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□やおよろずの狛犬伝(和ノ国編)
弱き者


「へぇ。ここはかの有名な絵師、水墨殿の書斎だったのかい」

物珍しそうにそう呟いたイゾウに、マルコが首をかしげた。


「何者だよい、そいつは」

「和ノ国の有名な絵師さ。今そいつが名乗った≪六甲・百景画秋水≫ってのは、この和ノ国を代表する名作の画だ。
お上に献上された国宝と言われている。それを描いたのが、この家の主にして最高峰の絵師、水墨ってヤツなのさ」

「で、この筆は?」

「…あー、いや。俺もこういう珍品にはそうお目にかからねぇが」


顎に手を据えて、しばらく考え込む。深慮深げに筆を眺め、口を開いた。


「…付喪神ってぇのは、聞いたことがあるぜ。物ってのは長く使ってると、持ち主の想いがこもって、意思を持つことがあるんだそうだ。
つまり、まぁなんだ。本来命のねぇ物にも、息が吹き込まれるってことだな。そういうのを、付喪神ってんだ」

「嘘つけ!物に命があるわけねぇだろ、ペンがどうやってメシ食うんだ」

「うーん…。そりゃあ…」


エースの質問にイゾウが戸惑えば、「本気で生きてるんじゃねぇんだろうよ」と濁す。
もう一つ悲鳴が聞こえたので下を見れば、狛犬が前足で筆を転がして弄んでいた。
イゾウがしゃがみこんで筆を取り上げ、床にぴしりと置いて問いただした。


「で、付喪神さんよ。水墨殿は、五年ほど前に老衰にて息を引き取ったと聞き及んでるぜ。
…ここでなにがあったのか、聞かせてもらえねぇかい?」

『ゼェ…、ゼェ…、おおよ。確かにワレの仕え主、水墨はおっ死んだぜェ。
ジイサン、大好物のイワシの佃煮をのどに詰まらせてよォ。あれだけメシはかっこむなと言い聞かせてるのに、ジイサン好物となると目が血走るんだィ。
ありゃ、老衰だなんてそんな生易しい死に方じゃなかったなァ。ぶちまけた味噌汁の中に顔突っ込んでよォ、箸にイワシを持ったままポックリだァ。
…ワレもまさかたぁ思ったが、あんなに幸せそうな死に方ほかにあるかってくらい、安らかな死にざまだったぜェ』


「……。」



ふと目頭を押さえたサッチと、ふー…っと天井を見上げるマルコ。
エースは目を半目にして筆を見つめ、イゾウは束の間視線に困った後咳払いをして、腕を組んだ。


「…、老衰は俺の聞き間違いみてぇだな。
そんで、この家屋でなにがあったのか聞かせてくれ。なんだってんだい、この荒れ具合は?」

『それは物の怪どもが荒らしていったからさァ!あのエテ公の畜生ども、ジイサンの名筆名画を残らず持っていっちまいやがった!
ワレは魔除けの玉箱に入ってたからよォ、連中は手が出せなかったんだィ。じゃなかったら、ワレも今頃は物の怪の下っ端の仲間入りだィ!』

「水墨の画集を?」


なんでだ?と聞き返せば、腹を立てたように震える筆。


『何故だってェ?おめぇら、あの物の怪の正体を知らないのかィ!?
…水墨のおやっさんの絵を、やつら仲間にしちまうつもりなんだィ!妖怪の仲間にしちまおうってんだよォ!』


絵を…、妖怪の仲間に?
わけがわからねぇ、と眉をひそめるマルコの前で、筆がぴょんとじれったそうに跳ねた。


『いいかィ。最近悪さを働いてる、妖怪や祟りってのはなァ。
あれァ、心をなくした抜け殻にタタリが憑りついて生まれた代物だィ。入れ物さえありゃあ、ヤツラなんだっていいんだィ!
だから魂のこもったジイサンの画集をひったくって、物の怪の一味にしちまうつもりなのさァ!」


「画集を、物の怪に…?」

「おぉよ!ジイサンの絵は、そりゃあ今にも動き出しそうなほど迫力があらァ。
魂のこもった本物そっくりの絵は、そのうち命が宿るっていうだろォ」

「…いくらなんでも、そんな滅茶苦茶な話あんのか?」

『なにはともあれ、気ィつけなァ!ジイサンの絵画から生まれ出た物の怪は、そこいらの物の怪とは一味ちがうぜェ!』

「ふん、水墨の絵から生まれた妖怪か…」

『特に、さっきからそこに立ってるねーちゃんよォ!
見ててひやひやしてんだが、気ィつけなァ。連中が喜んで食っちまいに来るぜェ?』

「!」
「怪物どもが、その子を食いに来るだと!?」


『ワレァ、言ったろーがィ!連中は弱いものを襲いに来る!ワレだって、付喪神といったってまだまだ新参者だィ!
タタリなんかに攻めてこられたら、あっという間に憑りつかれちまわァ。奴ら、人にだって隙がありゃあ憑りついちまうんだぜェ!』


部屋の隅でそっと息をひそめた少女に、付喪神が警告する。
あな恐ろしや!と叫んで、筆が続けた。


『ワレみたいな新参者のか弱い付喪神や、ねーちゃんみたいな死にきれない浮幽霊なんざ、大好物さァ!
もし狙われたらひとたまりもねーんだィ。悪いことは言わねえ、ねーちゃん。さっさと成仏して仏に成っといた方が、地獄を見ないで済むぜェ」


「……。」


みんなの視線を浴びた少女が、少しうつむいたふるり、と首を振る。
歩み寄ったマルコが、その少女の肩を抱いて優しく声を掛ければ、それを見て怒った筆がカタカタと震えた。


『なんだァ!?それでもこの世に留まろうってのかィ!
…そりゃよっぽどこの世に未練があんだなァ、可哀相に。生き別れた親兄弟でもいるってのかィ?』

「よけーな詮索すんじゃねーよい。…俺が守る、物の怪なんぞに食わせやしねーよい」



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