袋法師絵師
袋法師 第五段 原文
第五段
ここに、西の台の御方には御従妹にておはせし若松の尼前とて、廿に三つばかりも過ぎ給ふ、いと、うるはしき御方おはします。頭中将とやら色好みの道ふかく、いとやむごとなき人の妻にて侍りしか、浮世の中のならひとて、この中将、世を早う失せさせ給ひければ、夜の衾も懐ろひろく、ひたすら夫の後の世の事のみ深くいとなみ、飾りを下ろし、墨染の身となり給へども、去るものは日々に疎し、とやらむ。色ある公達を見て、失せし人の面影を恋ごころに、煩悩の数珠をつまぐり、淋しさのあまりに、古き文を取りだして、
稲にはあらぬ稲船の
誘ふ水あらば
いなんとぞ思ふ
と、歌に詠みかかり給ふ折ふし、直居しける女房の物語りに、
「対の御方にこそ、御秘蔵袋とて珍かなる御なぐさめ、入間の庄司が娘の、昔、妻籠れりと、武蔵野に業平をかくせしも、今の御戯れに違はじ」
など囁くを聞し召し、尼前、御胸とどろき、しのぶずり思ひみだれ、嫗は人目の堰にさへぎられ、上には包めども、云はれぬはかの迷ひゆえと、文こまごまと書き給ひて、
「御秘蔵の袋しばし貸し給ひたき」
よし、云ひ送り給へば、対はおどろき、
「何として洩れけるよ」
と羞らひ給ひしが、われのみ物しなんも如何とや思召しけん。
「返す返すも人に洩らし給ふな」
と、かの袋を長持のやうの物にて、錠をなんおろし、封じてぞ送られける。
さるほどに、尼前はそぞろに、よろこび給ひ、対より送られける調度に寄り添ひ、日暮しの月待つほどに、御心みだれ、夜に入りければ、かの袋かき出し、打ちつけの恋に御姿まみえんも羞かしくやおぼしけん。むくむくと動めける袋の口より、例のもの差し出せば、幸ひと、そのまま上より押しふせさせ給ふ。法師もさすがに羞らひて、袋を出ずして押しかへし奉る。思ふさまにまきてけり。
陰陽の歌二つがひ過ぎければ、袋の中より法師もあらはれ出て、たがひに面はゆげにて、おほけなく、まもりいたりしが、法師また臥せ奉りければ、尼うへは三歳こなたの御思ひにや、湧き出る水に、御床の上もぬめり、とろめき、御顔は赤々と、御息の忙しきに、御まなじりは、への字なりにぞなり侍る。
「いかなる法師なれば、かくも好くもすすめ給ふ」
と、啜り泣きに泣き出し給ふ。
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