袋法師絵師
袋法師 第二段 原文
第二段
 さる程に日暮れがたにかかりければ、
「道のほどもおそれあるよし」
などと云へば、この僧、送りして都のかたへとおもむきける。
 次に、太秦うずまさより東なる所に送りつけたれば、この女房、西のたいとおぼしきつぼねに入りぬ。送りの僧は築地ついじのかたはらにたたずみいたるほどに、しばらくりて、乳母めのとの女で、
「有難くも、これまで送り給ひぬ。この世一つならぬ事と浅からずこそ思ひはべる。山寺法師の御身おんみには、おのづから申させ給ふべき事などあらむ折は、これまで見えさせ給へ、わらは心得申すべき」
などと云ひければ、法師はよろこび、打ちうなづき帰りぬ。物を言はぬおしの真似をするなるべし。
 かくて、ひと日、ふた日ばかりありて、かの僧きたり、黄昏たそがれどきほどに、教へし西のたいあたりを、さまよひけるほどに、女房さしで、あれは僧にておはしますやと云へば、打ちうなづきて立寄りつ、
「もしや、門立かどたちしまふ折から、いはんや人目もしげし、さがなき口も、うとましうはべれば、とくとく築地ついじの外へ出させ給へ、参りてうけたまはらん」
と云ふを、聞きも入れず、この法師は着物ぬぎ、片手に持ちつつ、やがてすだれうちげて、つぼねへとふと入りぬ。
 女房、あわて騒ぎけれど、何の物をも言はず、ただ目をしほしほと打ちたたきてぞ居たりける。わけのある女ども、いふこともなければ、あきれてせんかたなく、西のたい御前ごぜんへとで申しけるは、
「近き頃、神詣かんもうでの帰へるさに、送られし僧の来りて候ほどに、色々にすかし、暮ちかくなるままにとく帰り給へと申せど、いらへもせで、ふて顔にて帰るべきていならず、いかがいたしはべらむ」
と申上げければ、だいの上、聞き召し。
情深なさけふかき法師の方なれば、むげに帰さんもほいなし、また、とどめおかんは人目はばかる」
とて、お案じなやみ給ひて、大きなる袋をかしらの上に打ちかけたれば、息もせず、かがまりてぞ居たりける。西のたい御情おんなさけも故ありげにおぼえて、をかし。
 女はやをら差し出で、さりげなくありければ、となりのつぼねの人々、夜中は御胸おんむね、いと所せきやうに、
「取りわき、今朝けさは別のことはおはぜすや」
など、とぶらひあひたるも、顔の赤めて、心の鬼とかや、なかなか色に、もやいずぬらん。
 あるじ尼御前あまごぜんは男など持ち給はず、宮腹みやばらにてもやおはしましけん。この女房おんそば近くさし寄りて、
「しかじか、あさましきものを袋に入れておきてはべる。人や知らんと、かえがえ空恐そらおそろしく、いかがすべき」
などと申しあはするに、打ち微笑ほほえみ、
「その袋の心をゆかしく、すかしてやるべきなり。さらば、そのれ物、これへ参らせよ。忍びてまかりでぬべきよしをも、云ひきかせん」
と、のたまへば、女房よろこびて、人見ざるけるすきに、心のききたる女房して、かきてまいりける。




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