どーにも夢見が悪くてよ」

寝れねっつの、とそいつは椅子に座ったまま足を机に乗せて苦笑した。
──…確かに。目を閉じれば鼓膜を揺らした乾いた銃声や、脳や頭蓋骨が飛び散る様子や、鼻を突く鉄臭さや、知った人がモノになっていく場面が嫌でも思い出される。非常に不愉快だ。
やっと、沙弥という人間を理解出来てきた。引き摺り続けるその過去を裏付けることで、ふわふわと宙に浮いているような不安定なこいつが分かってきた、筈だった。
そうしたら自分が分からなくなったのだ。
──…三蔵法師の肩書きを持つ俺は奴に何て言やぁ良い。
「大変だったな」「強くなったじゃねーか」「くだらねぇことで悩みやがって」「悪かったな」「俺に出来ることなら何でもしてやる」「怪我はどうだ」「良い天気だな」「おい茶ァ入れろ」
…分からねぇ。こんな風に悩むなんて趣味ではない。自分らしくない。沙弥という人間は理解出来てきても、自分が分からない。

「俺は……どうすべきだ」

何をウジウジと悩んでいる。どれだけ臆病なんだ、自分は。
視線を感じて顔を上げたら悟浄と八戒がアホヅラをして此方を見ていた。…あぁ、うっかり声に出ていたらしい。本当に、何をやっているのか。今日の自分はどうかしている。
そのまま暫く沈黙が続いたのち

「悟浄、3ヶ月禁煙ですね」
「うっわー…マジかよ」
「だから言ったでしょう?腐っても人間なんですって」
「なーにアンニュイになってんだよ生臭ぼーずのくせに」
「うるせぇ!何の話だ!」

賭けでもしていたのか、椅子がひっくり返りそうな程頭を抱えてのけ反る河童。この身体が自由になったら蜂の巣にしてやる。
そのとき、床で何かが動いた。

「なぁ、もしかして三蔵不安なの?」
「〜〜だから起きてるなら起きてるって言いやがれクソ猿!!!!」

肩の怪我のことも忘れて、頭を預けていた枕を全力投球した。それを顔面でキャッチした猿は再び床に沈んだ。
弾かれた枕は勢いを失わず、その後ろにいた沙弥に当たって床に落ちた。

「〜〜いぃぃってぇ!!何すんだよッ!」
「うるせぇ!寝てろバカ猿!」

殆んど八つ当たりだが知ったことじゃない。不安?何がだ。くそ。
舌打ちをしたら痛みがはしったので顔を更にしかめた。どうやら口の中もズタズタになっているらしい。苛々がつのる。

「実際、お前はどー思ってんの」
「…あ?」

真面目なツラをした河童が問うてきた。
どう、とは。どれを指しているのだろうか。余りにも沢山のことが起こり過ぎて─…一度に色々なことを知り過ぎて、未だに実感しきれていないのが実状だ。眉を寄せると代わりに八戒が口を開いた。

「では、観音さんの言っていたことに関して」
「…半信半疑だな。だが本当に今までのバカ猫に別人格の影響があったとして、だから何が変わるというわけでもねぇだろ」
「賭場屋の主人の死について」
「俺等の行動がその元凶にあったとして、どうしろってんだ。俺等とバカ猫の関わりを妖怪共にリークした奴がいる筈だ。そっちをどうにかすることが先決だろう」
「では人体実験について」
「それこそ俺にはどうでも良い。だが人間に妖怪並の力を持たす為の実験なんざ容易く出来ることじゃねぇ。蘇生実験に関わってる奴の力を借りたと考えるのが普通だ。何かの手掛かりになるかもな」
「観音さんが最後に仰った前言撤回について」
「決めるのは俺じゃねぇ」
「沙弥が僕らに過去を隠したがっていた理由について」
「本人に聞け」
「紅爪の正体」
「それこそどうでも良い」
「成る程です」
「…貴様らはどうなんだ」
「あー…ほぼ一緒よ。ほぼ」

苦笑したまま悟浄が言う。何が言いたいことがあるならばはっきり言え。これ以上苛々させるな、クソ。

「三蔵は何がそんなに不安なんだ?」
「まだ寝惚けてやがるのか猿。とっとと顔洗って覚ましてきやがれ!」

不機嫌を全面に出して言うと、悟空は言われた通り、のっそりと身体を起こして洗面所に向かった。その足取りはしっかりしている。もしかしてコイツ等、自分が目覚める前から起きていたのか。

「もう辞めましょう、三蔵」
「……何がだ」
「難しく考えることを、です」
「沙弥のマイナス思考に感化され過ぎだぜー」
「本当、昨日から良いとこ無しですよ僕ら」
「もーダッサダサ。こんなんじゃモテねぇっつの」

昨日、沙弥に言ったのと同じ言葉を八戒らは言った。そう言えば食堂で悟空が沙弥を探すと豪語したときもそんなことを言っていた。
あぁ、あぁ、その通り、かもしれない。
いつの間に、こんなに情けない程女々しくなった。
こんなにも気分が悪いのは、吐く言葉と本音が一致出来ていないからだ。
それもこれもそこで寝こけるバカ猫のせいじゃないか。
八戒らに対して言葉を返す前に、ドタドタという喧しい足音を立ててテンション高く悟空が洗面所から飛び出してきた。

「なぁなぁ!洗面所に脱ぎ散らかしてある服すっげぇ!!ちょーどろっどろ!」

そう言えばそんな問題も残っていた。面倒くせぇ。洗濯だの何だのとまた八戒の不機嫌オーラが増すことだろうと思ったら、悟浄がカラカラと上機嫌に笑った。

「良いじゃねーの。どーせ洗うの沙弥だろ?」
「勿論です。せっかくの洗濯日和ですし」

自然と口角が上がるのを自覚する。
そうだ。
先よりも見るべきなのは今だ。
俺たちはこう有るべきだ。

「あれ?沙弥の罰ってそれに決定?」
「そんなわけがあるか」
「この程度では不完全燃焼ですよ」
「じゃ、モノマネ100連発とかはッ!?」
「逆立ちで妖怪の相手させろ」
「1分間エアギターとか地味にキツいぜぇー?」
「ぎゃははそれ見たくねぇー!」
「エロ小説朗読とかどーよ」
「それ、聴いてる方も辛くないですか?」
「んじゃさ!ハバネロフルコースどか食い水ナシ!」
「バーカ誰が作んだよ」
「自分で作らせりゃ良いじゃねぇか」
「あはは、どれも捨てがたいですねェ」

「なぁ沙弥!どれが良いッ!?」

まさかの問い掛けをした悟空の顔に枕が叩き付けられた。ゴオォォという、枕らしからぬ効果音と共に凄まじい勢いで飛んできたそれに目を見開く。
その方向を辿るとひきつった顔をした───…渦中の人物が居た。その表情からして起きていたらしい。どいつもこいつも狸寝入りが上手いことだ。沙弥に気付いていたのは悟空のみだったようだが。

「……あー…こんな筈じゃなかったのに」

どんな筈だったんだ。
眉を寄せて唸るように呟く沙弥。

さぁこの、完全後ろ向き思考で臆病なネクラバカにどうやって首輪をつけてやろうか。
更に顔をひきつらせるそいつに

俺は口の端を吊り上げた。

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