13…耳鳴 周りの音が遠く聴こえる。 悟空の走り回る音、悟浄の錫杖の音、何故か八戒の笑い声、妖怪たちの断末魔。 少し離れた木の影には倒れたままの麗蘭とかいう女。そして自分の足元で此方を見上げる呆けたツラの沙弥。 「何があった」 再び問うと更に目を見開いた。実はお前、案外目でかいんじゃないか、とか思ったが口に出すのは辞めておいた。 今の沙弥は分かりやすい。 人のことを聞きたがるなんてらしくない。過去なんて知ってどうなるわけじゃない。そんなこと、お前が一番良く知ってる筈だ、という目。 「ジジィは死んだか」 「…死んだ」 「理由は」 「…とばっちり」 「誰の」 「………さぁ」 無意識に、癖の舌打ちが出た。 やはり自分たちの行いのとばっちりで殺された。最悪の予想に当たったようだ。 「……貴様は何が、憎い」 「………さぁ」 俺か、妖怪か、変わらずあるこの世界か。 若干の覚悟を用いた質問だったのだがこれは本当に分からないような顔で沙弥は首を傾げた。コイツは他人に関してはさとくても自分については鈍いところがある。いゃ、自分に興味がないのか。面倒くせぇ。 「これは"従った"結果か」 「…あんまり言いたくないんだけど」 「言え」 「…言ってどうなんの」 「さぁな。言ってみなけりゃ分からん」 「何の解決にもならないって」 「ならないかどうかは俺が決める」 「…自分の話すんの苦手」 「思い付いた単語を並べろ」 「…心暖まる単語は並ばないし」 「結構なことじゃねぇか。たまには腹ん中を曝せ」 「…真っ黒通り越して闇色なんだけど」 「今更だな」 往生際が悪い沙弥と押し問答を繰り返す。話をしたら何か変わる。恐らく怖いのだろう。 手首は未だに掴んだまま。しかし離す気にはなれなかった。離してはいけない気がした。 暫く沈黙を続けてから覚悟を決めたように、感情の無い細い声でぽつりぽつりと話をし始めた。 「生きろって」 生きろと、死ぬ間際のじっちゃんに言われた。何をしてでも生きろ、と。内臓ぶちまけた状態で、震える手で私の手を力強く握りながら、うわごとのように。最後は幾度か痙攣した後血を吐いて息絶えた。 最後にしたじっちゃんとの約束。 生きなければいけない。 どうしたら死んで良いのか。 いつまで生きなければいけないのか。 分からないまま半年間、ただ生きた。 「で、これが成れの果て」 「…酷いもんだな」 「そうかな。…三蔵が言うならそうかも」 「貴様は──………」 死にたいのか。 死にたいのに死ねないのか。 だから地獄だ、と言うことか。 ……その感覚ならば、恐らく多少なりと昔の自分と似通った部分がある。他人の業を背負って生きる苦痛。月の光が重く感じたあの時の自分。 しかし、コイツは 「それだけか」 「………それだけ」 「てめぇ…」 「あぁ手首が痛い痛い痛い…」 それだけの筈があるか。ジジィが死んだ以外にも何かある筈だ。コイツの行動は、それだけでは納得出来るものではない。疑問や不信な点が多すぎる。 「紅爪が来た場所に妖怪は二度と足を踏み入れないのは結果論だと言ったな」 「…言った」 「妖怪側としては身内の死骸の惨状に対するトラウマが理由か」 「…多分」 「貴様のその行動にはトラウマを作るものとは別の意味があるんだな」 「なんか事情聴取みたいなんだけど」 「…だとすると今の貴様は犯罪者か」 「三蔵だって犯罪者ヅラじゃないか」 「ぶっ殺すぞ」 「あぁぁ手首が痛い痛い痛い…」 すぐ茶化す今の沙弥はいつもの、俺が知るコイツだ。 それが時々、不安定になる。発作のようなものだろうか。昨日、コイツが俺達の前から走り去る寸前の様子と、先程目の前で見せた、死に行くそれの眼を覗き込む行為と手の動きを確認する行為。 「…自分が生きてるか分からなる」 「…何?」 「自分が恐ろしくて、ワケが分からなくなる。それから逃れる手段」 「………………」 「……引いた?」 引きはしない。だが分からない。 生きているか分からない、とは。 他人の死で自分の生を、存在を確認する。他人が止まって、己が動く状態を見て確める。死を確実にする為、おのずと端から見たらエグい殺し方になっていったわけか。 何故、そこまでしなければならない。 「…貴様が"そう"なったきっかけがある筈だ」 眉を歪めて見返す沙弥。まだ何か隠してやがる。面倒くせぇ。 だが恐らく今隠しているそれが重要な内容。 「とっとと──……」 吐け、と続く筈の言葉をつむぐことは出来なかった。 感じたのは、 「三蔵!沙弥!そっちなんか行った!」 何かが近付く気配。人ではない。何だか分からない飛来物に応戦するのは危険過ぎる。手首を引いて沙弥を地に伏せさせようとしたが、逆に突き飛ばされた。気配に気付いたのは同時でも、ムカつくことに反射神経の面では沙弥に分があった。 地に伏せた拍子に、自分の懐から転げ落ちたもの。それは先程沙弥から受け取ったボタンの付いた何か。 咄嗟に手を伸ばすが 「良いから伏せろ三蔵っ」 遠くから聴こえた沙弥の声。無駄に落ち着いたそれに反射的に手を戻した。 轟音。 複数の爆発が起きたのだと理解するのに時間がかかった。熱風と何かが頭の上を過ぎる気配。爆発すると同時に硝子や釘が飛び出すタイプの爆弾か。厄介な。 煙の中、馬鹿共が此方に駆け寄ってきた。この野郎…… 「〜〜〜援護しやがれ役立たず!」 「だって三蔵!アイツら途中から飛び道具ばっか使い始めるんだぜ!」 「アブなっかしくて近付けねーっつの」 「あの大木の奥に荷車ありましたから、そこに道具が積まれてるんでしょうね。少し厄介ですよ、これ」 「いつの間にかあいつら人数も増えてるし!」 「チッ…使えねぇ」 「てめえだって暢気に陽気に楽しくお喋りしてただけだろーが!」 「あれが楽しげに見えたならそんな目玉は捨てろクソ河童!!」 「なぁ三蔵、沙弥何て言ってた!?」 「というか沙弥は何処です?」 耳鳴りがする。 飛んできたそれが火薬の匂いがしたから爆弾だと当たりをつけ、それを蹴り上げて三蔵を引き摺り倒して自分も伏せた。一度目の爆発をやり過ごして顔を上げると液体の入った瓶が目の前を横切った。向こうには──…妖怪の殺気に当てられて倒れたままになっていた麗蘭。咄嗟に身を起こして駆け寄って爆発音がして… 「やー…我ながら素晴らしい瞬発力」 思わず溜め息が出る。 腕の中の彼女が身動いだと思ったらうっすら目を開けた。さすがに爆発音が続く中で眠り続けるのは至難の技か。 「……………何で私、沙弥さんに押し倒されてるんですか」 「……………いろいろあって」 「………………………………」 「………何で顔を赤らめるんですか」 この状況であんた。 何やら恥ずかしげにわたわたとする麗蘭。取り敢えず彼女に怪我は無いようだ。先程三蔵に撃たれた足の怪我が気掛かりだったが、発熱は起こしていないことに安心した。 「えっと……あの…ッ」 「悪いんだけど、私の身体押し退けて」 「ぇ、」 「横に」 躊躇いがちに私の両肩を押す力を使って体起き上がらせた。何とか座り込む体勢にまで持っていく。麗蘭と向き合って座るかたちになった。 麗蘭が不信げに私の背を覗き込んできたが、それを止めようにも きゃあああぁぁぁぁぁ!!! 腕が上がらなかった。 「沙弥さん…ッ沙弥さん…!!」 「そんなに酷いかァ」 悲鳴を上げて震えあがってしまう程か。あまり痛みを感じないからどうかと思ったが、単に痛覚が麻痺しているだけか。確かに力が入らなくて自分で起き上がることも出来ない。呼吸もしづらいから肺もやられているかも知れない。 三蔵たちが何かを言いながら駆け寄ってくる。だが途中で足止めをされた。前に出てきた妖怪の手には自分が最初に奪った謎の機械。 そういや手首落としたボスは何処に行ったのだろうか。視線を動かすと、ここから遠く離れた木にめり込んでる姿を見付けた。あれは悟空がやったな。可哀想に。 ここで初めて気付いた。 音が、聴こえない。 頭を突くような耳鳴りが邪魔をして音がうまく聞き取れない。 一瞬、先程の麗蘭の悲鳴で鼓膜がやられたのかと思ったが、違う。 ───…身体の機能が停止し始めている。 「あー…あー…」 声は出る。頭に響いて微かに聴こえる。 何を話しているのかは分からないが、妖怪らと対峙したままの三蔵たち。 じりじりと、自分の回りを取り囲む気配。 最悪だなぁ。 この状況も、この身体も。 破裂しそうな程の熱を持った背中とは裏腹に、徐々に冷たくなっていく手足。 この大量の血が流れ出る感覚と体温が下がる感覚は身に覚えがあった。 じっちゃんが死んだ時だ。 そうだ、これが──… 「死、だ」 耳鳴りは、止まない。 [前へ][次へ] [戻る] |