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07…渦巻
  

何だよ、死にかけてんじゃねぇか
コイツも失敗か
…いゃ、もしかしたらすげぇ面白いモンが出来るかも知れねぇ
おいおい本来の目的忘れんなよ
分かってる。三蔵法師の経文を奪う戦力作りだろ
───────…三蔵法、師

お前か、三蔵一行の関係者は
奴等に同胞達が虐殺されまくってなぁ、イライラしてんだ
何だその目。ジイさんみたいに内臓ぶちまけてぇか?
おぃ起きろ、まだ死ぬなよ
ははは、恨むならあいつ等を恨むんだな
───────…三蔵、一行





雨が窓を叩く音で眠りから覚めた。湿気を含んだ空気と冷たいシーツの感触が、ぼんやりとした思考を現実へ引き上げてゆく。

「……きっつー…」

なんとまぁ懐かしい夢を。勘弁してくれ。なにもコラボって出てくることないじゃいか。
二度寝は期待出来そうになくて柔らかい枕に顔を埋めた。もぅ一度寝たらまた同じ夢を見ることになりそうだ。
身体がダルい。頭が痛い。視界が狭い。息が苦しい。耳鳴りがする。
濡れた頬を拭いながら時計に目をやると針は7時を指していた。4時間しか寝ていない。
朝だというのに外は酷く薄暗い。横殴りの雨が立てる騒音が気持ちを圧迫させる。嵐でも来ているのか。この天候では街を出ることは難しい。
──…奴等はもぅ街を出ただろうか。あの4バカも足止めをくらっていたとしたら面倒だ。極力部屋を出ないように気を付けよう。

コンコン

不意に控え目なノックがされた。一瞬肩を震わせたが、直ぐにそのノックの主に見当が付いたので布団の下に忍ばせていた獲物から手を離した。
布団に俯せたまま無視を決め込んでいたら、遠慮がちに扉が開かれた。…おい。

「……私、一応客なんだけどなァ」
「あ、勝手に開けてすみません!出ていってしまわれたのかと!」

慌て頭を下げるのは宿の主人の娘。少女と言っても歳は自分と同じか少し上。細身で知的な黒髪美人。
────私は昨夜、彼女に帰宅した姿を見られた。森でも街でも誰にも見られなかった自信はあるが、最後の最後で気を抜いた。昨日4バカと会ってから精神的に不安定だったからといってなんたる失態。
殺して口封じをしたらこの街に居づらくなる。なので悲鳴も上げられずに腰を抜かす彼女に紅に濡れたままの刃を突き付けて口止めをした。

「言ってない?」
「も、勿論です!父にも言ってません!誓って!」

信じても大丈夫そうか。良かった。他言されてもし奴等の耳に入ったらことだ。

「…皆に言ったら喜ぶのに」
「そんなのあんただけだよ。変わり者」
「そんなことないですよ!きっと街はお祭りになります」
「訳が分からない。余計だーめ」
「でも…」
「だーから。追っ手に気付かれたら事なの」
「!?……妖怪…ですか」
「…あー…」

似たようなもん。と適当に返した。こんなん本人達に聞かれたらフルボッコ間違いなしだ。

「本当に…紅爪さん……なんですね」
「……その呼び名、どうにかならないかな。凄く気持ち悪い」
「紅爪さんなんですね!」
「……通りすがりの喧嘩屋です」
「凄い!本物!」
「聞けって」

こんな特徴のある獲物使うんじゃなかった。お陰でこっ恥ずかしい通り名が付いてしまった。
しかし一番、性に合っていたのだ。切れるし防げるし登れるし丈夫だし持ち運び便利だし。

「帳簿に書かれてたお名前は確か米さんでしたよね」
「………………………はい。ヨネです」
「偽名なんですね」

はいすみません、偽名です。適当に書きました。米が食べたい気分だったので。
随分と人懐っこい人だ。見当違いの礼でもしに来た、か。

「私、麗蘭て言います」
「そうですか」
「昨日商店街を助けて下さったの、紅爪さんですよね」

ほれ、きた。
これを言われる度に私は酷く嫌な気持ちになる。
他の誰の為でもない。
自分の為だ。
お礼なんて言われる権利など無い。勝手過ぎるエゴを貫いているうち、人間に讃えられる存在にで出世してしまった。蔑むならまだしも持ち上げるなんてのは完全にお門違いだ。
───…私はただの殺戮者だ。

「あんた達の為じゃない」
「じゃあ妖怪に恨みがあるんですか?」
「……あんたは恨んでるんだ」
「幼いときに母を殺されてから」
「……へぇ」

恨んでいるから殺す。
恨んでいるのか、私は。
妖怪を?
…誰を?

「私、それから薬が無いと眠れなくて」

あぁ、だから昨夜あんな時間に起きていたのか。

「紅爪さんはずっと人間の…私の支えだったんです」

昨夜は初めて普通に眠れました、と彼女は嬉しそうに微笑んだ。
この人は他者の死を、とても眩しくて綺麗な笑顔を浮かべて喜んでいる。負の感情は何よりも強い生きる糧になる。視野が狭くなるから。他を考える余裕がないから。

「妖怪を殺してくれてありがとう」

間違ってる。

「これからもお願いします」

この世界は間違っている。
でも一番間違っているのは
この私だ。

「……ねぇ」
「はい」

頭が痛い。気持ち悪い。目が回る。

「私は…どう見える?」
「…?どういう意味ですか?」

ぐらりと大きく視界が歪んだ。思考が滲む。脳が濁る。
枕に顔を押し付けた。
まただ。
波が襲ってきた。
気持ち悪い浮遊感。
身も凍るような孤独感。
どこまでも堕ちていく感覚。
私はどこにいる?
私は生きている?
私は─…約束を守れている?
生きてると思わせて欲しい。
確認をしなければ。
確認、をしなければ。

「地獄ってさ…信じる?」
「え…」
「地獄を生きてるんだよ」
「紅爪……さん?」
「地獄は」

この世界そのものだ。
再び顔を上げると、私と目が合った彼女は大きく肩を震わせた。息が浅くなって顔色が蒼白になって見開いた目から涙がこぼれ落ちた。身体を震え上がらせて立ち竦む彼女。
美人は泣いても絵になるって本当だなぁ。あぁそんなに眉を歪めたらどこぞの生臭坊主のようにシワになってしまう。
私が最後に泣いたのはいつだろう。

「…ねぇ」

手を伸ばして彼女の細い首に触れた。白くて冷たい綺麗な首。
彼女の、麗蘭の眼を見るとそこには死人のような女の泣き顔が写っていた。

「私は、ここに居る?」



じっちゃん。
私は親不孝な子供です。

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