Sae's Bible
少女は前進す
『聖なる光球よ! ホーリーグレア!』
「まずは先制…!」
開幕早々に、サエは一番素早い光属性の魔法球を複数放った。
ジュリー目掛けて変則的なカーブを描き飛来した光は、ボボボッと激しい音を立てて目標地点で爆竹のように踊った。
これはオールヒットであろうと鷹をくくって次は誰にするかな等と考え始めた頃、爆発に伴って発生していた白煙が薄らいでいく。
サエの予想では、被弾したジュリーがうずくまっている、もしくは咄嗟の防御で軽傷になった彼女が居る手筈だ。
そもそも、ジュリーの防御が間に合うことはない。
世界樹の影響でエルフ魔法が使えない今、ジュリーの防御はゼロに等しい。
万が一使えたとしても、自分の短縮魔法に比べて詠唱する呪文が多いのだから、時間的に難しいだろう。
先制で奇襲攻撃すること自体が《魔導士の絶対勝てる戦法》だとサエは意味もなく盲信していた。
そう、先制攻撃こそ必勝であると、サエが勝手に思い込んでいるのである。
「えっ!?うそぉ無傷?!」
「サエ、貴女が開幕直後に魔法を放つのは予想していたわ。」
艶やかな髪を靡かせて悠然と立つジュリーは、純白の衣服に汚れすら見当たらないほどに無傷であった。
予想通り過ぎてつまらないわ、と耳に髪をかける彼女の仕草に少し腹が立つ。
しかしだ、それにしてもだ。
サエの絶対必勝法が一瞬にして砕け散り、無傷である事実に驚きと焦りを隠せない。
「なんで!?おかしいやん!!結界とか補助魔法は使われへんはずじゃあ…!」
「サエたん、ここ現実世界から切り離された場所だよ〜。」
「この広間だけは違う時間が流れているんだ。」
「え?だから??」
「予想以上にアホだったわ〜。」
「予想通りのアホだろ。」
外野と審判のヒントも空しく、案の定頭の回らないアホ毛に対戦相手から温情という名の塩が送られてきた。
「世界樹の影響は受けない、此処でなら魔法も使い放題ってことよ!」
そう言うとジュリーは、サエがハヤカミス達と話している間にすっかり詠唱を終えていた魔法を発動させる。
『ファントム・ガストフレア』
ジュリーの足元に現れた翡翠色の魔法陣は彼女を優しく抱く風を巻き起こし、目を開けていられない程の強風が赤き花弁と共にサエの眼前を駆け抜ける。
「った、」
頬の切れた感覚を覚え、今一度顔を上げるがそこにジュリーはいない。
地面を見れば強い風で自身が後ろへ押された
ことを物語る摩擦痕が色濃く残っていた。
「消えた…!?」
「これ…サエ、勝てるのかな…」
「まあ〜大丈夫でしょ!ジュリーちゃんとサエはこの中で一番長く一緒にいたんだし。」
頬を軽く拭ったサエはすぐさま身構えつつ、ジュリーの魔法の気配を探る。
エルフの使うものは、魔導士の使うオリジン魔法と勝手が違う。
だが、今までジュリーの魔法やエルフ魔法を幾度か見てきたサエには覚えがあった。
彼らの魔法はいつも風を従え使役する。
それは魔法系統に関係なく、エルフ特有の森と花の香りを纏うのだ。
甘くも優美な薔薇の香り。
かすかに移動する花々の足跡。
「…そっか、わかったで!」
「おや、アホ毛にしては早く気づいたようですね。」
「おいジュリー!全力でやらないと意味がないぞ!」
『天かける憤然の迅雷よ
四辺を包み煌々たる裁きを下し給え
オール・クイックライトニング!』
視認できない今、完全に捉えることは出来ないが気配を掴んでいたサエは予想範囲に広がる大きな雷撃を走らせる。
すると一点の雷が風に阻まれ、その中から麗しき香りと白を纏う姫が姿を現す。
「あらあら意外と早かったわね。では、そろそろ行きましょうか?」
30p足らずの小さな杖の先、翡翠の魔石にジュリーはいつかと同じように指先を歯で噛み切り、どろりとした赤を擦りつけた。
所有者の血液に反応した魔石も赤に染まり、深紅の光に包まれたスタッフは大鎌へと変貌を遂げる。
「えええ鎌出しちゃうん!?嫌がってたやん!!」
大鎌は自身の血液を介して使役する為、普段はほぼ封印しており、滅多なことでは具現させない。現にここにいる数人は初めて見たのであろう、ジュリーの力に目を丸くしている。
「あら、此処なら血の再生も早いから練習には丁度良いじゃない?」
「ひいい!私魔導士!前衛さんは苦手やねんってええ〜!!」
確かに傷を負った瞬間から治癒が始まるここなら打ってつけだろうが、こちらの身にもなって欲しい。
ガンガン行こうぜタイプの前衛に対して一発とどめ制限付きの戦闘に魔導士ぼっち参戦なんて、余程魔法の腕が立つ者でもない限り死亡フラグでしかないのだ。
『枯死の森より絶歌を唄う
荒れ狂え混沌の狂者
切り裂けよ雷光の導士
具現せよ竜の刃
オウサムドラグブレード!』
ジュリーが詠唱を開始した直後から闇の魔法を纏った鎌の刃は大きくうねり、彼女の腕力の補佐でもするかのように黒き竜の影が長くしなやかな左手に絡みつく。
こちらも何か防御なり攻撃なりして防がねばいけないのに、竜圧で動くことすらままならない。
ただただ杖を両の手で強く握り、身を固くするサエへ竜を纏った姫が襲い掛かる。
喜々として龍神のごとき威力の鎌を打ち出すジュリーの一手を、杖で何とか防いで離れる。
兄から貰った杖が頑丈でバカでかくて良かった。
貰った当初、何でこんなに大きくて重い物にしたんだと散々晩御飯の時に愚痴をこぼしたのが懐かしい。
「苦手こくふく…」
「リホソルトそんな難しい単語どこで覚えてきたん!?」
「私が教えていますからね。」
リホソルトお決まりのもふもふクッションをみんな出して貰ったのか、とてもくつろいで観戦している。
実家じゃないんだぞと叫びたいが、生憎とサエにそんなツッコミを入れている暇はない。
ジュリーの猛攻がとどまる所を知らないからだ。
ここが加速の間でなければ、おそらく先の攻撃の後遺症もあっただろう。
急激に落ちていく両手の痺れと足の痛みに冷汗を垂らす。
「ナーナリア教え方じょうず。」
「サエが国語でリホソルトに負ける日も近いな。」
というか既にサエが知らない単語をリホソルトが使う場面が稀に出てきている。
もしかしなくても国語で負ける日は近いかもしれない。
ちょっと真剣に勉強しないといけないか、なんて雑念がサエの中に生まれる。
『目覚めし常夜の絶歌を唄う
破滅を踊れ黒闇の大鎌
歪み惑えや光輝の使手
具現せよ狂気の烈牙
ルナティックファング!』
その隙をジュリーが見逃すはずもなく、今度は弧を描くように大鎌を振り回し、容赦なくサエへ落としてくる。
間一髪、いやマントは引き裂けたが横っ飛びで転がり避けたサエは肝を冷やす。
「わあああん!マント破けたー!変な茶々入れんといて!!集中できひん!!」
マントすらも加速して直っていく中、ぼんやりしたお前が悪いのだろうとキムーアはぼやき、膝の上に頬杖をしてこちらを眺める。
その呟きが慌てふためく当事者の耳に届くことはない。
全身の白を靡かせ、ヴェールの向こう側で深海から此方を見据える瞳を持つ姫君の鋭い連撃に、サエはどんどん後退させられていく。
「うっわっ!?」
右から左へ振り落ちる鎌をなんとか避けたサエだったが、ジュリーは床に鎌を突き立ててそれを軸にし、
左へ反時計回りに程よく筋肉のついた美しいおみ足とハイヒールのつま先を疾風の如くサエの右脇腹へ重く突き入れた。
「ゴハッッ!!」
全く腹部を守れなかったサエは、杖と共に左方向へ地面を転がる。
ごほっと血反吐を吐き捨てるや否や、この部屋の異常性能のお蔭で内臓の痛みと腹部の裂傷は癒えていく。死にきれぬ痛みとはこういうものなのだろうか。
「うっは…もう、治ってきてるし…こわ…」
杖を支えに立ち上がった途端、右頬を何かが掠める。ぱらりと毛束が落ちた先には真夜中に一筋の血を垂らしたような鎌。
「…ちょっと、容赦なさすぎやない…?」
「ふふふ。本気で、と言われてしまいましたもの。真剣勝負をしないとね?」
いくら傷を負っても治るとはいえ、食らった瞬間は激痛が走る。脇腹の傷はもう癒えてきているが完治するにはあと数分かかるだろう。
多少痛む腹を抱えてまた鎌を避け続ける。
「っ、ちっか…!」
反撃しようにも杖を防御に使えば、魔法は使えない。少なくとも杖を対象に向けて詠唱するのに一歩、万全を期するなら二歩分の間合いを取りたい。
「ふふっ、離さないわよ?」
が、今はゼロ距離だ。こうなっては相手が攻撃の手を止めるか、相手の足を止める他ない。
そうして焦りは足元へ移り、自ら絡めて体制を崩してしまう。
余裕のあるジュリーはその好機に、サエの右肩を強く抑え込んで固定し、同時に地を蹴り上げていた左膝を完治しかけの腹部へめり込ませる。
「がっっ!!」
ここぞとばかりに足技を炸裂させる姫君は性質が悪いと、胸内でひとりごちるサエは後方の壁に身を叩き付けられる。
「あら、うっかり追い詰めてしまったわ。」
どうしましょうか、と首を傾けて笑みを浮かべてゆったりと近づいてくるジュリーに、サエは身震いして立ち上がった。
二度も攻撃を受けた腹部は治り始めたばかり、壁に身体を打ち付けた際に腕も悪くしたようで杖を持つのがやっとだ。
利き腕を負傷したのは誤算だった。腹だけであれば魔法を使えたが、杖を向けられないとなると難しい。
もう少し軽い杖だったら切り抜けられたんだ、やっぱり駄々をこねてでも軽量化してもらえば良かった、とサエはレプリカを作った兄へ理不尽な怒りを向ける。
現実問題として後ろは壁、前を突っ切るのは身体的に不可能、右へ行けば鎌の餌食だろう。
「やっちまえジュリー!」
「サエたんふぁいとぉ〜。」
他人事だと思って気だるげな声援が飛んでくる中、サエは今まで考えたこともなかった戦略や軍略について頭を巡らせていた。
追い詰められたとき皆はどうしていた?
退路が全くないわけではないけれど、注意を
引かないと動けない。
ジュリーの苦手なものは何だっけ?
この状態で何が出来る?
腕はまだ動かしにくいが足なら動く。
自分の手札を見直せ、この戦闘は絶対勝てる。
「もう降参でいいかしら?」
ジュリーが鎌を振り上げようと動いた時だった。
「わかった!」
急にサエが間合いを詰め、ジュリーの懐にぴったりと入る。
「えっ」
突然のことに動けず、しかも胸元に密着されては鎌を振り切ることも出来ない。
後ろに下がるしかないと判断したジュリーだったが、それはサエも予測していたこと。
引こうとしたタイミングを見計らい、高いヒールの接合部に足をわざと引っ掛けて勢いよく折った。
「きゃっ!!」
片足のヒールを折られて両足のバランスを保てなくなり、上半身がぐらりと揺れた。
直後に尻もちをついたジュリーから鎌を叩き落とし、杖を彼女の首へ向ける。
「ばーん、ってな!」
魔法弾を打つ時の真似事をするサエにジュリーはうなだれる。
「…はぁ、ヒールを折るなんて…考えたわね。」
今まで足技を使うことのなかったサエが、自らが得意とするものを逆に使ってくるとは思わなかったのだろう。
私の負けよ、と眉を下げて微笑み、鎌が杖へと戻ったのを見届けた審判が宣言する。
「そこまで!!サエの勝利だ!」
サエはどさりと地面に腰を落として、両足を投げ出す。
「うはあああ〜!!つ、疲れた…。
あ〜でも疲労感すら高速で取れてく…。めっちゃ変な感じやわあ〜。」
「余韻に浸れないのが惜しいところね。」
白の衣装に付いた汚れを払い、もう元通りになっているハイヒールの具合を確かめたジュリーは、ゆるりと観戦していたリホソルトから癒しのふわふわクッションを貰う。
その内お菓子やら飲み物やら出してきそうな、もふもふの神様はジュリーの頭を撫でて健闘したと褒めている。
「さあ、次は誰だ?私でもいいんだぞ!」
「いやや!今は確実にいきたいもん!」
「アホの子が少しはまともに考えるようになって…」
「成長したね…」
わざとらしく涙ぐむ仕草をするハヤカミスは控えめに言ってしばきたいが、リホソルトにもそんな風に思われていたとは予想だにしなかった。
今までどれ程考えなしだったかは分からないが、少なくともこれからはもっともっと大人な、カッコイイ感じになるんやからなとサエは息巻いた。
さあ次の相手はと再度言われたサエの答えは決まっていた。
「コバニティ!」
「わわっ、わたし!?」
新参者の自分はまだ当たらないと思っていたのか、コバニティは絵に描いたように焦り、戸惑い、心を落ち着かせるように三つ編みをいじり出す。
「コバニティ、ためらわずにやっていいわよ。」
「姉さまがそう仰るなら…力の限りがんばりますっ!」
姉に頭を撫でられて、ほんの少しでも勇気が出たらしく、コバニティは見た目に似合わぬ厳つい斧を手にする。
互いに広間の中央から数メートル距離を空けた所で武器を構える。
ジュリー戦での傷も服もすっかり元通りになっているし、魔力も絶好調。
斧なら鎌よりは機動力に欠けるだろう。きっと勝てる。
サエは好戦的な瞳を輝かせた。
「さて、準備はいいか?では…」
「始め!」
キムーアの声が響いて直ぐサエは動いた。
『焼き尽くせ紅蓮の業火! ブレイズパニッシュ!』
「あいつ先制攻撃大好きだな。」
渦巻く炎がコバニティへと一直線に向かう。
先制攻撃が来る可能性は考えていたようで、さっと身を屈めて斧をくるりと回す。
『ロサ・ブランカ・ブークリエ!』
コバニティの呼びかけに応えた斧は両刃の溝から白き刃を花びらのように幾重にも突出させ、柄の部分を内側に曲げてハンドルとなる。
外から見るとまるでそれは、咲き誇る大輪の白薔薇であり、コバニティをしっかりと守る鉄壁でもあった。
「成程、あの斧って盾にもなるんですね。」
「ジュリーの杖は鎌に、妹の物は斧から盾に変化するのか。エルフの持つ武器は面白いな。」
「私たちの種族は元々非力だから、補助魔法や変化魔法に特化せざるを得なかったのよ。」
「ひりき…力が弱いの?それだと、かてない…かも?」
「コバニティを舐めない方がいいわよ。あの子は…」
ドゴォオオッッ!!
「国で毎年行われている武闘大会の、最年少覇者よ。」
ガチャリと重く鈍い音と共に斧が引き抜かれれば、からからと抉られた床材のかけらが零れ落ちる。
大斧を軽々と持ち上げる少女は、一体何が不安なのか、おどおどと片手で三つ編みをいじっては困り顔でサエを見つめる。
正直不安なのはこっちである。
「…えええこれ素やったん!?操られてたから怪力やったとかじゃなくて!?!?」
「ご、ごめんなさい〜!当たらないように気を付けてっ!」
「ひいいいいいっ!?」
ドガッシャアアッと豪快な音を立てて床が半円状に崩れる。損壊が大きいせいか、さっき抉れた箇所はまだ半分窪んだ状態にまでしか修復していない。
「か弱そうに見えて怪力少女!ギャップ萌えですなあ〜!!」
「当たったらえぐいだろうな〜。」
「えぐいんちゃうねん!えぐれてんねん!見て地面!!」
「サエがんばれー。」
「めっちゃ他人事!!」
ごめんなさい〜!と謝りながら、どっかんどっかん斧で床を破壊する少女相手に、サエは取り敢えず魔法の撃てる距離を取ろうとする。
「ああもう!床抉れてて動きにくい!」
「ごっ、ごめんなさい〜!」
ぼこぼこと隆起する地面を飛んだりかけたりしてコバニティを射程に収める。
ジュリーに比べれば、やはり足は遅く詠唱する時間はある。長く難しい魔法は使えないが、普通の威力のものなら放てる。
『高潔なる海神の一滴よ
彼の者に玉水の戒めを与えたまえ
デュードロップキャプチャー!』
「わぷっ!?」
玉を連ねたような水がコバニティの両手を捕らえ、更に大きな水の塊が彼女ごと飲み込む。
拘束された際に斧はガランと滑り落ち、床へ刃を突き立てる。
水球の中に手を封じられた状態で閉じ込められたコバニティは、ごぼごぼと水を飲んでもがき苦しむ。
「よっしゃ!もういっちょ!!」
杖を素早く下におろして水の戒めから解放すると、どちゃりと水を含んだコバニティの体は地に落ち、気管に入った水を吐き出そうと咳き込む。
『猛威を振るう炎帝の宝剣よ
彼の者に地獄の業火を与えたまえ
インペリアル・インフェルノ!』
「え!でっか!」
そして予め用意していた炎魔法で追い打ちをかけるが、サエは二つほど見誤っていた。
ひとつは思っていたよりも具現化した剣が大きく、振り切る動作が遅いせいで僅かでも逃げる時間を与えてしまった事。
もうひとつは、
「いゃああっ!」
そもそも炎魔法が水に弱いことだ。
頭上に振り落とされた大剣を模した焔から逃げようとするコバニティの体を焼いたが、
周囲に散らばる水溜まりと少女の濡れた衣服が防護服の役割を果たした。
「うわっ、属性ミスった!」
それでも全身で魔法を受けてしまった為、コバニティの腹部からは流血と火傷が見受けられた。咄嗟に身をよじったのか上半身の損傷はかすり傷程度ですんでいる。
しかし下半身の方は特に酷く、白魚のような足に赤が飛び散り、青のマントとスカートの裾が燃えて一部丈が短い個所や大きな穴が開いた部分が見受けられる。
「やだコバニティたそえっちいよ!!めっちゃいいよ!!おねいさんは!大興奮だよ!!」
「静まりなさい変態の屑が!!
サエ!あなた私の妹に怪我させたら承知しないわよ!!」
変態おねいさんの首を締めあげながら、モンスターペアレントかはたまたシスコンか、鬼の形相の姉がサエに罵声を浴びせる。
「真剣勝負やって言ってたやん!!」
「姉さま、わたしはだいじょうぶ。すぐに治るから。」
そう。サエとモンペが話しているたった数分のうちに、広間の魔法で傷も服も修復されたのだ。
痛々しい火傷はまだ残っているものの、左程痛くはないらしいコバニティは、地に突き刺さる斧を引き抜いて一度大きく素振る。
「あああ!せやった!!」
「じわじわ削れないなら、一気に叩くしか
無いな。」
「一気…一気かあ…」
中級魔法程度の威力では数分で回復する。
ここでの勝利判定は相手の戦闘続行不能か、意欲喪失を指す。今のサエの攻撃でコバニティは火が付いたようだし、続行不能を狙うのが妥当だろう。
「コバニティ、アホの子が何かアホな事思いつく前にやってしまいなさい!」
「はいっ!わたし、がんばりますっ!」
続行不能に追い込むなら拘束する、もしくは武器を完全に取り上げる位か、とサエは唸る。
戦場でぼんやりとするサエと周囲の様子をとても慎重に、けれど細部まで舐めるように見渡したコバニティは、静かに息を吐いた。
『ロサ・ブランカ・ブークリエ』
また、あの白薔薇の盾へと斧を変化させたコバニティはその大きな鉄壁に身を隠しながら数歩後ろに下がる。
「ん?動かないぞ?」
「様子見か…?」
魔法を警戒しているのか、サエと一定の距離を保ち、盾から手を離さない彼女の表情は此処からでは確認できない。
盾が邪魔ではないと言えば嘘になるが、現状は正面から放つタイプの魔法を封じられただけ。
左右から回り込むような魔法は今のサエでは思いつかないが、上下ならば手持ちの魔法で該当するものもある。
だが地下から突き上げる魔法は初動が大きく回避されやすい。やはり上から反応できない速度で落とす方が確実だろう。
サエは杖を構え直した。
「動かへんのならこっちのもん!」
『天空を統べる雷神の聖槌よ
悪しきを屠る神の雷を落としたまえ
ムジョルニア・サンダーボルト!』
サエがまた頭上から強力な雷撃を降らせ、間違いなくコバニティへと落ちた。
直撃したのだ。が、雷は何かに阻まれてその存在すら消し去られた。
「えっ!?なんで!?」
戸惑うサエをよそに白薔薇は斧へと戻り、潜んでいたコバニティの姿が露わになる。
『―纏いて王地の雅楽
金色に輝くは御使いの剣』
ずっと何かを唱え続ける彼女の周りにはサエの魔法を防ぎ切った複数の魔法陣と、エルフ文字の詠唱の羅列が取り囲んでいた。
『―現世において悠久を見る天つ神
父なる大地に抱かれる者
母なる海に眠る者
さんざめく星々と共に散るは花々か』
きらきらと時計回りに回るそれらは淡い白銀の色を持ち、コバニティが口を動かす度に呼応して呪文の円環が増えては広がっていく。
「隠れたのはこの為かっ!」
まさか隠れてそんな大きな魔法を詠唱しているとは思っていなかったサエは、脳内大パニックだ。
パッと見て何の魔法か分かればいいが、全くもってさっぱりだった。
非常に悔しいがサエには、すっごいきれいで大掛かりなカッコイイ魔法にしか見えなかった。
「詠唱が、終わる…!」
「うええ!!防御防御防御!!」
『静観せし白雪の一幕よ 我を包め!
ホワイトアウト!』
苦し紛れに発動したちゃちな防御魔法の結界の中でサエは杖を深く地に突き刺して動かないようにし、出来る限り身を縮こまらせた。
その一連の動作が終わったと同時に、例の綺麗なカッコイイ魔法が解き放たれる。
『―地の欠片より具現せよ岩窟の礫竜
オーアペブルドラゴン!』
「わあああああっ!!!!」
地下の奥底から巨大な何かが動く音は地震となり広間を揺さぶる。
「なんて揺れっ…!ミナルディ様お気を付けくださいっ…!!」
揺れが激しくなればなるほど、近づくそれは頭が割れてしまいそうなおぞましいうめきを叫び地表を目指す。
「なんだ…、何が来るんだ…?」
「え、まさかドラゴン召喚じゃないよね!?」
「召喚?違うわよ。これはコバニティの…」
地鳴りがすぐそこまで来ている。
めき、みし、ぱき、床が割れる音がする。
バキィイッ!遂に、地下から食い破ってその巨体は姿を現した。
ガラガラガラ…と瓦礫の山が崩れ、さび色の鱗に覆われた二本足の竜がコバニティを守る様にとぐろを巻く。
「ひっ」
「コバニティの、とっても大掛かりでとっておきの魔法よ。」
『刮目せよ礫竜の咆哮―
コバニティがまた呪文を唱え始めると、土から生成された実にリアルな竜は、その凶悪なまでに大きな口を裂けんばかりにぐぱぁっと開く。
喉の奥からコォオオッと光が集められる。
そんな派手な準備運動を見て呆然と突っ立っている者など居ない。
『暁光より来たれ天源の大結界
黎明より来たれ清廉の聖虹幕
神輝を集いて生命の安寧を宿せ
理を外れし仮初から我らを救い給え
我が力を糧と持てー
竜が光線を吐く前に唱えきって結界を張るか、間に合わずに消し炭が出来上がるかのどちらかだ。
『スパークルサルヴェイション!!!』
『ディザスタードラグマグナ!』
サエとコバニティの呪文が僅かにずれて、ハウリングするように重なった。
煌々と輝く光がサエ達に虹色の幕を下ろした直後に、竜の光線が彗星の如く結界へ向かう。
戦争でも始まったのかと思うほどの二つの大閃光が激しくぶつかり合う。
膠着した同じ威力の魔法と光線はパンッッ!!と互いのすべてを打ち消し、役目を終えたドラゴンはその体を瓦礫の山へ崩す。
「あ、相打ち…」
なんとか結界が間に合い、全員無傷で済んだことにサエは安堵の色を見せた。
大きなドラゴンの朽ちた岩石と砂が放心していたサエの真上へ、どんがらがっしゃあんっとなだれ落ちる。
「ええっ、ちょ、うわっ!?ぶっ」
無事にサエが瓦礫の山に埋もれ、キムーア達はやれやれと思い思いに口を開く。
「コバニティは大地の魔法が得意だとは聞いていたが、ドラゴンまで出すとは思わなかったな。」
「そうね。
あの子は風の魔法はからきしだけれど、大地の魔法はとても相性が良いのか上級魔法まで沢山覚えているの。
ドラゴン生成魔法もその一つよ。」
「ってかサエちゃん埋もれたけど、これコバニティちゃんの勝ちでいいの?」
「…まだ。あそこ、動いてる。」
リホソルトの指さす方を見れば、がたがたと石が崩れて下の方で何かが動いているのがわかる。
「しぶといですね。」
「生命力と魔力だけは無駄に高いよな。」
散々なことを言われている埋もれた遭難者はアホ毛をみょんと伸ばして、石の山から顔を出す。
「ぷはっ!焦った〜!
は〜…そういや石とか地面操る系の魔法よう使ってたけど、あんなすごい魔法使えるなんて聞いてへんって〜!」
覆いかぶさっている石を避けて這い出ようとすると、目の前の瓦礫ごと体が宙に浮く。
「ま、魔法だけじゃない…よっ…!!」
「うひぃっ!?」
いつの間にか距離を詰めていたコバニティは、サエが生き埋めになっている場所に渾身の力を込めて斧を振り落としたのだ。
その衝撃波で辺り一面の瓦礫と共にサエは強制的な高い高いをされ、受け止められることなく地面に激しく打ち付けられる。
「ガッアッ!!!」
おおよそ三階建ての建物から叩き落されたようなもので、体の内臓や骨、あらゆるものが悲鳴を上げた。
一瞬意識を失ったかと思えば、あのトンデモ超回復魔法のせいで直ぐに意識は浮上する。
そして体の至る部分がバチバチと無理やり溶接されるかの如く、激痛を伴って治されてしまう。
しかし体が完全に治る様をコバニティが黙って見ている訳もなく、また涙目で斧を振り上げるのをサエは直視する。
「っっ!!」
ガシャアアンッ!!
一番近くにあった岩石が真っ二つになって落ちていく。
命からがら戦乙女の一撃を逃れたサエは、杖を手にしてコバニティと斧を睨んで牽制しつつ、ゆっくりと後ずさりする。
「遠距離から魔法で詰めて相手がダウンしたところに近接の斧か…。」
「魔導士的には当たりたくない相手だね〜。」
キムーアとハヤカミスが言う通り、サエにとっては心底戦いにくい相手だ。
遠く離れれば魔法を使ってくるし、近ければ強力な近接攻撃でこちらは防御と回避に専念する羽目になる。
身体の限界で倒れることも魔力切れも叶わない今となっては、防御を捨ててでも戦わないと果てのない、究極のいたちごっこだ。
「攻めて、攻めて、攻めまくるか…」
早いもので身体はほぼ完治している。
コバニティの行動を観察しつつ、突破口を探さなくては。
「え、えいっ!!」
しっかりと立ち上がったサエを見て、傷が癒えたことに勘付いたコバニティは、魔法を使わせまいと斧で攻撃するのを止めない。
「おっ!?わっ、とっ!」
またダメージが振出しに戻ったことに焦っているのか、コバニティの攻撃に粗が見え隠れしている。
「あ、当たってください〜…!!」
「ん…?」
よくよく見ていると、コバニティの斧は振り落とす動作は早いものの、地面に落ちて刺さった刃を起こし上げるのにはほんの僅かだが時間がかかっているようだ。
何故今まで注意深く観察していなかったのだろう。きちんと細部まで見ればここまで時間はかからなかったのやもしれない。
新たな発見をしたのは良いが、いつの間にか少し距離を詰められていると気づいたサエの行動は早かった。
まだ作戦を考え切れていない内はさっさと遠ざけた方が良いと、属性も対象も何も考えず一番簡単な魔法を口にした。
『ホーリーボール!』
「きゃっ!」
対象物も範囲の指定の詠唱もない行き当たりばったりで単純な魔法は、酒に酔ってでもいるかのような軌道で弧を描き、床に着弾して閃光を放った。
魔導士にあるまじき、一等適当な魔法の閃光というには程遠い猫だましで、コバニティはぎゅっと瞼を閉じ数秒動きを止める。
「なあ〜にあの魔法!めっちゃくちゃじゃない!」
「初歩中の初歩、何の指示や指定も出さずに魔法を放つものですよね。」
「ちょっと、雑な魔法…」
「暴発してコバニティの愛らしい顔にあたったらどうするつもりなのかしら!」
「いや勝負なんだから当たるのはいいだろう。」
外野からは不評らしいが、コバニティの一連の動作を見ていたサエは、ある作戦を思いついていた。
攻撃魔法で仕留めようとするから失敗するのだ。
この戦闘では、魔導士としての詠唱方法を捨て去ってしまおう、と。
いつもなら対象へ向ける杖をあえてコバニティへは向けず、壁に向かって力任せにぶんぶんと振る。
『ファイヤーボール!』
『ウォーターボール!』
『ウィンドボール!』
「あっ、えっ、早い…!」
サエの杖から放たれた魔法は周りも本人も認める程の乱雑さで、方向もあべこべに壁や床へぶつかって弾け、ねずみ花火のようにそこら中で光を放って散っていく。
いきなり詠唱も糞もない魔法球が辺りを駆け抜けたせいでコバニティは混乱し、その場でしゃがんだり半身になって何とか暴れ球を避ける。
『アイスライトボール!』
『クウェイクライトボール!』
『サンダーライトボール!』
「やあ、うっ、いたっ!ま、まぶし…」
またもや暴れまわり始めた魔法球は、先ほどの物よりも更に荒っぽく、コバニティの背中や腰回り、二の腕にぶつかりながらとても直視できない真夏の太陽のような強い光をコバ
ニティの足元で放つ。
「待ってました!」
待ちに待ったこの時だ。
すべての魔法に光属性も混ぜて眩い光を放つようにしておき、これを予測して目を瞑ったサエに対して、コバニティが一時的に行動不能になる瞬間を。
『氷柱の第九砲丸よ
彼の者に氷塊の禁足を行使せよ
アイシクル・ナインスシェル!』
杖から高速で放たれた9つの氷柱は、目標を捕捉すると鋭利な先端を弾数と同じく9つの花弁のように開き、コバニティの体を捕らえる。
「きゃあああっ!」
氷の枷は手足、胴体、首、髪の毛に至るまでを抑え込み、斧を落として床へ倒れたコバニティの体と周囲に氷の魔法陣を走らせた。
「よっしゃ!もう身動きできんやろ!」
完全に捕縛出来なかった時の保険で魔法陣を描いたが、必要なかったようだ。
コバニティはあられもなく両手を顔の横で左右に固定され、両足に至っては太ももと膝、足首の三点を拘束されている為、身をよじることすらできない状態だ。
「冷たいよう…!もう動けないからっ、はやく助けてぇ!」
「勝負あったな。」
今にも泣き出しそうな声でコバニティが白旗を上げたのを聞き、キムーアは審判として判定を下す。
「勝者、サエ!」
一回戦よりも長くかかってしまったが、サエにとっては発見の多い戦闘であった。
今回は結構頭も使ってみたし、意外と私はリーダー向きなんじゃないか?とみんなから隠れて頬を緩める。
熱量の多い戦場と自分を振り返って妙ににやけるサエの背中に怒声が刺さった。
「サエ!何ぼんやりしているの!早く解放なさい!」
「うう、はやく解いて…」
「ああ〜ごめんなコバニティ〜!」
すっかり頭から抜けていたコバニティの拘束魔法を解く為、床に描いた氷の魔法陣を杖で軽く2度ノックする。
すると、コバニティを床に張り付けていた9つの氷柱は粉雪となってさらさらと溶けていく。
やっと上体を起こせて安心したコバニティの下にもあった魔法陣を消そうと、サエが杖の先端を動かした時だった。
槍のように鋭利に尖る杖の先が、本当に偶然、丁度、偶々、コバニティのキュロットスカートへ滑り込んだ。
そこで動かさなければよかったのだが、異変を感じた本人と気づかなかったアホ毛が同時に動いたせいでスカートが思い切りめくれ上がった。
瞬間、サエは慌てて杖を引き抜き、変に上ずった声で非礼を詫びる。
「わああ!?ごめん!!」
「わわっ、ひゃっ!」
彼女らしい清楚な純白と、サイドで結ばれているのだろう桃色のリボンの端が、それはもうバッチリと見えた。
サエが謝ってから慌てて隠した所で、時既に遅し。
天然加害者の大きな謝罪が全員の注目を集めていたからだ。
勿論、一番厄介なあの人は悪びれる様子もなく、満面の笑みでこう言ったのだ。
「ニティたそのパンツかわいいね〜!やっぱ白だよね〜!」
「ふえっ!?」
まさに恥辱の公開処刑である。
コバニティが恥ずかしさから涙を浮かべれば、恐ろしい保護者がハヤカミスの前に立ちふさがる。
「…ハヤカミス…?」
般若の面どころではない。スタッフが既に鎌へと変化している。命を狩る目をしたジュリーにハヤカミスはおしゃべりな口をきゅっとすぼめて顔を青くした。
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