ヤマトとミミ
※この話の続編ですが、読まなくても多分大丈夫です。
「どんな感じですか?」
「どんなって?」
「……」
答える代わりに、もの言いたげな視線を送れば、そんなあたしを少し見つめ返した後に彼は苦笑いをする。
「特に、変わらずだよ」
「ふーん……」
「何だよ」
「いいえ、何でも」
ふいと視線を逸らしてはぐらかせば、彼はもう一度「何だよ」と笑って、しかしそれ以上は何も言わなかった。
「ミミちゃんは?」
「え」
「ミミちゃんはどうなんだ?」
「あたしは」
恐らく聞かれるだろうと予測していた質問に、予め用意しておいた返答をしようと口を開く。
「相変わらず、です」
「そっか」
きっと彼はあたしの答えなんて聞かなくても知っている。そもそも大して興味なんてないのだ。聞かれたから、聞き返しただけ。
「もうすぐ誕生日ですね」
「ああ」
「何かプレゼントするんですか?」
「もちろん」
そんなことは当たり前だと言わんばかりに彼が頷く。どんなものを買ったとか、どんな風に渡すかとか、楽しそうに話す彼の言葉を聞きながら、熱心に相槌を打つ。
―「へー! すごい!」
―「え、そんなのあるんですか!」
―「あはは、ヤマトさんかわいい〜」
すらすらと口から零れる言葉が、少しでも彼が幸せを掴む為の力になればいい。別れた恋人を慕い続ける彼は、自分の想いが届かないことをとっくに覚悟している。それでも、受け入れられなくても構わない。ただ自分が彼女を好きなだけだから、と彼は微笑む。
そんな彼の想いはいつも、あたしの目に、ひどく純粋なもののように映った。
「いいなぁ」
呟いたあたしに、彼が視線を寄越す。キョトンとした表情からは「何を言ってるんだ」という感情がひしひしと伝わってきた。
「ヤマトさんはいい男ね」
彼の視線に応えて、真っ直ぐに見返す。微笑みを作りながら、思ったままを口にすれば、彼は特別驚いた様子もなく
「だろ?」
などと返されてしまった。
「本当にいい男だわ」
彼の返答に思わず苦笑いをしてしまいながら、もう一度同じセリフを告げる。
「こんなにいい男なのに、どうして彼女が出来ないのかしら」
「こら、うるさいぞ」
はぁとわざとらしく溜め息を吐きながら軽口を叩けば、軽いデコピンと共に軽口が返ってくる。
「いったーい!」
非難の意を込めて彼を睨むけれど、目の前の彼は素知らぬ顔をして見つめ返してくる。そんな彼の様子に少し苛ついて、あたしは無言で彼の肩を叩いてやった。彼はあたしの反撃など気にする様子もなく笑い、それを見てあたしの機嫌は少しばかり降下する。拗ねるあたしを楽しげに見つめながら彼は口を開いた。
「俺が彼女できない理由なんて1つだろ」
「それはわかってますけど」
彼に恋人が出来ない理由なんてそれしかない。彼が片思いをしているからだ。そうでなければこんないい男を周りが放っておくはずないのだ。
「いいんだよ。あいつ以外に興味ないから」
諭すように彼が言う。愛おしげに落とされた言葉に、なぜだかあたしの胸が痛む。
「いいなぁ」
もう一度繰り返したあたしの呟きに、彼は何も言わなかった。ただ困ったように笑ってあたしを見つめていた。
彼のように一途に相手を想えたらなら良かった。未練を素直に受け入れて、それに縛られたなら、いっそその方が楽だ。中途半端な未練を残して、新しい道を行くことはこんなにも苦しいのだから。
「あたしね、もういいの」
あたしにだって想いはある。彼が別れた恋人に寄せているような愛しい感情が。だけど、あたしはもう、あの人に会えない。
「あの人のこと、ちゃんと好きだったのよ?」
あの人に伝えられなかった想いが、今更になって口から零れる。それを聞いてくれるのが、あの人じゃなくて彼であることが情けなくて、だけどひどく心が落ち着いた。
「ずっと一緒にいるって、本当に信じていたのよ?」
当たり前じゃないけど、当たり前だった未来を馬鹿みたいに見つめてたあたしの隣で、あの人は全然違う未来を見ていた。あたしの知らない間に終わっていた、あたしとあの人の未来。
「……あたしってバカね」
呟いたと同時に零れた涙に、慌てて下を向く。彼があたしを見つめていることはわかっていたけれど、今はとても顔を上げられなかった。
「そんなことないさ」
しばらくしてから聞こえてきた柔らかな低音が、あたしを包む。
「ミミちゃんはバカなんかじゃない」
大丈夫だよと慰めるように紡がれるその言葉が、またあたしの涙腺を刺激する。
「っ、もう、いいの……っ」
嗚咽混じりのあたしの言葉を、それでも静かに彼は受け止める。
「好きだったけど……っ、まだ捨てきれない、けど、でも!」
「あぁ」
「もういい、の」
「うん」
「あの人が幸せなら、いいって、ほんとにっ、おもって……っ」
もう一度、恋人に戻れたら今度こそきっと大事にするって断言できる。だけど、あの人にはもう別の誰かとの未来があって、それを壊してまで、またあたしを見て欲しいなんて思わない。
「幸せになってって、ほんとにっほんとうに心から思ってるのに、なのに!」
あの人のことで泣くのはもう辞めようって決めたのに、もう平気って思っていたのに、どうして涙って思うように涸れてくれないんだろう。
「痛いの」
胸を締め付けるのは後悔。
「悲しい」
心に空いた穴を流れ続ける気持ち。
「寂しいよ」
あの人のいない日常は。
あの人の幸せを願っているのに、あたしを置いて幸せになろうとするあの人が憎らしくて、だけど愛しくて。どっち付かずの感情があたしの心を揺らす。
「わかってる」
泣き止まないあたしに、諭すような彼の声。
「ちゃんとわかってるから、大丈夫だ」
あたしと同じ痛みを経験して、あたしと同じ悲しみを知って、あたしと同じ寂しさを持て余している。そんな彼だから、彼があたしにくれる言葉は、どんな言葉より安心できた。
「バカなんかじゃない。それはミミちゃんが、相手のこと、ちゃんと想ってた証拠だろ。だから、大丈夫だ」
おさまりかけていた涙が、また溢れ出す。あぁ、あたし、その言葉が欲しかったんだ。
「うん……っ」
なんとか声を絞り出して、何度も必死に頷く。認めて欲しかった。あの人があたしの元を去って行って、あたしのあの人への想いは全然届いてなかったんだって思ったら、なんだかあたしの気持ち全部を否定されている気がして。
そんな時に、別れた恋人を想う彼の姿を見て。それを見ていたら、あんな風にずっと恋人を想い続けている方が『正しい』んじゃないかって不安になった。あたしは、ただあの人の幸せを願う振りをして自分に都合の良い言い訳を作っているだけなんじゃないかって。これ以上傷付かないように、あの人への想いを綺麗な感情のまま終わらせたくて。
「泣きたかったら、泣けばいい。想いたいなら、想っていればいいさ。それは別に罪じゃない」
そう言って、彼が微笑む。相手に見えないところで泣くのなら、相手に知られず想うだけなら、自分は苦しいけれど迷惑にはならないだろ、と。
「ミミちゃんが相手をまだ好きな気持ちも、自分以外の誰かと幸せになることを願う気持ちも、どっちもちゃんとミミちゃんの気持ちなんだから。矛盾してたっていいんだよ」
あの人と一緒に幸せになりたかったあたしと、別の誰かとでもいいからあの人に幸せになって欲しいあたし。
「いつか忘れられるのかしら?」
「忘れたいのか?」
「……わかんない」
覚えているのもツラいけど、忘れたいかと言われれば素直に頷けない。受け取り手のいなくなった恋心って何て面倒なんだろう。
「終わりは来るさ」
「本当?」
「始まりが来たらな」
「……さすがバンドマンは言うことがロマンチックですねー」
「おいこら、馬鹿にしてるだろ」
ふふっ、と思わず吹き出したあたしにヤマトさんが少しホッとしたような表情を見せる。
「ありがと、ヤマトさん」
「別に俺は何もしてないよ」
あたしがお礼を言うと、彼は澄ました顔でそう答える。
「ヤマトさんにも来るといいわね、始まり」
そう言うあたしに彼は何も答えないで、微かに笑った。
続 ・ 片 恋 同 盟
彼が彼女を想うように、あたしもあの人を想ってる。終わらせたくないこの気持ちも、続けられないならどうしようもないから。降り積もる恋心に埋もれて、一緒に苦しみましょう?
始まりが来るまでは、共に。
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ずいぶん昔に書いて、終わらせ方に悩んで放置してたやつ……
片恋、もといフられんぼ同盟(笑)
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