Sae's Bible
責務と決意
「…ありがとう。ありがとう。本当なら、時間を有する決断だというのに…。」

「ああ、正直まだ心にわだかまりはあるし、実感はわかないが突っ立ってはいられないからな。
さあ奴の目的と、私たちはこれからどうしたらいいのか教えてくれ。」

戦ごとに慣れているからか、キムーアの心の切り替えは誰よりも早い。
状況を客観的に見て、決断する頭の回転の速さは、サエも見習わなければならないなと感じていた。

「そうだね。まず、カオスフィアの目的は世界の崩壊である。
このために奴は手順を踏まなくてはならないことが5つある。」

「世界の崩壊に手順なんてものがあるのですか?」

「アルティナ様が非常に入り組んだ加護を複数残されているからね。
それらすべてを壊して、破壊呪文を詠唱しなくてはならないように仕向けてある。」

崩壊に手順があるだなんて、用意が良すぎる。
おそらくアルティナ様には先見の明があったのだろう。
崩壊の危機を完全に止めることは出来ないが、食い止めるための物を時間稼ぎとして用意されたのだ。
本人に会えたら一番手っ取り早く世界が救われる気がするけど、会えるわけないかとサエは心の中で一人ごちた。

「その5つとは?」

キムーアの問いに、ウメリアスは棚から無造作に置かれていた一つの巻物を取り出し、紅茶をよけながら机に広げた。
ばさりと広がったのは、ティファトスの世界地図。
ウメリアスは地図に記載されている国々を指さしながら説明を始める。

「1つ、いけにえの魔力を集める。これはすでに完了してしまっている。
あまり思い出したくはないだろうが…各国の国民が犠牲となった。」

「消失させたのは、その為だったのか…」

「2つ、マーファクトにある破滅の魔石の入手。
これを奴が持つ杖に取りつけると破滅呪文を唱えるのに必要な魔力を扱えるようになる。
3つ、海・世界樹・大地の加護を消す。
すでに世界樹の加護は消されてしまった。
あとは海と大地の加護のみとなっている。」

レニセロウスの世界樹、カレリウムに刻まれた紋章だ。
あれのせいで加護が消え、ジュリーたちフェリアベルエルフは魔法を使えなくなってしまった。

「あと二つの加護印は守らなくてはいけませんね。」

「4つ、世界中に魔力を流す核となる四方の聖地、
通称『ハギアコーラー』に破壊魔法陣を描いて、全ての魔力供給を止めること。
これについてはまず『ハギアコーラー』の場所を特定するところから調べる必要がある。」

「ハギアコーラー?」

「それについては後で詳しく説明しよう。
非常に重要だから、単語だけでも覚えておいてほしい。」

「わかった。」

覚えることとやるべきことが思ったよりも多くて、サエはそろそろ覚えきれなくなるぞと、焦りを感じていたが、
ナーナリアがきちんとメモを取っているのを横目に見て、ほっと胸を撫でおろす。

「5つ、これらすべてを行った後、破滅の呪文が書かれた『破滅の書』を解放する。
呪文の詠唱が終わった時…世界に破滅と崩壊が訪れる…。」

「その、破滅の書は今どこに?」

「残念ながら、これは奴の家系に引き継がれる物で、奴が持つ運命にある。」

「どうあがいても崩壊は起こるの…?」

崩壊は必ず起こってしまう。
その事実を変えられない、方法論しか語れない自分にウメリアスは目を細めた。
それでも、役目だけは果たさなくてはならない。

「…、しかし手立てはある。君たちがアルティナ様を復活させることだよ。」

「アルティナ様を!?」

「伝説だけの存在ではなかったのですか…!」

「勿論。けれど崩壊に手順があるように再生にも手順を踏まなければならない。」

「そっちもか!つくづく手順が好きなんだな神ってやつは!」

「まあ〜仕方ないんじゃない?神の存在自体がルールで雁字搦めにされてるから、そういう考えしか浮かばないんでしょ。」

ハヤカミスはけだるげに肩を回しながらぼやく。
神の縛りというものに守護者としての立場は違えど、ウメリアスを師匠に持つ彼女としては、うんざりする程感じているのだろう。

「それでもアルティナ様に会えるかもしれんのやろ!?めっちゃ素敵やんなあ〜!」

会えるはずがないと思っていた伝説の女神が、自分の前に現れるかもしれない。
そう考えるとサエの胸は躍った。世界を救うために復活させるというのに、楽しみだなんて不謹慎だろう。それでもまだ、今だけはこの気持ちのままでいたいと思ったのだった。

「で、その七面倒くさい復活手順とやらはなんだよ?」

「ミナルディ様お言葉遣いにお気を付け下さいと何度…「ああ、いいよナーナリア。私としても、確かに面倒なことを頼んでいると自覚しているからね。」


ウメリアスは机に広げた地図はそのままに、先ほどとは別の書棚から古い羊皮紙を手にして説明を始める。

「再生手順は崩壊と同じく5つ。
1つ目は、『創世の杖』と呼ばれるアルティナ様の杖に『貴石』をはめ込んで杖を完成させる。」

「創世の杖!?私の杖もお兄ちゃんがそう呼んでたで!!」

「ま、まさかこんなところに…?」

「サエすごい…!」

自慢げに杖を持って無い胸を張るサエに、素直なリホソルトとコバニティは称賛する。

「すごいやろ!!タプオカやけどな!!」

「タプオカ??タピオカのことかな??」

「え?飲み物?杖飲めちゃうの??」

脳みそがお粗末なせいで意味不明な単語を生み出したサエにウメリアスとハヤカミスは首をかしげる。一体何のことを言いたくて言い間違えたのかを予想しなくてはならない。

「あれ?ちゃうっけ?創世の杖のタピオカ??う〜ん、なんちゃらオカ?リカ?みたいな単語やったような…」

「リカ?あ!パプリカ!!」

「いや創世の杖のパプリカっておかしいだろう。」

「ぱぷりかってなに?」

「野菜のことよ。」

「その杖、やさいなの…?」

もしかして非常食?とリホソルトは物珍し気にサエの杖をまじまじと見つめる。

「リホソルトさん、あとで図解説しますね。」

最近ではリホソルトの国語の先生化しているナーナリアは、余っていた白紙と筆でリホソルトにタピオカとパプリカを描いて説明する。

「…あの、レプリカ…のこと、かな?」

「そうか!レプリカだ!!」

コバニティが導き出した答えに、それだー!!と頭の中のもやが晴れたのもつかの間、キムーアがサエのアホ毛をみゅんっと引っ張った。

「レプリカじゃ意味ないだろうがこのアホ毛!」

「いたたたアホ毛引っ張らんとって〜!」

みゅんみゅんと輪ゴムのように引っ張られるサエのアホ毛に、ウメリアスは笑みがこぼれそうになるも咳払いで誤魔化した。

「んんっ、まあ…少々残念だけどもレプリカから察するに形はこういった杖と覚えておいて。」

レプリカでもアルティナ様が持っていた杖とそっくりなのだと思うと、サエの口角が想像以上に上がってしまうのは仕方ない事だった。
キムーアに散々引っ張られて弱っていたアホ毛が、もう元気よく左右に揺れているのも仕方ないのだ。

「じゃあ本物の杖と貴石はどこに…?」

「杖に関しては在処を突き止めている。貴石はカロラ国にあるんだけども…」

「カロラに?おかしいですね…そのような重要なものなら国が管理しているはずですが、聞いたことがないです。」

「待て、ウメリアスは『あるけども』といった。
もしやカロラにあった…が今はない。違うか?」

「ご名答。今のカロラにはないよ。奴が復活の阻止のために人々ごと消し去ってしまったからね…」

「…そうだな。今、あそこに行っても瓦礫しかない。」

「…っ、あ、……。」

自国の状況を一番よく知るキムーアが的確に受け答える姿に、ナーナリアは何か言葉をかけようとしたが途中で言い淀み口をつぐむ。

「…では、どうするの?」

「い、今ない物なら、あきらめちゃうの…あっ、です?」

「ふふっ、かしこまらなくていいよコバニティ。諦める事などないよ。か「なんせ時を司る神サマサマだからねっ☆」

「ハヤカミス、こんな時くらいふざけるのはやめなさい。」

「ええ〜姐さんいじりは私の趣味第一号だからヤダ〜!」

ソファの後ろに回り込んだハヤカミスは、ウメリアスの頬をつんつんと人差し指でつつきまくりながらこの上ないほどおちょくる。
そしてサエ達には聞こえない位の小さな声で、ウメリアスの耳元に口を寄せてこう言った。

「それに…こんな時だからこそ、デショ?」

その言葉を境にパッとウメリアスから体を離し、何事もなかったかのように、けれど茶目っ気たっぷりに小指を立ててハヤカミスは紅茶をすする。

「全く…拙い弟子で申し訳が立たないよ。」

困り半分うれしさ半分といった柔らかな表情で、ウメリアスはいつも弟子がすまないねと零した。

「それで、どうするの?」

「思い出の彼方にばびゅーんと飛び出せ!アホ毛一行☆の巻!!」

いつになくノリノリなハヤカミスは右手を軽く腰に添えながら、宙で左手の人差し指をくるくると八の字に回す。
そしてビシィッとでも効果音が付きそうな勢いでそのまま人差し指をサエに向けたのだった。

「え?」

「すまない、通訳してもらえるか?」

無駄にキメたポーズもアニメ調な言葉遣いもキムーアとジュリーには全く響かなかったらしい。

「本当にこの弟子は…。ごほん、つまりだ。
私の力と時の扉を使って過去へと君たちを送り込むんだよ。」

「過去のカロラに!?!?めっちゃ楽しそうやんなあ!」

「あー楽しみなのはいいけれども、目的を忘れないでおくれよ?それから、残念だけ「過去の人間との干渉は超厳禁なので〜コソ泥のように動きながら貴石パクってさっさと帰るんだZE☆」

ウメリアスの言わんとすることを先読みしたハヤカミスは、それを異様に明るくふざけて皆に教える。

「おいなんか此処に来てからテンションおかしくないか?大丈夫か?」

「かぜ?」

「あら、元々テンションは崩壊しているでしょう。」

「それもそうですね。」

時の庭に来てから、というよりはウメリアスと出会ってから変貌したハヤカミスの様子に、ジュリー達は少し戸惑ったものの、色々とうるさいし面倒だからいいかと突っ込むことを止めた。
勝手に話題にされて勝手に終わってしまった会話にツッコミ待ちだった当の本人は、ちょいちょいと自分から話に乗り込んだ。

「ええええ!?完結された!!待って待って時計塔の時とかちょー真面目だったでしょ!ハヤカミーめちゃかっくいいヤツ!」

「知らね。」

ああうるさくなったとキムーアは片耳に小指を入れて耳栓代わりにする。

「時計塔、高くておちそうで怖かったよぅ…」

「とらっぷのせいで寝れなかった…。こわいところ…」

「そうね。碌なことしない人がトラップ仕掛けたせいで、リホソルトもコバニティも怖がっていたわ。」

先ほどの足がすくむ感覚を思い出して涙目になるコバニティとしょんぼりするリホソルトを、ジュリーはよしよしと抱き寄せて可哀想にねえと甘やかす。

「わたしは楽しかったで!!雲近くてもこもこでおいしそうやった!」

アホ毛のこいつはたいして何も考えていなかった。

「やだみんなヒドイ!!」

一通りの感想を頂いたところでウメリアスが切り出しにくそうに、また伺いを立てる。

「えー…そろそろ話してもいいかな?」

「アッハイ。」

やっと話が戻せるとホッとしたのか、ウメリアスは小さく息を吐いてから口を開いた。

「話を戻すけれど、アルティナ様の復活手順は5つ。しかし実際に解読できているのは必要な物の名前だけで、場所についてはまだ判明していない。
早急に調べて君たちに伝えるから、まずは一つ目の杖と貴石の入手、それから破滅の魔石の破壊に当たってほしい。」

「解読するなら手伝いましょうか?古文には自信がありますので。」

「大丈夫。それにこれは…私が唯一出来る君たちへの、世界への手助けだ。任せてほしい。」

ナーナリアの提案をありがとうとやんわり断って微笑むウメリアスに、ハヤカミスはわざとらしく、あ〜やだやだと困り顔でへらへらと笑う。

「世界をやり直した数だけ解読してるから内容にズレがあっても任せとけって〜?
は〜、そりゃ大丈夫だろうけど頑張り屋さん過ぎて弟子が不真面目みたいに見えちゃって敵わんですよ〜。」

「お前はいつも不真面目だろ。」

「適当の代名詞のような人が何をおっしゃるのやら。」

出会って数日で既に不真面目、適当というイメージを持たれてしまったハヤカミスは、二人の辛辣な言葉に『意義あり!』と反論する。

「カロラ組の私に対する扱い雑くない?発言に含みをもったおねいさんなんだよあたし!」

もっとかっこいい大人のおねいさんなんだよと主張したかったハヤカミスに、無知とKYから言葉のナイフを容赦なく突き立てられる。

「ハヤカミス、ふくらんでるの?おなか?」

「なになに太ったん?」

「やだこの子たちデリカシーのかけらもない!」

「でりかしー?」

このままでは先に進まないと、ウメリアスが本日何度目かになるお伺いを立てる。

「あああ、えーと…。話を戻しても?」

「アッハイ。」

「ごほん。総括すると、創世の杖の入手、貴石の入手、破滅の魔石の破壊がすぐに取り組んでほしいことだね。
けれど、その前にやっておくことがある…ジュリー。」

「何かしら?」

「そのペンダントを渡してほしい。」

「そういえば、これを敵に決して渡すなと言われていたけれど…そんなに貴重なものなの?」

ジュリーは首に付けていたペンダントを外し、ウメリアスに手渡す。

「これは『シワレット』。
強大な魔力を秘める召喚獣を従えるための石だ。」

青く光る三角錐のような形のシワレットは、黄金の金具で革の紐と繋がっている。
よくよく見てみると中央の魔石の内部に、小さな魔法陣らしきものが封じ込められている。
この魔法陣と魔石本体の力を使って召喚獣を呼び起こすのだろうか?

「召喚獣の力は強大で、カオスフィアの力と対等となり勝利を掴むために必要な存在だ。」

「そんなすごい力なんや!かっちょええな〜!いいな〜ジュリー!」

「おかしいわね…。これは私が幼いころにかかった病のためにお守りとしてお医者様がくださったものよ?偽物ではなくって?」

医者が召喚獣を宿すような貴重な石を持っているとは思えないけれど、とジュリーは小首を傾げた。

「姉さまが病に?わたしは聞いたことがない…気がするよ?」

「知らなくて当然でしょうね。私がまだ5,6歳の頃だと聞いているから。」

「そうか、ならコバニティは3歳かそこらだから、知らないのも頷けるな。」

そうだったかな、とコバニティは小首を傾げる。

「姐さん、この石って本当に本物な訳?
ジュリーちゃんが持ってても特に何の反応も
無かったよ〜?」

「いいや、本物だ。これの封印を今解放できるのは私だけ。現在召喚獣を使役している私でなければね。
それから…解放した後、力を取り戻したシワレットに選ばれる者を見定めなくてはならない。」

『エモーク・サフ・エミトー・ウォンデネーポ・シー・チル
セル・ラ・エフト・ウォローフ』


ウメリアスの詠唱に反応してシワレットが三角錐の姿を花開くように中心点から開かれた。
解放された真ん中から、ポウと白銀の淡い光に包まれて5p程度の水晶玉が魔法陣と共に浮かび上がる。
放たれた水晶玉は弦のように細くなり、青に輝く三角錐の周りに金の蔓草を思わせる美しい装飾として施された。
それと同時に役目を終えた三角錐はまたもとの形へと閉じていく。
ただシンプルだった、くすんだ青に光る三角錐の水晶は、見るだけで価値のあるものだとわかるまでに変貌を遂げた。

「これが…シワレットの本当の形…?」

複雑な金の装飾に囲われた水晶は、今や海のように深くも鮮やかな蒼となっていた。

「さっき言ってた、見定めるって?」

「シワレットを扱うには膨大な魔力と精神力が必要なんだよ。更に、召喚獣たちと波長の合う魔力でなければならない。
そして適合者は、サエ・エトワール。君だよ。」

てっきり所有者であるジュリーだと確信していたサエは、ウメリアスと目が合ったことに心底驚き、
見る相手を間違ってやしないかと皆の顔を見回すが、全員が納得した表情で慌てふためく自分を見ていた。

「わ、私ぃ!?え、めっちゃカッコイイからうれしいけど何で私なん??」

「その問いには、自分で気づかなくてはならないんだ。私から言えるのは…君の背負う運命は誰よりも重い、ということだよ。」

「…サエの魔力ならおかしくはない、けど…。」

「…」

先ほどの宣誓は本心だ。しかしここまで責務を与えられるものなのか?
そもそも平平凡凡な自分に何故そこまでこだわるのか分からない。
確かに自分の魔力は人並み外れているらしい。
だがそれすらも最近自覚したばかりで、実感もない。
今のサエにはまだ、ウメリアスの言っている意味が理解できなかった。

サエが珍しく黙り込んでいるのを見てか、キムーアがガタンと少し大きな音を立てて立ち上がった。テーブルとソファが動く音に全員が顔を上げてキムーアを見やる。
全員の注意が自分に向いていることを確認したキムーアは真剣な面持ちで口を開いた。

「なあ、皆聞いてほしい。」


「ミナルディ様?」

「これから先、我々は同じ目的で動き、運命を共にすることになる。
その上で、人をまとめる力のあるリーダーが必要だと私は思う。」

「そんなんキムーアでええんちゃうん?」

今までも戦闘や行き先などはキムーアが率先して決めてくれていた。決断力のあるキムーアについて行くだけの旅は何とも楽なものだった。
だがそれでは駄目なのだと、キムーアは語り始める。

「私には…指揮は執れるが、絶対的な力が無い。力あるものが先頭に立つ安心感と信頼感はいくら指導力があれど敵うものではない。」

率いる力だけの統率者では、後に続く者は少なからず不安感を抱く。
自国でまだまだ若輩者の自分が指揮を執れていたのも、ゼルバや支えてくれる大人の力と絶対的な安定があってこそだと、キムーアはふがいなさそうに言葉を漏らす。

「現にウメリアス。ここでお前が言う『見定める』とはサエの力量だろう?違うか?」」

「その通りだよ。サエ、君はこれから彼らを率いる。先頭に立たねばならない。」

「え、でも私、キムーアみたいに戦略とかわからんよ!?」

「欠けているからこそだよ。
ハヤカミス、皆で『加速の間』に入りなさい。その間に私は解読と今後の動き方を決めておこう。」

ウメリアスの指示にハヤカミスが苦虫を噛み潰したような表情で、間延びした声を出す。

「うえ〜あそこ〜?便利だけど、あたし嫌いなんだよね〜。」

嫌々ながらも指示に従おうと紅茶のカップをハヤカミスは雑に片づけていく。
その様子を横目にウメリアスは古文書や古い巻物を手にして、帰ったらひと声かけるようにと言い残し、書斎を出て行った。

ウメリアスが部屋を出てから、ハヤカミスはそれとは別にある奥の扉を開き、気だるそうな口調で皆こっち、と案内をする。

「加速の間って?」

「あ〜…まあ、とりあえずついてきてよ。入ったらわかるからさ。」

書斎の奥の扉の向こうは更に別の書斎となっていた。先ほどの書斎と異なるのは、魔法陣やルーン文字の描かれた書物の数々が乱雑に山となっていることだった。

「こっちの書斎は魔法関係の研究らしいんだよね〜。正直あたしも何を調べてるのかさっぱりだけどさ、あの人の事だからどうせまた人助けだろうね〜。」

「ウメリアス様は素晴らしいお考えをお持ちなんですね。」

ナーナリアの感想にハヤカミスは食い気味に返答する。

「そうでもないよ。あの人は本当バカだよ。なあ〜んにも考えずにタダで動くお人よしのバカだよ…。」

さみしそうな、悔しそうな瞳で答える彼女に、サエ達はどうすることも出来なかった。
ウメリアスの抱えているものはあまりにも大きすぎる。どうかその重さが少しでも軽くなればと願うばかりだった。

散らかり放題の書斎を突っ切り、さらに奥の鉄扉の向こうへと足を踏み入れる。
扉が開かれると耳を貫くような重厚な機械音が出迎える。

「うわっ!?なにここ歯車と時計だらけやん!」

大きな金と銀の歯車がぐるぐると動く中で時折、機械時計がゴーンゴーンと時を知らせる。
ウメリアスの力も働いているのか、規則的に小さな時計をぶら下げた人形がせかせかと動いている。

「あのお人形、かわいい…。」

「ふわふわがついてる…」

「お願いだから触らないでよ〜。ここは時計塔の制御をしてる別の塔だからね。ちょっとでも人形とか歯車に触ったら此処の足場、崩れるからね〜。」

「またそんなろくでもないトラップを…」

「仕方ないでしょ〜!制御塔崩されたらたまんないよ!
ホントはもっと厳しくてもいいぐらいだと思うけどね〜。魔物だらけの異空間へご招待とか人間シェイカーとか全身歯車取り付けフルコースとか☆」

「ほう?人間シェイカーは少し興味あるな。」

「ミナルディ様!変なものに興味を示さないでください!」

物騒な単語に心躍るキムーアを、不敵な笑みのおねいさんに近づけさせまいとナーナリアは服の裾を引っ張って耳を貸さないよう引き止める。

「まあそれは半分冗談として〜。さあて開けますかねぇ〜。」


ハヤカミスが肩をぐるんと回して向かう先は、明らかに何かの魔法が幾重にもかけられている、今までになく重々しい扉だ。
ちょっと下がってね〜と皆を扉から遠ざけ、
ハヤカミスはぶつぶつと何かの呪文を唱えながら、傘を使って扉の角や周りの金具、正方形に整えられた複数の金装飾の一部を叩いていく。

『大いなる太古のルーン 時の門番が命ず
始まりのFeoh 第二のUrを解き放て
第三のThorn 神のAnsurを以て解錠せしむる』


傘の先端が扉の中心部を叩いてハヤカミスが一歩後ずさると、扉の付近にある歯車と時計が目まぐるしく動き始める。
時計の長針と短針がぐるぐると回転し、扉の装飾が窪んで向こう側の景色を見せていく。

全ての装飾が取り払われた後、穴だらけになった扉は横の壁にスライドして収納された。

あまり気乗りでないハヤカミスを先頭に、サエ達は『加速の間』へと足を踏み入れた。

「…?普通の大広間やん。」

がらんとした大きな空間には家具など勿論、窓すらも何一つない。
上を見やると、朝靄から真夜中の星空までを虹のように並べたグラデーションの空が広がっていた。
魔法でこういった演出も出来るのだろうかとサエがぼんやりと眺めていると、キムーアが腕を捲って怪訝な様子で自分の体を見始める。

「おい、見てみろこれ。」

先ほどのレニセロウスでの戦闘で確かに腕を負傷していた。それが夢であるかのように綺麗さっぱり消えているのだ。

「傷が完治した…?」

ナーナリア、ジュリーも傷の具合を見ると、同様に完治していた。
皆が自分の体の変化に驚く中、リホソルトは大広間の壁や不思議な空の天井をじっと見て、眉を顰める。

「ここ、時の魔法がたくさんかかってる…」

「時の魔法?」

「その通り。ここは肉体と魔力の回復速度を最高まで引き上げている、現実世界から離された場所。だから、加速の間ってあたしたちは呼んでる。」

「なんで、ウメリアスさんはここに入れって言ったの…?姉さま達の回復を促すため…?」

「う〜ん。それもあるけど〜「サエの力量を見るためにここで戦うんだ。
例え大怪我をしても、死にかかっても回復するから全力でいけってことだろ。」

言葉を濁していたハヤカミスに代わり、キムーアは確信を突いてくる。

「現実世界から離されているならば、時間を気にせずとも良いのでしょう。」

「時間換算がどれほどなのかは不明だけれど、最高速度で傷が癒えるのなら、1日が1分程度なのでしょうね。」

更に補足するようにナーナリアとジュリーが憶測を口にする。
三人の発言がまさに言わんとしていたことだったハヤカミスは、あんぐりと口を開ける。

「わあおっしゃる通り過ぎて怖い!!」

「して、全員でかかればいいんですか?」

「それはさすがに難しいでしょう。サエは魔導士だもの。」

「ちょちょちょっと待ってや!めっちゃ話し進んでるけど私戦う気無いで!?」

「ハァ?この期に及んでまだそんなこと言ってるのかお前は。阿呆か?」

「ごめんなアホやねん!」

申し訳ないがアホだ。今まで否定してきたが、アホで間違いない。だから待ってほしいとサエは慌てて静止をかける。

「シワレットに選ばれ、時の神から率いよとまで言わせておきながら、断るのね?」

「だ、だってリーダーって!!私ボケ担当の和ませ役やもん!!」

「サエちゃん、ムードメーカーはあたしが立派に務めるから安心していいよ☆」

「サエ、逃げ道ないよ?」

「あの、ここで断るってことは…きっとだめなんだと、思うよ…?
だ、だってウメリアスさんのお話から考えると、サエがリーダーじゃないと世界を救えないってことじゃ、ないかな…?」

「姐さんは未来の事象は言えないって、あたし言ったでしょ。」

「ウメリアスが、ううん…世界が、サエを選んだんだよ。」

「お前は後ろから私たちの戦い方を見てきたはずだ。
戦略が苦手?確かに私に比べれば知識はないが、過去にお前の案でうまくいったこともあるだろう?」

「ミナルディ様にここまで言わせたんです。全力で行かせてもらいますよ。」

「……」

キムーアの言うことは間違っていない。皆の言うこともそうだ。自分は言い逃れをしたい、思ったより想定していた事より重い責務から逃れたいだけなのだと、わかっている。
自分の心構えが足りなかったのだ。兄弟を救いたい一心では足りない。コバニティに助言するなんて一丁前な見栄なんて必要なかった。
必要なのは、踏み出す、勇気だ。

「サエたん。決意は固まったかな?」

「…わかった。やる。」

サエの瞳の奥が、目つきが変わった瞬間だった。

「そうか、ならば対戦相手はお前に選ばせてやろう。誰からだ?」

サエはごくりと喉を鳴らして、緊張で汗の酷い両手を握りなおした。
そして考える。誰を初戦とするべきか。
自分の詠唱時間や、スピード、間合い、今まではこんなに真剣に考えたことなどなかった。
近接は不利になるのが目に見えている。
ハヤカミスとリホソルトは詠唱が短いし素早い。ナーナリアは詠唱中に射られたら面倒だ。
ここがだめ、あれがだめと消去法をする内にもうこの人しか残っていなかった。

「…ジュリー、お願いしまひゅ!!」

「ふふふっ、こんな場面で噛まないで頂戴?緊張感が薄れたじゃない。」

お手並み拝見ね、とジュリーは余裕の表情で広間の中央の方へ歩を進める。
それに続いてサエはジュリーと向かい合う場所に立った。

「では相手のノックアウト、もしくは戦意喪失で勝敗を決める。この勝負の審判は私だ。
両者、前へ。」

キムーアの掛け声で二人はそれぞれの武器を手に構える。

「ひい〜!!めっちゃ緊張する〜…」

「あら、私は楽しくてたまらないわ。」

「始め!!」


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