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11…合図
   

だから、嫌だったんだ。
沙弥の目が、そう言っていた。


「あー……」

雨は止む気配をみせない。今は何時刻なのだろう。頭がジクりと微かに痛んだ。三蔵の奴、思い切り殴り起こしやがって。血ぃ出てんじゃねーか?これ。
頬に貼り付く長い髪をかきあげながら状況を再確認する。
血を流して倒れる女の子と、煙が立ち登る銃を向けたクソ坊主。
思考をいくら巡らせても絵に書いたように最悪なシチュエーションは変わらない。

「お前コレ、どう見える?」

木に寄り掛かりながら俺と同じように頭を抱えたそうな顔をしている沙弥に、答えは分かりきった問い掛けをしてみた。
そいつは溜め息を吐いて言った。

「仲良し4人組で女性を森に連れ込んで性的暴行に及ぼうとしたが抵抗されて頭にきたボスが発泡」
「誰がボスだ!」
「突っ込み所がおかしいですよ、三蔵」
「せーてきって?」
「悟空お前…それマジで言ってンの?」

状況に似合わない会話にげんなりとこめかみを押さえながら沙弥も問う。

「どう見える?」
「貴様がこの女をけしかけたように見えなくもねぇが」
「そんなまどろっこしい」
「だろうな」

言いながら三蔵も溜め息をついて銃を仕舞う。確かに沙弥なら自分で足を運ぶだろう。
沙弥もバカではない。現状の発端には気付いているのだろう。悲痛な目で麗蘭を見詰める。
生存確認を、事によっては治療をと駆け寄ろうとした八戒を鈍く光る三つの爪が制した。久々に見たそれは、一年前に見たときと比べて随分と年期の入ったものになっていた。

「沙弥…」

ごめん、と行き場のない怒りを圧し殺した声。
何だか俺達、沙弥にこんな顔ばっかさせてねぇか。
濡れた銀髪を揺らしながら重たげな足取りで歩を進めて、倒れた細い身体を抱えた。
沙弥の僅かに強張った表情が緩んだところを見ると命に影響はないものだったらしい。自分もいつの間にか力が入っていた肩を落とした。
沙弥は、見覚えのあるジャケットを脱いで彼女の肩に掛けたと同時、腕の中で微かに身動いで目を開けた。

「馬鹿おんな」

開口一番掛ける言葉がソレか、と突っ込むのを何とか踏み止まった。
麗蘭の明らかに青白い顔が力無く笑って、細く震える指が沙弥の顔をそっと撫でた。

「…泣かない…で」
「…泣いてないけど」

馬鹿だね、ともう一度呟いた。

「謝り…たくて」
「何を」
「だから…」
「謝るのは私。それか後ろのこいつら」

目を見開く麗蘭。此方と沙弥を交互に見る。

「ぇ…」
「あいつらのまぎらわしい会話でも聞いたんでしょ。私も言ったしなぁ。……あんたの解釈も間違いじゃないんだけど」
「………ぇ、あの」
「コイツ等はどうでも良いけど、父さん心配してたよ」
「沙弥さ…」
「私の代わりにあんたと父親が地獄見るのは違う」

あんたらは見なくて良いんだ、と言う沙弥の表情は静かなもので、何の感情も読み取ることは出来なかった。肝心な時に心情が分からないのがコイツだ。
しかし、今の言葉で予想が確信に変わった。コイツの育ての親──…じぃさんは死んだんだ。恐らく、自分達のとばっちりか何かで。沙弥と俺らの繋がりをどこから嗅ぎ付けたのかは知らないが。

「あんたと会ったこと、あんま後悔させないで欲しいんだけど」

他人と関係する過程で自分と会わなければ、と思うこと程辛いものはない。
沙弥が発する言葉に対してその声色は随分とまぁ優しいものだった。しかしそれは俺らに言ってる言葉のようにも感じた。

「…ごめんなさい」

父親か、俺らか、沙弥か、それとも全員に向けてか分からない謝罪を小さく言葉にした彼女は本当に普通の、か弱い街娘だった。

「なぁ、俺全然分かんねぇんだけど、結局何がどうなったんだ?!」
「うっせ猿。黙ってろ」
「何だよ!悟浄は分かるのかよ!」

つまり麗蘭ちゃんは恩返しがしたかったと。何だか知らないが彼女の中で沙弥はそれだけ大きな存在だったと。
その行動が必然的に俺たちと沙弥を引き合わせることになった。

「……思い出しました」

喚く猿を宥めていたら八戒が口を開いた。

「…紅爪と言う名前。確か前に尋ねた街で耳にしたんですよね」
「あ…?紅爪?」
「半年程前に突然現れた、街を襲う妖怪を消してくれる存在だとか」
「おいおい…八戒?」

それに関しては何となく俺も聞いたかも知れない記憶はあった。
しかし何故今、それを言うのか。悟空も不安そうに首を傾げる。

「………成る程な」

三蔵も口を開いた。

「三つの爪跡が残っていることから紅爪と呼ばれるようになった人間の味方…だったか」
「……三蔵?」
「そして一度紅爪が現れた街には二度と妖怪は近付かない、と」

三つの爪跡。
沙弥の腕に視線が注がれる。
おいおい…

「…マジかよ」

まさかだろ、と思うと同時にむしろ何故今まで気付かなかったのか、とも思う。
あの手甲爪は沙弥が賭場のじぃさんに貰った物だと聞いたことがある。あれで賭場で酔って暴れた客を叩き出すのはこいつの役目だった。
沙弥は顔色ひとつ変えずにこちらを見返している。腕に抱えられている麗欄は狼狽えた視線を泳がしていた。

「あーぁ…」

天を仰ぎながら溜め息混じりに呟く沙弥。バレちった、とでも言い出しそうなその反応。それに続く言葉を待つ。

「──…三蔵がぱかぱか撃つから虫が寄ってきた」

しかし半眼で面倒くさそうに言った予想外の言葉。眉を歪めて疑問を投げ掛けるよりも早く、辺りを濃い妖気と殺気が取り囲んだ。
いつの間にか、完全に囲まれていたようだ。

「やっべ。オレ今気付いた」
「うん、私も」
「………チッ」
「麗蘭さん、ここから街までの距離はどれくらいですか?」
「は…走って20分くらい……です」
「それじゃ暴れても大丈夫だな!」

確かに、と悟空の言葉で自分も身構えるが、どうにも身体がうまいこと動かない。残った薬が邪魔をする。これは、少し面倒なことかもしれない。
そうしているうちにいくつもの影が姿を見せた。

「人間だ…女だ…食い物だ…」
「殺せ…殺せ…ッ」
「貴様、三蔵法師か!」
「経文を奪え!!殺せ!!」
「食え!!食い殺せ!!」

あー…残念ながら随分とご立派な団体サマのようだ。あの紅い王子の部下だろうか。何だか異常な殺気とテンションだ。
やがて自分たちを取り囲む妖怪らの視線は一点に注がれた。

「貴様……まさか紅爪か…!!」
「何…ッ!?」
「あのチビがか!」
「よくも…昨日はよくも…兄を!!」

ぶわっと。
音が聴こえそうな程膨れ上がった殺気。黒く淀んだ憎悪の渦。それを直接浴びている筈の沙弥は眠たげな目で見返している。この状況でも寝そうだ、コイツは。
紅爪。それについては先にコッチが話してたことだというに。いゃそれに関してはぶっちゃけどうでも良いが沙弥の過去やら現在の考えやら、出来ればこちらが抱える疑問や問題を全て解決してからにして欲しい。空気読め、マジで。

「…さっきから、何」

沙弥がやっと口を開いた。気だるそうに、震えている麗蘭を近くの木に凭れさせてから振り向く。
いつもと変わらない、緩いツラ。

「紅爪って、何」
「……!?」
「変な通り名。言っててこっ恥ずかしくないの」
「…なにを」
「本人は名乗ってないのに」
「……ッし、知るかそんなこと!!」
「爪紅いの?見たの?」
「何なんだ貴様は!」

まったくだ。
周りが眉を歪める中、「みました…」と気分悪そうに震える手を上げる麗蘭に沙弥は踵落としをしていた。とりあえず、自分が紅爪だと認めたということで良いのだろうか。まぁ別にだから何だということではないのだが。

「とにかく…下手に暴れるな」

ボスっぽい男が仕切り直しとばかりに前に出る。

「武器も全て捨てろ、銃もだ」
「馬鹿か」

三蔵が吐き捨てる。
明らかなる人数の差で強気に出ているのか。男はにやりと嫌な笑みを浮かべた。
──…何かが変だ。

「だったら」

そう呟きながら取り出した何か。片手に収まる小さな機械のようなもの。
こちらに見せびらかすようにそれを翳したと思ったら、
ボタンをおもむろに押した。




それは、始まりの合図だった。

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あきゅろす。
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