炭酸 (完結)
空の下

「ああ、うん。…うん。大丈夫だよ!…そうだね。大丈夫、自分でやるよ。
ああ。親父も頑張れよ!じゃ、また!」

「ふぅ…」

ここのところ毎日、電話がかかってくる。
状況からして仕方ないとは思う。けれど、何かが心を締め付ける。
去年から分かっていた事が前倒しになっただけなのに、以前と心境が全く違うのだ。

「ああー!!…っはぁ、ダメだ。外出よう。」

心のモヤモヤが晴れないまま、聡は家を出て自転車に跨がる。これといって用事は無い。
足の赴く先へ、そんな思いで自転車は走り出す。

風を切って走るのは、とても清々しかった。この勢いと共にモヤモヤも晴れれば良かったのに。

「うっわ、走り過ぎたな〜。あそこで一休みしよう。」

方向を変えた先は割と大きな公園。終業式を終えた子供達が居ると思ったが、予想は外れ。
誰一人として遊んでいないだけならまだ良かったのに。

「……塚本?」

ジャングルジムのてっぺんに腰掛けて空を仰ぐ少女は、塚本環に違いない。
自転車を公園の入口に止めて、静かに近づく。
足早にジャングルジムを登って、後ろから眺めていても彼女は気付かない。

風になびく黒髪、華奢な身体、白い肌、小さな手。その背中を見つめるだけで、幸せな気分になった。
いつしかモヤモヤはドキドキに変わっていた。突然の動悸に驚いて手を当ててみる。
夏の暑さにやられたような鼓動。

「ああ、そうか…俺は…」

思わず零れた言葉のかけらは当然、彼女の耳にも届いた。
後ろに人が居るなど思っていなかった環は、俊敏に振り返った。

「た…高須君?!」

「うわっ!!聞こえたのかい!?」

「う、うん。」

「そ、そっか…」

気まずいとしか言いようが無い。
とりあえず話しやすいようにと、聡は環から少し離れた所に腰を下ろした。

「えっと…こんなトコで何してたんだい塚本?」

「何と言うか…特に何も…。たっ高須君は?」

「おー俺は〜、サイクリング!そう!サイクリング!それで公園が見えて、ちょっと寄ってみたのさ!」

「そ、そうなのね!もうサイクリングの続きはいいのっ?」

「えっと…もう少し、君の隣に居てもいいかな…?」

「……う、あ、うん。」

蝉の鳴き声が聞こえる。いつの間にか風も止んでいて、夏の暑さに汗が伝う。
環はというと、そんなに汗もかかずにぼんやりと空を見つめていた。

「真っ青だな。空。」

「ええ。吸い込まれてしまいそう。」

「…ああ。」

おもむろにジャングルジムの上に立つ。危ないと心配する環の手を引いて、一言。

「炭酸でも飲もうよ!」

「ふふ、私は紅茶よ?」

顔を見合わせてクスリと笑う。照り付ける太陽と青く澄んだ空の下、缶の開く音がした。



[*前へ][次へ#]

10/21ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!