Sae's Bible
友情
「開幕早々に射るか…」

「ぷんすこナナリアちゃん、珍しいけどねぇ〜。」

やれやれとため息を漏らすキムーアの後ろで、ハヤカミスがリホソルトから借りたクッションを肘置きにして寝そべる。

「余程サエをリーダーとするのが嫌なのね。」

寝そべりがお気に召さなかったジュリーが、ハヤカミスのクッションを取り上げながら、口を動かす。
クッションの土台を奪われ、ずべしゃと肘から崩れ落ちたハヤカミスが、げぅっと謎のうめき声を漏らした。

「王女の側近っていう忠誠心と依存が強すぎるんだよねぇっとぉ。」

ついでに、お行儀悪くてすみませんねぇと小さな嫌味をこぼしたハヤカミスは、気だるげに上体を起こし、後ろ手をついて体を支え、両足をだらんと放り出した。

「…あいつにはもっと、自分を出して欲しいんだがな…」

「ナーナリアは、やさしいから…全部がまんしちゃうんだよ。」

「そうね…中々、自分を解放するって難しいものね…」

普段からナーナリアに歴史や国語を教えて貰っていて多く接点があるからか、リホソルトはナーナリアの不器用さをよく理解している。
自分の事は棚に上げているが、ジュリーもナーナリアの事をよく見てくれている。
なんだ、結構アイツの理解者が自分以外にもいるじゃないか、とキムーアは嬉しく思いながらも、少し複雑な心持ちで手合わせの様子を見守る。


『剛弓速射、複製術壱式発動!』


「っと!」

ナーナリアの放った矢が複数に分裂し、閃光の如くサエに向かってくる。
それを一本一本丁寧に回避したサエは、術式を用いても矢の照準が外れていることに気づいた。

「ナーナリアっ、やっぱ何かイライラしてるやんなっ!」

「…苛立ってなど、いません!」

先ほどと同様の攻撃が間髪入れずにサエを襲う。
一度破られている術を再度用いるのは、魔力の燃費がいいからなのか、はたまた頭に血が上っていて単調な攻撃手段になっているからなのか。
どちらにせよ今のナーナリアの攻撃は、規則的に飛んでくる、動体視力を鍛える運動のように思えた。

「嘘や。この弓矢、私でも全部避けれるで。」

「っ!」

『剛弓速射、複製術弐式発動!』


ギリッと下唇を噛んだナーナリアが今度は矢の本数を増やしてきた。
数打てば当たるだろうが、元々の術がブレブレなのだ。

この時サエは、不思議と自分に余裕があると感じていた。
そういえば小さいころ、兄と魔法の練習をしていた時、よく言われたものだ。

『おにいちゃん避けんとってよ〜!!』
『ハハハ、おにいちゃん一歩も動いてないんだけどな〜』
『む〜!!!なんで当たらんの〜!?』
『サエ、慌てないでゆっくりやってごらん。魔法はどう使うんだっけ?』
『おちついて、しっかりみて、ただしくとなえる!』
『そうだよ。いつでも冷静に、相手のことをよく見るんだ。そして常に考えることを止めない。これが大事だよ』
『れいせいパスタ??』
『まだ難しかったかな…でも、サエ。これはちゃんと覚えておくんだよ。お兄ちゃんとの約束だよ』
『わかったー。あ、ちょうちょー!!』
『あっこらサエちゃん!!!』

…いい具合にやんちゃだったあの頃、練習の度に口酸っぱく言われていた。

『魔法を使うときは、冷静に、よく見て、正しく詠唱』

これがカズヒルムの口癖なのではないかという程言われ続け、
常に意識するようにと、耳にタコどころかサラマンダーが出来るくらい聞いては流していた。
タケシミアはちゃんと聞いて取り組んでいた。
真面目に勉強していたし、オムライスも上手だし、サンドイッチもおいしい。
我ながら良い弟を持ったと思う。
ミアがやるから私はいいやとサボっ…たった今思い出したし、結果オーライだろう。
大丈夫、問題ない。

そういえば、もう一つ、練習終わりに私だけ何か言われていたが、何だったか…。

『君は………だから、…………………絶対、…………しちゃいけないよ』
『はーい』

記憶力が冴え渡りすぎている私が思い出せないわけがない。
多分どうでもいい事だろう、練習の締めの言葉のように繰り返し言われていたが、きっとなんてことない話だ。
練習の後に食べるサンドイッチの具材で兄弟げんかして、
結局全部盛りにしたら、いたいけな瞳の残酷なサンドイッチにほとばしる熱いパトスを授けてしまい、
思い出(兄弟のクソ喧嘩)を裏切るように、窓辺からやがて飛び立たれた。
エデンの空を抱いて輝くサンドイッチは空中で爆発四散したので、
あとから3兄弟でおいしく頂けるどころか、
町中に散らばったサンドイッチの欠片をかき集めたのは良い思い出だ。
そういえばあの時は、タケシミアがサンドイッチの欠片の気配がするとか、
訳の分からないことを口走っていたけど、お蔭で早く掃除が片付いた。
おっと回想が多すぎる。

兎にも角にも、そんなありふれた思い出話よりもくだらない話だった、ということにしておく。


まあ、なんにせよ集中だ。
兄に言われた教えをようやく思い出したサエは、ナーナリアの魔法に着目する。

東系魔法がどのように組まれた魔法なのかサエは知らないが、術式を展開する時に武器を介しているのはオリジン魔法と同じようだ。
過去に使っていた術と同じような術の派生しか使ってこないあたり、きっと基礎の術型があって、それを暗記しているのだろう。

飛んでくる矢を杖で弾いたり薙ぎ払ったりしながら、サエはナーナリアの手元を観察する。

「私は勝ちます。我が主君の為にも!!」

「そんな焦ってもしゃあないんちゃうん?」

サエが挑発的な態度を取れば取るほど、ナーナリアの弓矢は外れていく。
まるで矢に避けられているのかと思うほど大きく逸れたり、かと思えば剛速球で真っすぐ向かってきたりと様々だ。

「っ、ちょこまかと…逃げてばかりの臆病者めが先導など出来るわけがありません!!」

「戦略的撤退って言うんやっけ?そういうのもあるって、キムーアから聞いたけど?」

「ならば…早く降参しなさい!!」

「…何に拘ってるんか知らんけど、それは本当にキムーアのためなん?」

「っ!!」

サエは敢えて煽り続けることに決めた。
自分の上っ面だけの言葉で踊らされている様では、カスコーネにまた会った時ナーナリアが傷つく。
今思えば、前回カスコーネに会った時もナーナリアは動揺を隠せずにいた。
このままではナーナリアも、キムーアも傷ついてしまう。
仲間が傷つくところは出来る限り見たくはない。

「ほら、らしくないで?また狙いがずれてる。」

そして、あわよくば、心に抱え込んでいる大きな荷物を少し持たせてほしい。
今一番ナーナリアを心配している主様の為にも、この場でサエが荷解きをしないといけない。
キムーアと同じでなくとも、ナーナリアにとって心を開ける安全な居場所になりたい。

現在、唯一のナーナリアの拠り所となっている主様、もといキムーアは気が気ではなかった。
サエの挑発的な戦術は今のナーナリアにとって一番の難所だ。かつてのカスコーネとの戦闘を思わせる言動に、彼女が心揺さぶられるのは明白だった。

「見ておれんな…」

「駄目よ。しっかり、見届けなくては。」

「わかっている…わかってはいるが…」

キムーアは頭では理解していた。
しっかりと、ナーナリアが猛進する様を見届けなくてはならない。
明らかにナーナリアの負けが決まっているこの勝負を。

「てかさ〜。なんでナーナリアちゃんて、あんな疑心暗鬼なの?やっぱカスコーネ絡み?」

「それも一理あるが…」

ナーナリアが人を信じることを苦手とするのは元来の性格もあるが、カロラでの戦争に参加してから拍車がかかった。
キムーア達は戦争の最中、信頼する多くの兵や幹部に裏切られた。
戦争とはそういうものだ、裏切りも寝返りも策略と生存戦略の一つ。
戦ともなれば誰もかれも、自分の身が一番かわいいものだ。
キムーアの知る限り、ナーナリアが本当に限られた者しか信用しなくなったのは、あの出来事からだと考えている。

「…ナーナリアはな、父親に裏切られているんだ。」

「えっ…」

「ちちおや…」

「忘れもしない。マーファクトの戦争が過熱している中、ある事実が発覚したんだ。」

そう、それは誰もが疑いたくなるような事実だった。
ナーナリアの父、クラウド・シルヴィエは実に質実剛健で先王への忠義にあふれた男だった。民からも兵士からも慕われ、一人娘であるナーナリアを愛していた。
そんな人望のある彼の闇が発覚した。
クラウド・シルヴィエはマーファクトの女官僚、エマニュエル・フランドールと内密な関係にあり、情報を横流ししている。
所謂、スパイ疑惑が浮上した。

「…情報の撹乱で戦力を削ごうとしたのではないの?」

「確実な情報だった…証拠があった。クラウド大佐の私室から大量の密文書とフランドールとの個人的な手紙が見つかった。」

それだけで判断するのはおかしいが、その後が決定的だった。
ナーナリア自身が父を信じたいがために何も連絡せず部屋へ訪れた時、父の部屋で見たのはフランドールと抱き合う父の背中だったそうだ。

「うわあ…それは…きっついね…」

「目撃した日、すぐにナーナリアはフランドールとクラウド大佐を投獄した。
自らの手でな。」

投獄した後、フランドールに上着を貸す大佐を見て、ナーナリアは握った拳から血を流していた。
その後、フランドールは別の監獄に移り処刑、大佐は独房で終身刑になったと聞いた。

「…お父上は処刑には至らなかったのね。」

「ああ、そこまでは出来なかったのだろう。カロラで数多く武勲を立てているし、処刑に反対する声も大きかったからな…。」

「なんなのかしらね。父親というものは…」

ジュリーは憎しみと嘲りに満ちた表情で、ぼそりと呟く。
その小さく吐き捨てられた台詞にキムーアは、言葉を詰まらせながらも反論する。

「そう、言わないでやってくれ。あの事以外は、本当に…心の美しい人で、頼もしい忠臣で、良き、父親…だったんだ。」

「…ごめんなさい。言い過ぎたわね。」

「良い、過ぎたことだ。それよりも今が肝心だ。この場で、ナーナリアの壁が少しでも払拭されればいいんだが…」

「まあ〜なんというか…頑固だねえ。
あれだけサエちゃんに煽られて気づかない位には意思が固いのかな?」

「だからこそ、あのアホ毛に打ち壊してもらいたいものだな…」

サエの意図も組んでいたキムーアは、胸を痛めつつも静観する。

その頃サエは、矢を掻い潜りながらナーナリアとの距離をグッと詰め、その黒き瞳を見て口を開いた。

「私かて、色々考えてんねんで?」

突然間合いを詰められたことに焦ったのか、ナーナリアは警戒する猫のように後ろに飛びのいた。

「くっ!!」

「なあ、ほんまはめっちゃ嫌なんやろ?」

『剛弓速射、複製術弐式発動!』


近寄ってくるな。触れるな。自分に干渉するな。
あの人以外は認めない。忠誠を誓ったのは主君だけ。お前は違う。
そんな想いが弓矢からひしひしと伝わってくる。
見ていて苦しいほどに、ナーナリアの心はキムーアに囚われていた。

キムーアに憧れ、尊び、敬い、心を捧げた。
自分で気づかないくらい、自分を自分の中で殺してしまうくらいに。

「私がリーダーになるの、許されへんねやろ?」

『剛弓速射、複製術弐式発動!』


「ナーナリアは、キムーアやないと嫌なんやろ?」

ついに、ナーナリアの理性の糸が完全に切れた。
これまでになく感情をあらわにし、弓をギリギリと極限まで引く。

『剛弓速射、複製術参式発動!』


今までの攻撃の三倍はある弓矢がサエに降り注いだ。

『アイアンシールド!』


あられのように降りしきる矢を防ぐべく、サエは最短詠唱の防御魔法を発動させる。
さすがに食らってしまうかと身構えたものの、一本一本の威力が弱かったこともあり、間に合わせの魔法でも盾の役割をうまく果たした。

しかし、また自分の攻撃を防がれてしまったことで、ナーナリアの怒りは極限に達する。

「私は!貴女みたいな!」

詠唱はせず、弓矢をただ真っすぐに射てくる。
その狙いは相変わらずブレたままだが、それでも構わず射られる矢は、ナーナリアそのものといっていいだろう。

「ちゃらんぽらんで!能天気で!」

涙と怒りでぐちゃぐちゃになってしまった顔で、サエだけを睨みつけ、ひたすらに矢を射る。
その攻撃をサエは黙って魔法壁で受け続ける。

「きれいごとばかり語るような!阿呆に従いたくはないっ!!」

やっと、ナーナリアの本音が出た瞬間だった。

『剛弓速射、複製術参式発動!』


「…言ってくれるやん!!」

結構ボロクソに言ってくれたナ―ナリアの術を、またアイアンシールドで受け流し、次の攻撃に備えて考えを巡らせる。
どうせ次も強力な魔法の詠唱をさせないように、無数の矢が飛んでくるだろうとサエは見越し、準備をした。

『剛弓速射、複製術肆式発動!』

『プロテクター!!』

『シェル!!』


ガガガガッと矢が防御魔法壁に突き刺さる。
矢の雨が降るでしょうと、お天気お姉さんもびっくりの予報を言い当てたサエは、
詠唱が極端に短く、かつ物理攻撃に強い盾を2種類張っていた。
1枚目の壁は数えきれない弓矢のお蔭でもうほとんど原形を保っていないが、2枚目の魔法壁は無傷。
これで多少は詠唱できる。


『陰に潜みし円環の砲台
射手の瞳に映る時
全ての牙を迎い撃て
我を護りし盾に…!』


ドガガガガッ!!
「っ!」

営業妨害ならぬ詠唱妨害だ。
営業時間外の深夜に店の扉をスコップで叩きつけて、無理やり開店させるくらいには質が悪い。


『発動せよボム・イクイップ!!』


衝撃に耐え、詠唱を手早く終わらせたが、そのせいで必要な詠唱を一部すっ飛ばしてしまった。

サエの魔法壁の前に小さな魔法陣がいくつも出現し、くるくると不規則に回転を始める。

「あっちゃあ〜…ミスった…」

ギミック魔法。
この魔法はタケシミアが得意な補助魔法の分野で、サエは苦手な所でもある。
今まさに魔法壁に取りつける予定の物が、壁の前に展開されて変な方向に回っている。

オリジン魔法におけるギミックと呼ばれる分野の魔法は、魔力をあまり消耗せず量産が出来る。
だが、詠唱したところで即発動とはいかないのだ。
詠唱に組み込んだ条件が揃ったら、発動するので、使いどころが非常に難しい。
今、サエが張ったギミックは一定の射程圏内に何かが入れば魔法球を放つもの。
『何か』なので言ってしまえば、矢でも石でも人でもなんにでも反応する。
準備はおおむね完了だ。
いつでも来いと、身構えていたがナーナリアの動きが止まった。

「…っ」

サエが詠唱している間も絶えず矢を放っていたのだ。
さすがのナーナリアも術を連発しすぎたのか、息が切れてきている。
とはいえ、加速の間の仕様ですぐに倦怠感も吹っ飛んでしまうのだが、絶え間なく弓を引き続けた腕は震えているように見える。
それだけナーナリアの攻撃回転速度が速いという証明だ。
サエは杖を固く握りなおした。

「ナーナリア、」

「ぐっ…私はっ、あの方に…あの方の手足にならねば…いけないのです!!」

ナーナリアの言葉にキムーアが目を見開く。
そしてサエは、頭にきていた。
まるで自分の意思はいらないと、自己を捨てた私は素晴らしい従者でしょうと言わんばかりで、腹が立ったのだ。

「…手足?なんなんそれ…?ちがうやろ…?」

「ちがわない…」

「全然…ぜんっぜんちゃうわバカっ!!!」

少しナーナリアがこちらに歩みを進めたせいで射程圏内に入ったのか、魔法陣から出た炎の球がナーナリアに運よく命中する。

「あっ、ゴホッ!!」

「そんななあ…自分捨てるみたいな生き方…気持ち悪いねん!!」

腹に魔法球を受けて膝をつくナーナリアに、サエは暴言とも取れる台詞を吐き捨てた。

「ハァッ!?貴様っ!!私の何がわかってそんなっ「知らんわアホ!!!」

「へっ」

『お前に私の何がわかる』
その台詞はもう聞き飽きたと、サエはナーナリアの言葉を遮った。
なんだってここの連中は、揃いも揃って七面倒くさい考え方しかできないのだろうか。
もっと直球で勝負しろよと常々思う。
ずっともやもやしていたものを、漸く解き放つ時が来た。
サエは思い切り息を吸い込んで文字通り、声を大にして言った。

「知らんわそんなもん!!だって聴いてないもん!!自分の事これっぽっちも話さんと、お前に何がわかるかって?
知らんから聴いてんねんやろボケーー!!」

サエの主張に言葉を詰まらせたのは、ナーナリアだけではなかった。

「………」

「ジュリー、どうかしたの?」

「っ、ああ、いえ…何でもないのよ。ごめんなさいね。」

リホソルトの声掛けで自分が涙ぐんでいることに気づいたジュリーは、手早く目元を押さえ笑顔を作る。

「でも、ジュリー泣いてた…どこかいたい?」

「ふえっ?!姉さまっ、どこか痛いの!?」

姉さま過激派のコバニティがリホソルトの声に反応し、ジュリーの元に駆け寄ろうとした。

「だ〜いじょうぶ。コバニティちゃんは審判しててよ。」

ジュリーの泣き顔を見ようものなら最後、もはや審判として使い物にならなくなる妹を、ハヤカミスが引き止めて本来の役割に戻らせる。
それを見たキムーアが立ち上がった。

「私がついていよう。コイツだと、どこ触るか分からんからな。」

「いやん変態呼ばわり失礼しちゃう!」

「…ごめんなさい、キムーア…大したことではないのよ。ただ、少し…自分たちと重ねて見てしまっただけなの…」

「さっきのか。それで…思い出しかけたんだな。」

審判を困らせるわけにはいかない、少し離れようかと、キムーアはジュリーの体を支えてコバニティの死角へと腰を下ろした。

「……ええ。」

「…少し休むといい。私も体勢を変えたかったからな、丁度良かった。」

ずっと同じ姿勢では筋肉が痺れて来るんだと、キムーアはジュリーを横にならせ、頭の下にリホソルトのクッションを入れた。

「…ありがとう…」

「今はゆっくり休め。」

ついぞ誰にも相談しなかった者は、心の内で密かに泣いた。
サエは心配してくれていた。一緒に泣くとも言ってくれていた。
それを手酷く突っぱねた。もし、話していたら変わっていたのだろうか?
あの子は、結末は変わっていたのだろうか?
それは、もう届かないけれど。
躍起になっているナーナリアを見て、どうか私のようにならないでと、ジュリーは祈るのだった。

その祈りが早急に届けばよかったのだが、
ナーナリアは未だ心を乱したまま、サエに矢を放とうと構える。

「だって…貴女に話したって…解決しないじゃないですか!!」

「わからんやろそんなん!!役に立てるかもしれんやろ!!」

魔法壁で身を守るだけの弱者に遠くから吠えられようと、痛くもかゆくもありませんね、と指摘されれば何も言い返せない。
ぐっとサエが押し黙るとそれを見たナーナリアが畳みかけてくる。

「所詮、庶民のあなたには王族や宮殿の問題など理解できません!!時間の無駄です!!」

「わたしは…っ!!」

一瞬、言葉に詰まる。
ナーナリアが言う通り、立場の事は紛れもない事実で、環境の違う人の問題に割り込む隙も学もないのはわかっている。
これまでの旅路で度々感じた壁だ。痛いほどわかっている。

それでも、言いたかった。

「確かにみんなと違う!けど!
出会ってからはずっと一緒におったもん!!少しはっ、わかるもん!!
ナーナリアが、動物苦手なんとか知ってるもん!!」

野営の時にナーナリアが猫を怖がったこと、リホソルトが山菜を見つけるのが上手なこと、
キムーアの作る卵焼きがすごくおいしいこと。
ハヤカミスは雷が大の苦手で、ジュリーは珈琲をブラックでは飲めないこと。
一緒にいると見えてくるその人の嗜好。
相手から自己開示がなくても、小さな気づきで分かる性格。
こんな些細なものでも、相手を知るきっかけに繋がっている。
それはきっと、歩み寄れば理解にもなりうる可能性だ。

「それはっ、今、関係ないでしょう!!」

「関係ある!!」

「っ!」

ナーナリアが照れ隠しで放った矢がジュッと焼け落ちる。
姑息なことを…とナーナリアのつぶやきが聞こえた。どうやらギミック魔法の発動条件がばれたらしい。
しかし、まだ牽制にはなっている。今のうちにナーナリアの心の靄を少しでも消さなくては。
サエは自分が思うことを、誠心誠意をもってナーナリアに訴えかける。

「隠したいことあるんはわかる!けど私は力になりたいねん!!
一緒に戦う仲間のこと…ちゃんとっ、知りたい!!」

「…なんで、そんな…ただのきれいごとじゃないですか…」

「なんでもええやんか!!どんな形でも歩み寄りの精神は大事やって、駄菓子屋のボネットおばあちゃん言ってた!!!」

キメ顔でボネットおばあちゃんという単語を使うサエの庶民臭さに、周囲は呆気にとられる。
ひと呼吸おいてハヤカミスがもう我慢ならぬと腹を抱えて笑い転げだした。

「駄菓子屋www近親でもないwww駄菓子屋のwwボネットおばあちゃんwwww」

「ハヤカミスそこ笑うとこやないでっ!!」

笑い過ぎでひーひー言っているハヤカミスをたしなめたサエは、ちょっと例えがおかしかったかなと、少し小首をひねった。

「急にやなくてええねん!まずはさっ!」

「名前!みんなのこと、名前で呼ぼうや!!」

「…なんで、名前なんかっ…」

俯いたナーナリアに、サエは魔法壁とギミックを解いて駆け寄り、手を差し出す。

「わたしサエ!!サエ・エトワール!サエって呼んだって!!」

「…呼びません。」

仮にも手合わせの最中に、握手しようだなんてバカですか、バカですねと続けて毒づかれたサエは、みるみるうちに頬を膨らませた。

「名前くらいええやんケチ!!」

「うるさいバカ!」

「名前くらいええやろ意地っ張りー!!」

「私に勝てない人の名前なんて呼びません!」

「ほんじゃあ私勝つもんね〜!いくでぇナーナリア!!!」

「望むところ!!」

もはや子供の喧嘩レベルの押収を繰り返したのち、漸く手合わせらしくなってきた。

『天弓破魔特攻、複製術伍式発動!』

『アイアンシールド!』


天井に向かって放たれた矢が複製されて地に降り注ぐ矢の雨。また簡易魔法壁で助かったものの、本当に詠唱の隙を与えない。
常に魔法壁を張った状態で更に大ダメージを与える必要がある。
が、強く頑丈な魔法壁を張ろうにも時間が足りない。
まずはナーナリアの動きを止めなくては…。

「まだまだっ…!!」

まだ、あきらめるものか。
サエは矢から逃げつつナーナリアの口元を見る。

『天弓破魔特攻、複製術参式発動!』

『アイアンシールド!』

『シェル!』


「腹立つわぁ…その攻撃!」

口の動きから術式の予測を立てたサエは、手早く2段構えの魔法壁を張ることに成功した。
だが、これだけでは終わらない。
どうにかしてナーナリアよりも早く詠唱しなくてはならない。

『空を翔ける憤怒の閃光よ
彼の者に雷公の裁きを下し
願わくば荒ぶる電光の連撃を与えんことを
サンダーボルト!!』


「貴女こそっ!!」

連なる雷をひらりと潜り抜けて、ナーナリアは好戦的な笑みを浮かべる。
焼け焦げたのは袴の裾だけに終わった。

いつもより早口で唱えたものの、簡単によけられてしまった。
ナーナリアは咄嗟の動きや補助魔法が俊敏で、一点集中攻撃型の魔法であれば容易に回避してしまう。
かといって広範囲の魔法にすれば、威力が弱くなり動きを止められない。
足止めや拘束をしようにも詠唱時間が足りない。

「…よし、いくでー!」

この弓矢と魔法壁の攻防戦を見ていたコバニティ達は、ほっと一息ついた。
初めはどうなることかと冷や冷やしたものだが、やっと向き合い始めたからだ。
これでもう、二人の手合わせに冷や汗をかく心配はあるまい。

「なんだか…急に生き生きし出したね。」

「そうだねえ〜。」

ハヤカミスはふと、後ろに視線をやる。
キムーアが振り返ったハヤカミスに、小さくうなずいた。
どうやらジュリーの具合も徐々に回復しているらしい。いらぬ心配だったようだ。
ハヤカミスは穏やかな笑みを後方に残して前に向き直り、また口を開く。

「まるで、子供の喧嘩だよねえ〜。」

「うん。でも、たのしそう。」

リホソルトの見つめる先で、また矢の雨が降り出した。

『天弓破魔特攻、複製術参式発動!』


「おっとぉ!」

参式は魔法壁2枚。他の型は1枚。
何度か攻撃を受けるとわかったこと。
ナーナリアは何故か単調な攻撃しかしてこない。元々後方支援が多いから良い攻撃手段が限られるのか、それともこの程度で十分と安く見られているのか。
この際どちらでもいいが、今のナーナリアの戦法なら、
自分は攻撃を連発出来て、相手に攻撃の隙を作らせず近寄らせない。なかなか厄介だ。
特にサエとは…いや、魔導士とは相性が悪い。
一体どうしたものか、と考えている間にも弓矢は飛んでくる。

「おーいサエたーん。逃げてばっかりじゃ倒せないぞ〜。」

ハヤカミスのやる気のない応援じみたヤジが飛んでくる。

「わたしの時みたく、つかまえればいいのに…」

リホソルトには申し訳ないが、みかん袋は使えない。
あれはハヤカミスという囮がいたからこそ成立した。1対1で使えるような代物ではない。

「ま、また氷で拘束してぱ、パンツを…!?」

「ナナリアたんのおパンツ見たいけど、見たらお目目とバイバイしそうだなぁ〜。
サエちゃーん!ラッキースケベは死を覚悟してね〜!」

「そんな自殺行為せんからっ!!」

誰が好き好んでパンツを拝みに行くものか。
キムーアの目つきが怖すぎるけれど、その前に人をラッキースケベ要員呼ばわりするのはやめて欲しい。
酷い風評被害だ。そういうことは作者に言えって、お兄ちゃんが言ってた。
言葉の意味はよく分からないけども。

だいたい、エルフ姉妹に使った拘束魔法も難しいだろう。
立派な魔法壁を張ってその中で詠唱できればいいが、そもそも立派な魔法壁を作る時間がない。

「うーん…ナーナリアめんどくさいなあ〜…」

「面倒なのはあなたです!!ちょろちょろと逃げ回ってばかりいないで、攻撃もしなさい!」

動き回りながら攻撃を防がれる気分は最悪なのだろう。
ナーナリアは先ほどよりも息が上がっているし、腕も随分疲れているようだ。
この短時間でまた攻撃速度を上げてきているのだから、たまったもんじゃない。

「ん〜…」

「なんなんですかさっきから魔法壁にこもって唸ってばかり!!いい加減出てきたらどうなんですか!!貝ですかあなたは!!」

「しゃあないやん!いいアイデア思いつかんねんもん…んん、貝?」

「貝でしょう!ずーっと殻に閉じこもっているんですから勝負にもなりませんよ!!さあ出てきなさい!!」

全く…とぶつくさ言いながらも攻撃を止めないナーナリアは、本当にぬかりない。
さっきからずっと、『アイアンシールド』と『シェル』と言う単語しか呟いてないような奴に、全力でぶつかってきてくれる。
ナーナリア実はめっちゃ素直なのでは…?
いや、そんなことを考えている場合ではない。
今、サエはある仮説を見出していた。

「かい…盾……まもる…」

今まで、一度もやったことは無かったが、やってみる価値はありそうだ。
取り敢えずナーナリアの袴をめくろう。

「ナーナリア、先に謝っとくな。ごめん!!」

『グラウンドガスト!!』


ビュオッとナーナリアの足元から頭めがけて突風が吹く。
それに伴い、ナーナリアの袴が捲れてパンツが見える…なんてサービスはない。
ナーナリアの袴は行灯型ではなく、馬乗り型なのでズボンのようになっているからだ。
…こんなことをしているから、ラッキースケベ担当なんて呼ばれ始めたのだろうか?
違う、これは戦略であり作戦なのだ。
見えただの、見えないだのの苦情はそれこそ作者に言え。

それは隅に置いといて、一陣の風だって目くらまし程度にはなるし、ナーナリアの手を一瞬止めることも出来る。

この一瞬の隙をサエは見逃さなかった。

『リフレクター!』


「えっ?!」

魔法壁は身を守るもの。
その効果は自分や相手にかけて対象を一定の攻撃から守る。
じゃあ、一切の攻撃と魔法を無効にする魔法壁を敵にかけたら?

「なっ!!?」

「やっぱり!思った通りやわ〜!」

「はっ!そうか…小さい脳みそでよく思い付きましたね…攻撃無効壁ですか…」

「その通り〜!攻撃を完全に無効化するけど、自分も攻撃魔法は打てなくなっちゃう効果の魔法壁!あ、そろそろ切れそう。」

『リフレクター』


「効果時間が短いのが玉にキズかな〜!」

「こんな姑息な手段で勝ったと言えるんですか!!」

「うん、完全やないから、今からカンペキにするとこ。」

「え」

『陰に潜みし円環の砲台
針が三回動く時
建てられし導に沿い爆ぜよ
暗き底より日の出を見ず
彼の者を護りしものに宿りて
盟約の名の元に発動せしめん
アレンジ・タイムボム・イクイップ!』


今度は邪魔も入らず、我ながら完璧な詠唱だ。
ブォンッと小さな魔法陣がナーナリアを囲む魔法壁に浮かび上がり、列を成して渦巻いていく。
魔法陣の中心には『V』と書かれていた。
ナーナリアの背中をどっと冷や汗が這う。

「さ、さん!?もし「にー」やこれって!!」

「いち」

チュドォォオオオオン!!!!

爆音とともに吹き荒れる風、もうもうと舞い上がる砂埃と火の粉。
平たく言えば爆弾を魔法壁に取り付けられ、ナーナリアごと爆破したのだった。
爆風と砂埃が落ち着いた先に見えたのは、地面に突っ伏しているナーナリア。
と同時にすっ飛んできたのは主様もといモンスターペアレントだ。

「おいお前ナーナリアに何した!!!」

「いや、見てわかるっしょ。ばくはつ〜☆」

「煩い変態黙ってろ!」

物凄い剣幕のキムーアを宥めるために来たのか、怒りを増幅させに来たのか分からないハヤカミスが軽く足払いをされる。

「おねいさんをあしげにするなんて〜」

「で?うちのナーナリアに何したんだ?」

よよよと泣きまねをする変態おねいさんを華麗にスルーして、キムーアはサエを睨み説明を求める。

「うわわわわごめんて!!でも大丈夫やし!多分!!」

慌てて説明しようとするサエの後ろで、小さなうめき声が聞こえる。

「う、うーん…」

地面とキスしていたナーナリアをひっくり返すと、特に外傷はなく、間近で起こった爆発と爆音で気絶しているだけだった。
魔法壁のお蔭でナーナリアへの人体被害は最小限で済んだのだ。
大事な従者を木っ端みじんにされたのかと思っていたキムーアは、ほっと胸をなでおろし、呆れた顔でサエを見やる。

「全く…お前ってやつは…」

「だからごめんって〜!!」

「いや、謝るな。私が悪かった。驚いてつい手合わせだということを忘れてしまっていた。」

事態がひとまず収束した頃合いを見計らって、おそるおそるコバニティが近寄ってくる。

「え、えっと…判定は、サエの勝ち…?でいいの?」

「あー、まあそうなんだが…一応、コイツが起きるまで宣言は待ってもらえないか?
言いたいこともあるだろうしな。」

手合わせ中のナーナリアの様子から、本人に納得してもらってから、次の試合を始めた方がいいだろうということになった。
サエとしても目覚めたナーナリアに言いたいこともあるし、大いに賛成だが、
何分心が落ち着かない時間が出来てしまった。

「ひえぇ〜…勝った心地せえへんよ〜…」

「あ、そだ。キムーア、ジュリーは?なんか途中で具合悪そうにしてたけど?」

「お前気づいていたのか。」

驚きの表情を隠せないキムーアに、サエはへらりと笑う。
この短時間で大きく成長したと、感じて貰えたようだ。
『リーダーとして動く』ということを、サエは此処に入ってからずっと意識していたのだ。
その努力を、現状一番リーダー格に相応しい人に気づいてもらえるのは、とてもうれしい。

「うん、視界の端っこでチラッとやけど。」

「お前の熱弁のせいで倒れたが大丈夫だ。もう少ししたら目覚めるだろう。」

従者の安否を心配して飛んできたキムーアに代わり、今はリホソルトがジュリーの傍についてくれていた。

「えっ!?私のせい!?」

視界の端でジュリーがキムーアに支えられて横たわる姿は確認していたが、まさか自分の発言がきっかけだったとは思わなかった。
サエはうんうんと頭の中をひっくり返して、自分の台詞を思い返そうとするも、
サエの海馬はやる気を見せてはくれなかった。

「ん〜、サエたんの言葉がきっかけではあるけどね〜。」

「まあ、本人の心の問題だ。お前が気に病むことじゃない。目覚めたら普段通りに接してやれ。」

「んん〜…ようわからんけど…普段通りにするわ!」

にぱっとヒマワリのように笑ったサエに釣られて、キムーアも小さく笑った。

「ほんっと、単純な奴だな。」

「そんじゃま、ナナリアたんが起きるまで待ちますかあ〜!」

そんなことがあり、10分後。
ついにナーナリアが目を覚ましたのである。
目覚めたばかりのナーナリアをキムーアは心配したが、それよりも彼女はサエに言うことがあった。

「ふ、ふふ…」

「な、ナーナリア〜?顔怖いで〜…?」

「そりゃあ怖くもなりますよ!何ですかこの姑息で安易な負け方は!屈辱です!!」

もうすっかり体と衣服は元通りになっているナーナリアにしかめっ面で詰め寄られる。

「ごめんって〜!!!それしか思いつかんかったんやもん〜!!」

「…………でも、まあ、負けは負けですからね…しばらく動けなかったですし…。
それにしたって、あんな負け方をするとは…」

負けを認めたつつも、もごもごと負け惜しみを言うナーナリアを見て、サエは雰囲気が変わったと思った。

「ナーナリア、私がリーダーでもええん?」

「…っ、正直、まだ認めたくありません。
しかし、エトワールさんの戦い方には驚かされましたし…。
悔しいですが…状況判断や相手の術に合わせて、戦法を変えるスタイルは良いと思います…」

散り際が屈辱だっただけで、サエの戦略については認めますと、
顔を逸らしながらもナーナリアは己の負けを認めた。

「これで調子に乗って、ミナルディ様にコテンパンにされればいいんですよ!」

ふんっとまだ負け惜しみを言うナーナリアは、どこか吹っ切れたようで、以前よりも砕けた口調な気がする。
キムーア以外に、素の表情を見せてくれている。
ナーナリアの壁が薄らいだことにサエは嬉しくなり、目覚めたら言いたかった台詞を口にした。

「ナーナリア、私な、サエ。サエ・エトワールっていうねん。」

いたずらな笑みを浮かべたサエは、ナーナリアの眼前に手を差し伸べる。

「サエって呼んでや?」

その様子を見たナーナリアは小さく笑った後、その手をしっかり掴み、こう言った。

「ははっ、お断りします…サエさん?」

「あはは!手強いなあ!」

ぷ、と二人して笑いあう。
ナーナリアの心の壁が完全に払拭されたわけではない。
けれど、サエとナーナリアの間に新たな絆が芽生えたこともまた事実。
主従の関係ではないならば、この関係をナーナリアは何と呼ぶだろうか?
それが自分と同じ呼び方であればいいなと、サエは思い、笑った。


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あきゅろす。
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