炭酸 (完結)
水泡少女

丁度その頃。美和子は友人の家でお茶を飲んでいた。
ただ、聡の予想と違うのは“環の家”ではなく、“桃華の家”という事。
勿論、真っ先に環の家へ行ったのだが…まさかの留守。
どうしても誰かに自分の過ちを聞いて欲しかった美和子は、後輩である桃華の家を訪ねたのだった。


「みわちゃん、落ち着いた〜?」

桃華はその時の状況や気分で呼び方を変える。
例えば…『みわちゃん先輩』と先輩呼びしたり、普通に『みわちゃん』だったり、『みーちゃん』だったりもする。

「みーちゃ〜ん?どうしたの〜?紅茶おいしくなかったかなあ〜?」

間延びした口調と、ふわふわした性格のせいか、皆彼女の呼び方を許している。それは彼女が可愛い女の子だから。
美和子はそんな桃華が羨ましくてならなかった。

「桃ちゃんはさ…私と違って可愛いよね。凄く女の子らしくて、ふわふわで…守ってあげたくなるような可愛い女の子。」

「そうかなあ〜?みわちゃん先輩可愛いよ〜?」

「ううん。私なんか全然可愛くない。喧嘩っ早いし意地張っちゃうし…好かれたいのに…怒っちゃう。
桃ちゃんはそんな事無いでしょ、わかんないよ。」

「…みわちゃんは私にどうして欲しいの?愚痴を聞いて欲しいの?自分を責めに来たの?」

「………。ごめん。」

「みわちゃんはね、とっても可愛いんだよ〜。誰よりも優しくって、色んな事にすぐ気付いて、笑顔が素敵なの。
その代わりね、とっても傷つきやすくて、繊細で、泣き虫さんなの。
だからね、自分が可愛くないなんて言っちゃ駄目だよ〜。みわちゃんはふわふわの泡みたいだから〜。」

「……っ…でも…。」

「みわちゃん。お話して?」

桃華の優しく包むような声に美和子はコクンと頷き、ぽつりぽつりと話し始めた。


つい先刻の、罵声と涙の告白を。


ガラッと教室の引き戸が引かれ、勝政が入って来た。

「なんだよ美和子、大事な話って。」

「か、かっかかかかきゅみゃしゃ!!!」

環と沢山練習もしたのに、初っ端から噛み噛みになってしまった。
その事がもう恥ずかしくて恥ずかしくて、緊張と焦りで押し潰されそうになる。
教室は暑いし、身体はほてるし、手が気持ち悪い程汗ばむ。でもそれ以上に、大好きで…心が熱かった。

「何言ってんだお前?早くしてくれよ〜。俺、帰って荒井から借りてる『テニスの叔父様』読みたいんだけど。」

「な…………っ〜!!」

頭に血が上る感覚。環が口を酸っぱくして言ってたのに感情が抑え切れない。
どうして気付いてくれないの、どうして私を見てくれないの、こんなに好きなのにどうして、
どうして?なんで?わかんないよ。ねえどうして?

「…どうして?…なんで、そんな事言うのっ!?大事な話だって言ったでしょ!?人の気持ちも考えなさいよばか!!!」

やってしまった。勝政は間一髪で避けてくれたけど、当たっていたら洒落になんない位の右ストレート。
しかも怒りに任せて馬鹿とか言っちゃった。私って本当に駄目だ。

「な、なんだよ!?なんでいきなり怒るんだよ!マジ意味わかんねぇし!!
ホント美和子は短気だよな!そんなんだから男子から男女とか鬼とか言われるんだぜ!
お前こそ人の気持ち考えろっての!!」

勝政の言葉が心に容赦なく突き刺さる。

だめ、だめ、泣いちゃ、彼の前は、勝政の前だけは、泣いちゃ駄目…なのに。

「ふ、う…わぁああああん!!!!ばかばかばかばか!勝政のばか!あほ!どんかん!
ふえぇ…ひっ…う、わぁああああん!!なんでっ!なんで気付がないのよばがっ!!!
わだしっ…は!こんなに、勝政が!ふぇっ…好きなのにぃっ!ぐずっ…好きっ…すぎて、弾けちゃいそうなのにっ!!
うっ…え、うぅ…わぁああああん!!!大好きなのにっ、全然見てくんないしっ!!勝政のばか!!!ホントばか!!
いつも!いつもいつもそう!私の事、なんてっ!気にもかけてないのよっ!!
ふっ、うぅ…アンタなんかね…勝政なんか!!!だいっきりゃいなんだからぁああああ!!!!」

最後の最後で最悪な、それだけは言っちゃいけない事を言って、泣き叫んで喚いて教室を飛び出した。

彼は…追いかけて来なかった。

それすらも悲しくて、身体が熱くて、制服のままプールに飛び込んだ。

冷たくて気持ちいい。周りに水泡が浮かんで、キラキラ反射して綺麗。
私もこんな風になれたらいいのに、なんて考えて自分が嫌になって水面に顔を出す。

「………、何やってんだろ、私。」

やっと我に返って、渋々プールから上がり、水をたっぷり含んだ制服を絞る。
鞄からタオルを出して、荒々しく髪を拭く。勝政が長い方が好きだと噂で聞いたから、彼の為に腰まで伸ばした髪。

拭いても拭いても毛先から零れ落ちてくる水を足跡のようにして、学校を後にした。

「この後…環の家に行ったけど…環、居なくて。」

「それで、私の家に来たんだよね?」

温かい紅茶を飲みながら、美和子はコクンと頷いた。

「みわちゃん。…すっごく頑張ったね。緊張したよね?
勝政ちゃんに伝わったはずだよ、みわちゃんのキモチ。」

「…あ…ふ、う…ありがとう…ありがとう桃ちゃん。聞いてくれて、ありがとう…。」

桃華が美和子を優しく抱きしめる。まだ情緒不安定で心がぐらついている彼女を落ち着かせる為に。

「でもね、みわちゃん。謝らなくちゃ。大嫌いじゃなくって、大好きなんだよーって。」

「………。」

「それから…逃げ出してごめんなさいって言わなくちゃ。ね?」

「…うん。そうよね、だけど…」

怖い。返事を聞くのが怖い。今までの関係が壊れるのが怖い。拒絶されたくない。怖い。
謝らないといけないのは分かる。けれどそれ以上に、勝政に会うのが怖かった。
こんな自分を受け入れてくれるのか。色んな悪い思いが交差して、自分が嫌になる。

「………そうだ!桃ちゃん、ちょっと手伝って!!」

「ふえ?え?みわちゃん先輩〜!?」

美和子は名案を思いつき、桃華の腕を引いた。




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