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09…目眩

手甲爪を磨く手を止めて窓の外を見たら闇だった。時計を見ると針はおやつの時間を指している。外は夜。なんて酷い天気だ。
麗蘭は数刻前に食堂の手伝いがあるからと戻っていった。
何度も謝罪の言葉を繰り返しながら。
何処に彼女が謝る必要があるのか分からなかった。何やら変な罪悪感を感じたようだ。どうにも彼女は感情が先に突っ走る傾向がある。酷く危なっかしい。私が言うのもあれだが。

「んー…………まいった」

急に変な質問をしたと思ったら殺気飛ばしながら泣いて首締めてくるってどんな女だ。
殺さなくて良かった。…や、首はへし折りかけたが。それはまぁ、あれだ、その、ほら

「………………あ"ー…」

悪いことをした。
半年前──…じっちゃんが死んでから起こるようになった発作。自分が生きているのか分からなくなる。自分が何だか分からなくなる恐怖が襲う。脳に靄がかかったように思考能力が低下し全身を、脳を苦痛が襲う。
その苦しみから逃れる策として他者の死で自分の存在を確立することを覚えた。
それが正しいか正しくないかなんて関係ない。しかし他にやり過ごす術が分からなかった。
狂っている─…と、昨日殺した妖怪のひとりが死ぬ間際に溢した。その時私は、お前らが言うか?と返したが恐らく彼の感覚は正しい。自分が生きていることに安堵した表情を浮かべながら返り血を浴びる姿はとても正気の沙汰とは思えないだろう。妖怪よりも質が悪い。
攻められても仕方のないことを私はしている。失望されて当たり前。憎み、恨む対象になって当然だ。

何とはなしに麗蘭に本名を教えたら笑顔でお礼を言われて喜ばれてしまった。彼女は"紅爪"という存在を本当に崇拝していたようだ。人間の味方、正義の味方だと。支えであり希望であったと。
実際の私を見てもあの様子だと失望はしていなかったようだが。
改めて今の私はどう見えたのだろう。
そして三蔵達にはどのように見えたのか。

「───…なんかあいつ等のことばっか考えてるな」

恋する乙女か。気持ち悪い。有り得ない。
何故こんなにも気にかかるのか。これは何の感情だ。興味?好意?…憎悪?
あぁ、何故こうも自分のことが一番分からない。きっと改めてあいつ等を前にしたら分かるのだ。私はそれが怖いのだ。どこまでも臆病だ、私は。自分を取り巻く全てから目を背けて生きている。
きっと、次会えばそんな自分を彼等に気付かれる。それが嫌で逃げている。彼等には特に、思い出させて欲しくないことがあり過ぎる。
生き地獄を経験した。何度も経験した。
そこから目を背けたいと思うのはいけないことだろうか。
それとも私は──……

ぐぅ

腹から間抜けな音が響いた。
……どんなに真面目なことを考えていても腹はすくものだ。
私も人間……一応人間なのだから。
手持ちの食料はもぅ底を尽きていた。食べに行こうか。しかし三蔵達と鉢合わせになったらどうする。……デリバリーとか頼めないだろうか。麗蘭に相談してみよう。
私は雨でダルい身体を叱咤しながら部屋を出た。






どうしたんだろう自分は。
何をしているんだろう、自分は。
激しくなる雨が身体を打つ。髪が頬に貼り付いて気持ち悪い。
身体中が心臓になったように錯覚させる程、鼓動が激しい。いくら拭っても冷たい汗が吹き出す。震える身体を抱き締めて息を整えようと試みるが思うようにいかない。
これが、これから人を殺す人の心境か。殺した後、一体私はどうなるのだろう。
紅爪──…沙弥さんはいつもこんな思いをしていたのか。自分と変わらない歳で。女独りで。
足元に転がる4人の男たち。普段自分が飲んでいる睡眠薬を全て料理に混ぜ込んだ。予想以上の効果だった。騒然とする父や他の店員、客をなだめて丸め込んでから町外れの森まで運んで来た。荷車とは言え、さすがに複数の成人男性を運ぶのは骨が折れた。
持ってきた斧を手に取る。薪割りにいつも使用している筈のそれは、ずしりといつも以上の重みを感じた。
もぅ引き返すことは出来ない。後悔はしない。今まで私の支えになってくれていた人の力になる。返したい。
暴れる心臓を抑え込み、大きく深呼吸をしてからゆっくりと斧を上げ
──…降り下ろした。



何で人間は、綺麗に生きれないんだろう。

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あきゅろす。
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