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18…嘘吐

うそつき。



目に雨が入って視界が歪む。でも目を閉じる気にはなれなかった。だって、空が見える。重なりあった葉が見える。
額に手を伸ばすと、そこには銃痕がしっかりと残っていた。腹に違和感を感じて手を伸ばすと裂けているような感触を感じた。何だこの傷。"死んでから"付けられたのだろうか。酷いことをするなぁ。内臓飛び出さなくて良かった。背中の傷はどうだろう。痛覚は麻痺したままのようだから様子が分からない。
こんな致命傷だらけの身体で爆破スイッチ奪取なんて良く出来たもんだ。額割られた状態で駆け回る姿なんて端から見たら異様だろう。ドン引きだ。

「……八戒…」
「そんな能力あってたまりますか!」

あぁ、聴覚は回復したようだ。三蔵の掠れた呟きに八戒が怒った声で応えたのが聴こえた。
彼の言う通りだ。命を甦らせる能力なんてあってはいけない。
彼らの方へ向こうにも首が動かない。身体が痺れてきた。どうなってんだこのポンコツ。自分の身体の癖に思い通り動かないってどういうことだ。イライラするなぁ。

「…………沙弥……?」

悟空の声が沈黙を破った。驚愕と不信と混乱が混じり合った随分と弱々しい声。私が知らない間に何かあったのだろうか。

「…ぃき…てる…」
「だねェ」

ドシャっと、泥が跳ねる音が聴こえた。誰かが膝を着いたかのような音。

「……なんで…」
「…………さぁ」
「…………沙弥……」
「なに」
「…ごめん」
「……?何が」

何だそれ。何に謝る必要があるのだろう。
顔が見えないのでそこから察することは出来ない。私は悟空に謝られるようなことをされた覚えはないが。
流れて行く黒い雲を目で追いながら思考を巡らせていると、三蔵らしき気配が一歩此方に近付いた。

「"それ"は」
「………?」
「実験とやらの結果か」

……わぁ。ドン引き。
実験て、あの実験のことだろうか。何で知ってるんだ。最悪だ。
ぁ、妖怪どもか。この場にもラボに関わった奴が居たということか。んで、武勇伝のようにべらべら喋ってくれたと。三蔵たちの前で。

「勘弁して欲しい…」
「それはこっちのセリフだ」
「何で」
「何でじゃねぇ」
「私、恨んでないって言った」

三蔵に、三蔵たちに謝罪しろだなどとは思っていない。まぁ三蔵にしてみれば自分の知らないところで自分のせいで人間を材料にそんな実験が行われているなど、勘弁して欲しい、か。

「致命傷負ったら一度仮死状態になって細胞やら身体の機能を停止させてからゆっくり再生していくっぽい」

治癒力が抜きん出ているというだけ。私は失敗作だ。瞬発力は生まれながらのもので、3年続いた実験のなかでは、他の実験台たちのように強靭な筋力や何かしらの能力も何も得ることは出来なかった。
その代わり、多種の薬を服用させられた副作用か拒否反応からか、研究者たちも予期しなかった能力が身に付いた。死に至る傷を負っても数日で完治するという、他に見ない能力。
研究者たちは何度も私を傷付けた。蹴って殴って切って炙って裂いて刺して。
皆、笑っていた。
楽しげに笑っていた。
だから私も、笑った。
助けて、助けて、助けて、助けて
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
どんなに叫んでも届かないならと
諦めた。
そういうものなのだと受け入れて。
私は笑った。
そうしたら、そんな私を見ていられなかったのか、憐れに思ったのか、情が移ったのか、研究者のひとりが私を逃がした。ずっと私の担当だった妖怪の男。何度も何度も謝罪の言葉を繰り返して、拘束を解いて解放した。私を見送った後、彼が銃で自分の頭をぶち抜いたのを遠目に見た。
勝手だ。
自己満足だ。
私が、諦めた途端。
せっかく受け入れた私を放り出す。
何としてでも私を殺す方法を研究してくれる方が断然良かった。
殺してくれた方が断然マシだった。
こんな化物のまま、生きろと言うのか。
まだ苦しめるのか、私を。
人には生きろと言っといて、自分は楽になるのか。
勝手だ。勝手過ぎる。
途方にくれていた私を拾ったのが
じっちゃんだった。

「じっちゃんが死んだときも今日みたいに一度死んだんだァ」

生きろ、と言われたのに。
じっちゃんを殺しにやってきた妖怪は全て殺したが、此方も無傷では済まなかった。明らかに異常な量の血液を流して、自分の体温が下がっていくのを感じながら、じっちゃんの傍らで死んだ。

「目ぇ覚めたら冷たくなったじっちゃんが転がってた」

人が物になった喪失感。
迫り来る罪悪感。
押し潰されそうな孤独感。
後を追いたい、追いたい、追いたい。だが、じっちゃんとの約束が
身体を蝕む無駄な能力が邪魔をする。
あぁ、何で生きているんだ。
そもそも、こんなの生きてると言えるのか。じっちゃんの約束を守れていると言えるのか。
人間でもない、妖怪でもない。

「気持ち悪い」

吐き気がする。
三蔵たちには一生何も言うつもりなんて無かったのに。じっちゃんのことも実験のことも、知らせるつもりなかったのに。
視線を移すと千切れた妖怪の首が転がっていた。完全に沈黙したそれ。そう、これが死、だ。こうあるべきなのに。

「良い…なぁ…」
「─────………ッ」

呟いた瞬間、息が詰まった。…あぁ、動体視力と状況判断力もまだ鈍いようだ。それは胸ぐらを掴まれたからだと気付くまで時間を有した。至近距離に悟浄の顔。何だか久しぶりに見た気がする。
更に理解力まで衰えたらしい。悟浄が何故こんな苦し気な顔をしているのかが分からない。

「おい…!悟浄」
「辞めとけ。殴るのは俺の役目だ」
「…話を聞くのも殴るのも後です。身体にさわります」
「………わぁってるよ」

悟浄がため息をついて私の上から退くと八戒が私の傍らに膝をついて覗き込んできた。

「説教も、後です」
「……八戒、血管が浮き出てる」
「返事は?」
「はい」

ぶちギレ寸前な表情にびびって即答すると、彼は目を細めて優しく笑った。何で、笑ったんだろう。
八戒は綺麗な指で私の髪を整えながら言った。

「もっと楽に生きましょう、沙弥」
「……………」
「僕もお手伝いしますから」

───…うそつき。
頭のなかで、何かが砕けた気がした。
込み上げる吐き気と目眩。
頭がかち割れそうな頭痛。
あぁ、イライラする。
うそつき、うそつき、うそつき。
守る気もないこと言わないで欲しい。
どうせ途中で突き放すんだ。

頭のなかで誰かの泣き声がする

あぁもう、分からない。
三蔵が怒る理由も、悟浄を苦しめてる理由も、八戒が泣きそうに優しい理由も、悟空が謝る理由も分からない。
私は今死ななくて悲しんでるのか嬉しいのか、自分が今何を言っているのか、私が何なのか、分からない。

「居なくなるくせに」

でも唯一分かるのは
また私を置いてきぼりにすること
私の気持ち無視して、
勝手に死んで居なくなること

「じっちゃんも…」

私に、生きろ、なんて言って居なくなった

「捲廉も天蓬も金禅も悟空も私を置いていなくなるから…!!」

最後の最後で背負わせてくれなかった
一緒に生きさせてくれなかった
お前には死んで欲しくない?そんなの知るか。
孤独に脅えて眼を反らして思考を辞めて生きるなんて、生きているなんて言えるのか。
それこそ生き地獄だ。
だったらあんたたちと一緒に地獄の業火に焼かれる方が幸せだ。

独りにしないで欲しい

置いていかれるのはもう嫌だ

こんなに叫んでも声は届かなかった
助けて
居なくならないで
いつも叫んでいた
咽が潰れて腐っても叫んだ
今も──…昔も
最後の最後で皆、いつも突き放すんだ
生かそうと、突き放す。

醜い自分。死にたい、死ねない。
あぁ、あぁ、生きてることがこんなにも

「──…重い」
「馬鹿言ってんじゃねーよ」

呟いた瞬間、誰かの声が降って視界を塞がれた。男とも、女ともつかない深みのある声。
身体の上に体重がかかる。
頭を片手で鷲掴みにされた状態。後頭部が更に泥のなかへと沈んだ。
誰の手だろう。
懐かしい手だと思った。
私はこの手を知っている。

「死んでも馬鹿は治らねぇか」

意識が奥に引き摺り込まれる感覚を感じたが、伝わってくる温もりに、安心してそれを手放した。


その手は、温かかった。

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あきゅろす。
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