Sae's Bible
真実に揺れる

空気が重い。
離宮へと道案内するジュリーが沈んでいるのは仕方ないとしても、キムーアとナーナリアの雰囲気がいつもと違う。
それはサエですら察する程に、微妙な距離間と頑なに目を合わせようとしないからだった。

「……。」

何か盛り上げるべきだ。しかし誰に何を話しかければいい?誰に…。
サエがキョロキョロと辺りを見回していると、はたと目が合った。
彼女はにんまりと口角を上げて、サエの方へ歩み寄り、話しかけやすい位置に来る。

「なっ、なあ!ハヤカミスさんて、なんで私らの名前とか色々知ってんの?」

「そりゃずっと見てきたからね〜。サエたんの天然ドジッ娘ぶりも、ジュリーちゃん箱入り娘ドSな所も蕎麦子ちゃんのアホかわいい行動も見てたし〜。
見てるついでにナナリアたんの巫女服が風で捲れないかなーとか、いっそゆりゆり展開にならないかなーとか!
サエたん絶対チャイナと犬耳似合うわーとか、ちびっこ眼鏡女装イケるよねとか!リホソルトまじ天使とか!つかこのパーティー皆コスプレさせたいいやすべきだよねコレよしさせようとか!
考えてて楽しかった〜☆」

息つく間もなく、少し興奮気味で語るハヤカミスは実に楽しそうで何よりだが、周りには一歩下がられた。

「………。」

「やだ視線が痛い☆」

「見てきた…?え、それって、まさか、ストーカー!?」

「違う違う〜。あたしのは仕事(と趣味)だから。」

本音が隠しきれていないのはわざとなのだろうか。ハヤカミスは、まあそんなに離れないでよ〜とサエの腕を組む。

「仕事って、何してんの?」

「お洋服作って人に着せまく「そっちじゃない!この阿呆!」

理解していながら答えなかったり、ふざけたりするのが腹立たしいのだろう。
趣味が楽しいのはよく分かった。
よく分かったから質問に答えてやれと言ったキムーアはハヤカミスに向かう拳を堪えていた。
その様子を見てニマニマと口元を緩めるハヤカミスは軽い足取りでステップを踏んで口を開いた。

「ふふ〜。あたしはね〜、神様の手伝いしながらちょっかい出してる神様なのだー!」

「はっ!?」
「えっ!?」

予想外の回答にナーナリアやキムーアは驚きを隠せず、すっとんきょうな声を上げてしまう。

「あ、えっ、神様やったん!?」

「あれ?言ってなかったっけ?ソルトたんは知ってたよねー?」

「ん…まえに一回、寝所にきた。」

「ええーっ!?知ってたん!?」

ハヤカミスが神である事よりも衝撃であった。
リホソルトとハヤカミスが顔見知りであったのに全く気付きもしなかったのは、リホソルトが自身について多くを語らない、いや内容が彼女にとって然程重要ではなかったからだろう。
サエ達が動揺する中、リホソルトはけろりとした顔で首を傾げる。

「うん。今はなんの神だっけ…?」

「時の女神という名の苦労人を日向から応援する、時の守護神兼みんなのおねいさんだゾ☆」

「時の守護神って、なんだ?」

「ミナルディ様…。文献こそ少ないですが、有名な神ですよ。」

「時の女神はこの世界の過去と現在と未来の時間と空間を司り、時の守護神は運命を司る神よ。」

世界の隅々まで見通せる場所で、時の女神と時の守護神は世界の時間軸と行く末を見続ける。
何千何万もの時間を管理する時の女神については研究者が多く、様々な説が伝えられているが、時の守護神は存在こそ知られているが活動等は一切不明とされている。

「ハヤカミー、いい人だよ。変で、あやしくて、お洋服すきで、人に着せまくるだけ。」

「良い人、と言われてもな…」

「趣味と性格に問題が…」

「いきなり信用しろとは言わないよ!ただ、君達の運命は世界の命運でもあるからね〜。
…他人事じゃないって、覚えておいて。」

たまに見せるハヤカミスの真剣な眼差しがサエ達を戸惑わせる。
運命を司る彼女の言葉は、今のサエ達には重すぎる。
一瞬の沈黙を破ったのはキムーアだった。

「…、そういえば、コバニティは目覚めないのか?」

「まだねてる…。」

「操られていた時に魔力をかなり消費していたようですからね…」

「コバニティは…目覚めたら…」

「大丈夫っ!普段の、ジュリーが知ってるコバニティに戻ってるて!」

「それにしても…なぜ、あの子は操られていたのかしら。一体どこでカオスフィアと接触を…」

「やはり、事件のあった日ではないでしょうか…。操られた原因は深い心の闇、コンプレックスを抱えていたから…としか言いようがありませんが。」

ナーナリアの言葉にジュリーは心苦しそうな表情で眉間に皺を寄せる。
姉でありながら、と胸の内で自分を責め続けた。

「…私はその闇に気付いてあげられなかったのね。駄目な姉ね…」

「いやあ、実は違うんだよねぇ。全ては周りの大人が悪かったんだよ。」

「貴女…何か知っているの?」

「知ってるよ〜!君達姉妹が知るべき真実をね。」

「それは…!「あの子が目覚めてから。」

ハヤカミスは口元に人差し指を立てて意味深に笑う。
ナーナリアの背で眠る妹を起こせば全てが分かる。けれど、今、自分は真実を見れるのだろうか。

「…おい、離宮ってあれか?」

「えっ、あ、ええ…そうよ。」

キムーアの問いかけにびくんと体を震わせ曖昧な返事を返す。
ハヤカミスの言葉と中々受け入れられない現実、これからの事。
他は何も考えられないし、構っていられない。
ジュリーは思い詰めた面持ちで離宮を見上げた。

「もう少しやね!」

「きれいな建物…木がいっぱい。」

「木々で外敵から見つかりにくくしているんですね。アーチも美しいです。」

離宮へと続く道は薔薇のアーチで囲まれ、隅々まで手入れが行き届いている。
道の先に見える離宮は翡翠色にぼんやりと輝いて見えた。

「…ほんと、ここは綺麗だよね。」

森に何者かの声が響く。
どこか懐かしいような、聞き慣れた声はサエの胸をざわつかせる。

「誰だ!!」

キムーアを筆頭に全員身構えるが、まだ姿は見えない。
声の主は上手く隠れたまま木々の間を移動しているようだ。

「こんな綺麗な場所が血で汚れる様は、もっと綺麗だろうね。」

「…嘘やろ、この声…」

嘘であって欲しかった。

「姉さん。」

耳元で囁かれた言葉で一瞬動きが止まってしまったサエの腹部を鋭い刃が掠めた。

「…っ!!」

咄嗟に手にしていた杖を振り回して距離を取り、改めて先制攻撃してきた張本人と顔を合わせる。

「姉さんって、まさか…!」

「サエの弟っ…!?」

「ち、違う!タケシミアは…優しくてマダムキラーで、料理上手で照れ屋で漬物が嫌いで…!実はちょっと背が低いの気にして毎朝こそこそ牛乳飲んでたり背伸びして歩いてみたり、お兄ちゃんみたいな筋肉つけたくて夜中こっそりランニングしたり筋トレしてる良い子やねんから!」

「………。だけど、もう…そうじゃないんだよ。」

サエの思いがけない爆弾発言にタケシミアは言葉に詰まるも、何とかシリアスな雰囲気と表情を保ったまま返答する。

「あいつちょっと返事に困ったぞ!」

「可哀想に!操られても姉にボケられて!ツッコミをしたくても出来ないんですね!」

「ミアたんくそかわー!まじ天あぐぁっ!」

「黙れ変態。」

ミア子ミア子と騒ぐ変態のおねいさんの頭をキムーアがスパンと良い音で叩き落とす。
その間にナーナリアは依然眠ったままのコバニティを後方の木の根本へ横たえた。

「…何が目的なん?私の命やねんやったら、一対一で勝負やでっ!」

「命なんていつでも奪えるからいらない。今は、それなんだよね。」

タケシミアの指す物はジュリーの御守り。
何故そこまで狙われるのかは分からないが、それよりも命を軽く見なす弟の言葉にサエは憤りを感じた。

「いつでも奪える…?ちがう…そんなこと…タケシミアは言わへん……。言わへんもんっ!!」

「…どうして、これが…」

「う〜んまだ狙うの?しつこいねえ。」

めんどくさいなあもう、と気だるげに続けてハヤカミスは傘の留め具を外した。

「お前、あれについて何か知ってるのか?」

「勿論。ジュリーちゃん!ぜーったい渡しちゃダメだかんね!」

「わ、わかったわ…」

緊張感もへったくれも無いポーズをビシッと決めたハヤカミスの忠告に、ジュリーは戸惑いながらも後ろ足で前衛から下がる。

「ふぅん…邪魔するなら、容赦しないよ!」

言い終わるやいなや踏み込んだタケシミアは、目で追えない速度で木々の間を上手く利用して次々とクナイを投げてくる。

「おわっ!?」

「早い!!」

放たれたクナイが木や地面に当たると消える所から、本体のクナイに魔法をかけて数を増やしているようだ。

「きゃっ!」

明らかにジュリーへ集中している攻撃をキムーアとナーナリアが壁となって防ぐ。
二人の背中を呆気にとられた様子でジュリーはただ眺める。

「ジュリー!ぼさっとするな!」

「…!キムーア…ごめんなさい、私…」

漸く現状に気付いたジュリーは柄にも無く狼狽え、髪を耳にかけたり意味もなく指先を動かす。
見るに見かねたキムーアはジュリーを比較的安全なコバニティの近くへ座らせた。

「……アキルノアの事は皆辛いんだ。それに、これからだろう?
あいつの為にも、妹の為にも、国の為にも。
私は正直羨ましいよ。此処は…まだ「国」として残っている。
だからこそ諦めないで欲しい。頼む。」

「………キムーア……、……。」

キムーアの言い分も理解出来るが、ジュリーは直ぐに返答することは出来なかった。
選択しなければならない。
受け入れねばならない。
頭では分かっていても、心が閉ざされている感覚がジュリーの中で渦巻く。
うつ向いて眉をひそめる姿を見たキムーアは黙って頭を撫で、ナーナリアの方へ体を向ける。

「…。ナーナリア!ジュリーとコバニティを頼んだ!」

「御意!」

『 星輪結界、光波術弐式発動! 』


キムーアの命令でナーナリアが直ぐ様二人に強力な結界を施し、クナイで結界が破られぬよう防御する。
ジュリーが結界で守られた直後、クナイでは攻撃力に欠けると判断したらしく、タケシミア自身が森から姿を現した。
それと同時にあらかじめ幾つも発動させておいた東系魔法がサエ達を襲う。

『絶炎翔刃!参式発動!』


「ここはおねいさんにまっかせなさーい!」

次々と飛来する刃の前にハヤカミスは傘を広げておどり出た。

「ハヤカミス!!」

『Wyn Geofu! 』


傘の先端に大きな金の魔法陣が浮かび上がり、サエ達を守る盾となる。

「強い…」

「やるね、お姉さん。」

「仮にも神様だからね〜。」

完全に防がれたのを見たタケシミアは攻撃を止め、新たな魔法を構成する。

「でもこれならどうかな。」

『地傑残刃!質式発動!』


『 泡沫繋聖結界、連応術肆式発動! 』


「東系魔法なら、負けません!」

地中から飛び出した刃は鞭のようにくねり、地面を斬りつけながら迫る。
しかし、タケシミアの東系魔法にいち早く気付いたナーナリアが即座に防御結界を張り巡らせた。

強力な水を纏った光の結界により、弾かれる刃の鞭と冷たい眼差しの弟をサエは遠く感じた。

「…タケシミア…」

弟を正さなくてはならない。
そう思ってはいても、中々前に立つことが出来ず未だに魔法すら唱えていない。

杖を固く握り締めるサエの手に、柔らかな手が重なる。

「サエ。だいじょうぶ…サエなら、出来る。わたし、見てきたもん。」

リホソルトはきゅっと両手を握り、普段は触らせてもくれないふわふわをサエの頬に当てる。

「うん…なんとなくな、そうなんちゃうかって、思ってた。
コバニティみたいに消えたんやし…お兄ちゃんも、タケシミアも…でも、信じてたか、らっ…私…!」

わかっていた。
けれど、それ以上に信じていた。
カズヒルムとタケシミアに操られるような弱い部分があるなんて、思いもしなかった。
二人は私の前では強く振る舞っていた?
兄弟なのに、話せなかった?
そんなに弱い妹で、頼りない姉だった?

多くの感情がサエの中でひしめき合う。
顔を伏せてしまったサエの額にリホソルトは自分のそれを当て、ゆっくりと口を開く。

「サエは弱いけど、強いよ。だから…一緒にいこう?」

「…うん。」

リホソルトの言葉を胸に、サエは立ち上がった。
結界を張るナーナリアとアイコンタクトを取り、不透明な壁越しに映る弟へ杖を向けた。

「姉さん、やる気になったんだ?じゃあ…行くよ。」

サエが体勢を整えたように、タケシミアもクナイを構え直す。
徐々にナーナリアの結界が水泡となって消えて行く。

「……」

ナーナリアは結界解除の為に魔力をコントロールさせながら、呪文を唱え始めたサエを横目で見やる。

二つの魔法属性を持つ東系魔法結界の場合、一つずつ解除しなければ周囲に危害を及ぼす。
また、解除途中に外から攻撃を受ければ、結界の魔力が全て攻撃した者と解除している者へ向く。
その力は絶大で、大量出血は免れないだろう。
万が一、捨て身で攻撃してくる可能性を除けば、タケシミアは結界が完全に消えるまでは攻撃してこない。
落ち着いて、素早く唱えれば間に合うはず。
ナーナリアはサエの成功を祈り、自身のすべき事へと再び神経を集中させた。

「全員、構えておけよ。」

「うん。」

「はいはい。」

結界が消え終わる前に、呪文を唱え終わらなければ、タケシミアに先制されてしまう。
万が一サエの魔法が間に合わなかった時に備え、キムーア達は各々攻撃の隙を伺う。

『 怒れる天戒の霊風よ
清廉なる蒼波との盟約において
彼の者に碧海の波風を


「遅いよ」

「っ!!」

「サエ!!!」

あと少しだった。
結界が消えるギリギリの所でタケシミアはサエの手元と首筋にクナイを放った。
距離が近すぎて避けるに避けられず、サエは固く目を瞑る。

『Algiz! 』


その時、サエへ向けられたクナイが何かに弾かれて消えた。

「危ない危ない〜!大丈夫?」

サエが瞼をゆっくりと持ち上げると、ハヤカミスが傘をくるくると回して簡単な結界を施してくれていた。

「ごめん…ハヤカミス。」

「ごめんじゃないよ〜」

ハヤカミスはサエの謝罪に少し困ったような笑みを浮かべ、更にこう続けた。

「ありがとう、でしょ?」

「…うん、うん!ありがとうハヤカミス!よぅし!行くでぇええっ!!」

パチンとウインクしてみせたハヤカミスの言葉に励まされ、サエは杖を固く握った。
素早いタケシミア相手では、まだ詠唱が長いのだ。
これ以上早くするには威力よりも数を優先するような魔法が良いのかもしれない。
一か八か。

『 聖なる光球よ!ホーリーグレア!』


激しい閃光を放つ多くの球体がタケシミアへとぶつかっていく。

「ぐああっ!!」

「当たった!」

サエが急に短い詠唱をした為に反応が遅れてしまったタケシミアは、緊急回避で何とか一つ目を避けるが、次々と不規則に降ってくる球体を避けきれずに肩と足に被弾して後方の木へと吹っ飛ばされる。

「…、…素直に、渡してくれる気にはならない?」

「なるわけ無いやろ!タケシミアのアホー!!」

「わかった。じゃあ…仕方ないね。」

肩を押さえながら立ち上がったタケシミアは懐から針の様な物を取り出し、地面に突き刺した。
すると、辺りは大きく揺れ始め、遠くから地響きが近付いてくる。

「何っ!?」
「地震!?」

「違う…何か、こっちに来る!!」

ドンドンドンと重い物が向かって来るような、不吉な音がもう間近に迫ってきている。
そして、それは現れた。

「グァアアアアアッ!!!!」

「ぎゃあああ!!!熊ぁあああ!!」

「くま…?」

「なんだ熊か。」

「なんだじゃないですよ!熊にしては大きすぎます!!」

キムーアはさして驚いていないが、見るからに普通の熊ではない。
体長は軽く3mを越えており、額からユニコーンを彷彿とさせる鋭い銀の一角が生えている。
熊はタケシミアを守るようにサエ達の前に立ち塞がった。

「んー…?厄介な魔法使ってるねえ〜。
このくまたん、巨大化してるだけで多分元は小さい魔獣だよ。」

「それなら話は早い。一点集中攻撃だ!!」

「御意!」

「お仕置きやでタケシミアー!!」

「くまさん…悪いこ!」

「私も月に代わってお仕置きしちゃうー!」

動きの鈍い熊よりもタケシミアを叩いた方が早い。
彼を捕まえてしまえば、巨大化した熊も元に戻せるはずだ。
サエ達は、タケシミアだけに攻撃を集中させる。

「そう簡単にはいかないよ。」

攻撃を先読みしていたのだろう、タケシミアは瞬時に森の茂みへと姿を隠してしまった。

「もー!!どこ行ったん!タケシミア!」

「くそっ、熊が邪魔で見えん!」

「グオオオオッ!!!」

熊が手を一振りするだけで何本も木が凪ぎ払われ、地面はクレーターのように抉られる。

「きゃっ!」

「大丈夫ですか!」

「掠めただけよ、大丈夫。」

地面に大きく抉られ亀裂が入ったせいで、ジュリーは手を掠めた。
更にジュリーとコバニティを守っていたナーナリアとの間に砕かれた岩や倒木が折り重なり、互いに姿がよく見えなくなる。

「っ!ダメだ!ナーナリア!早く「やっと離れたね。」

大きな熊の影に隠れて見えなかったタケシミアは、いつの間にかジュリーの後ろへと回りこんでいた。

「遅かった…!!」

「グオオオオオオッッ!!」

「あかん!近づかれへん!」

タケシミアがジュリーを攻撃すると分かっているのか、熊はサエ達のみを攻撃し、わざとタケシミアへ近付けぬよう木を薙ぎ倒す。
サエ達が熊に手こずる中、ジュリーは御守りを取られまいと息を切らしていた。

「…くっ…!」

「へえ、素手でも結構戦えるんだ?でも武器相手は初めてっぽいね。」

首を切ろうとしてきたタケシミアの攻撃を、ジュリーは地面ギリギリまで体勢を落として避け、素早く足払いをかけようとする。
しかし、クナイを軸としている左手に向けて投げられバランスを崩し、地に腰を落としてしまった。

「大人しく渡してよ。君も辛いでしょ?」

器用に両の手でクナイを回し、タケシミアはジュリーとの間合いを詰める。
タケシミアの言う通り、武器の所持者と手合わせした経験は無い。
だが、素早さと手数ならば体術の方が上のはず。先手必勝だ。

「渡しは、しないわ!」

「ぐぁあっ!!」

駆け出す準備をしていた足で地面を高く蹴り、タケシミアの肩を勢いよく何度も踏みつけ、隙を見計らって背中へ回り込んだ。

「あなたなんかに…これは渡せないわ!」

大きく腰を落として手首のスナップを効かせ、掌で背中の一点を圧迫するように打てば、タケシミアは前方へ手を付いて倒れこんだ。

「げほっゴホッカハッ!!はっ、ほんと、もう大人しくしてよ…君のためなんだからさ…」

「何を言ってるの?あなたの負けよ。」

咳き込んで四つん這いになるタケシミアを仰向けにして拘束し、首筋に手を当てる。
もう逃げられないというのに、タケシミアは乾いた笑みを浮かべてジュリーを見やる。

「だってそうでしょ?忘れちゃいなよ、………」

「…っ!?どうして、それを!?」

ジュリーだけにしか聞こえない程の声量でタケシミアが告げた言葉は彼女を揺さぶるものだった。
拘束の手が緩む。
何故特定の人物しか知らないそれを知っているのか、その話は真実なのか、頭の中で思考がざわめく。
すっかり拘束が解けたタケシミアはジュリーの肩越しに顔を寄せて、彼女を誘う甘言を囁き続ける。

「ね、どうする?それを渡せば楽になれるよ?」

「楽に……」

タケシミアの手をとりかけた、その時。

「キュイイイ!!」

けたたましい鳥の鳴き声にジュリーはハッとし、手を引っ込めてタケシミアから体を離した。
サエ達との間を遮っていた倒木や岩が次々と崩れて、いの一番にリッターを連れたキムーアと対面する。

「やってくれるね…やっぱり全員消す必要があるみたいだ。」

「あっ!待ってタケシミアっ!!」

「逃げたか…」

戦況不利と判断したタケシミアは森の奥深くへと姿を消してしまった。
タケシミアが立ち去った事で熊の巨大化魔法は解けたらしく、その場で元の大きさへ戻り、絶命していた。

「大丈夫か?」

「え、ええ…あの、あれは…?」

最初に見た姿よりも格段に違う。
広げても1mあるかないかだった焦げ茶の翼は、陽に照らされて白銀に光る。
おそらく全長2mは越えているだろう。
力強い獣の足が地を蹴る度、黄金に輝く毛並みが風になびく姿は、凛々しく気高い。
何処かキムーアのようだと、ジュリーは思った。

「わたしとサエが、魔力をあげたの。」

「へへー!すごいやろー!」

「何してるんだ?」

サエが勝ち誇った顔をしているのをよそ目に、キムーアは不振な動きをしているハヤカミスに声をかけた。

「んー?いやぁ〜、さっきの熊たん変だったでしょ?何か落ちてないかなーって。」

ハヤカミスは何の抵抗も無く、熊の体をわさわさと触ってみたり、周辺の土や木々を調べて回っている。
その様子を見たナーナリアが、困惑した表情でそっとハヤカミスに近寄り、口を開いた。

「仮にも獣の死体ですから、あまり触らない方が良いのでは…」

「あー、そこは大丈夫!ちゃんと手袋してるし…んんん?なんだこりゃー!」

「どしたん!なんかあったん!?」

いつの間に、何故持っているなど色々気になる所だが、その前にハヤカミスがオーバーに首をかしげて声を上げる。
まるで宝物でも見つけたかのようなテンションの高い声にアホ毛がピョンと反応する。

「ジャァアアン!糸付まち針ィー!」

「なーんや、ゴミやん。」

「やだサエたそ酷い!針と糸はコス衣装作るのに必需品だお!大事だおー。」

「ごめんて〜。」

ハヤカミスはゴミじゃないお!と残念がるサエの頬を人差し指でつつく。
ぷんぷんと効果音を口にし始めた所で、キムーアが苛々しながらも、出来る限りの笑みを浮かべる。

「よく見つけた、その物言いをどうにかしろ。」

「あ、だおだお嫌だったー?じゃあ今度からは違うのにするよん!」

「ういいーやめてやぁハヤカミー!ほっぺたぶにぶになるやーん。」

サエをつついて遊んでいたハヤカミスがしたり顔でキムーアへと向き直る。
真っ向からふざけまくる週末コスプレイヤーのお陰で、キムーアの眉間には山がどんどん増えていく。

「…お前喧嘩売ってるのか?」

「よく言われるけど違うのよん!あたしなりの愛情表現、なのよん☆」

てへぺろりー☆と舌を少し出して、自らの頬に人差し指を軽く当てる。
神(仮)がかわいこぶって挑発している様は、キムーアの苛々を最大にするなど容易いものだった。

「斬っていい?なあ斬っていい?」

「ミナルディ様っ!!お気持ちは物凄く分かりますけども!どうか抑えて下さい!!」

苛立ちからギリィと歯ぎしりして、剣を抜こうとするキムーアの腰回りにナーナリアはしがみついて止める。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ中、熊の体にある針を見たリホソルトがこてんと首をかしげる。

「はりって何?」

「うおおおおソルトたん天がっふぁ!!

「いい加減にしろ。」

イケメン王女の鉄槌により、リホソルトに抱きつこうとしたハヤカミスは地面とキスをした。
変態がよよよと泣き真似しているのをジュリーは軽くスルーして、リホソルトに説明をする。
また新しいことを覚えて柔らかく微笑むリホソルトに癒され、サエ達はやっと本題へ戻った。

「ハァ……で?一体どこにあったんだ?」

「首の後ろとー…あと、両足首に一つずつだねぇ。」

「タケシミアの魔法なんかな?」

「東系魔法ではない、と思います。もっとこう…複雑なものです。」

ナーナリアの見立てによると、魔力の使い方は東系魔法に似ているが、多くの術式構造を取り入れているらしく、何の魔法かは特定出来ないと言う。

「そういや、熊を呼び出すのに何か地面に突き刺していたな。」

「それがないんだよね〜。
おそらくだけど、これらは魔法操作に使ってた媒体で、地面に刺した方が巨大化魔法の本体じゃないかな〜。」

「ほえー!ようわからんけどすごいな!ハヤカミス!」

「そうね……」

先程からうわべだけの会話しかしていないジュリーの様子を見て、リホソルトがふわふわを持ってそっと近寄る。
サエ達は話に夢中でジュリーの異変に気がついていないようだ。

「ジュリー、いたい?」

「…え?あ、ええ…かすり傷ばかりだから、大丈夫よ。」

リホソルトの唐突な問いかけにジュリーは駆け巡る思考の波を一度止め、軽く受け流そうとする。
それを察したのか、リホソルトは頭をふるふると小さく左右させ、ジュリーの胸元にふわふわを当てる。

「ここは?」

「…ありがとう、その言葉だけで充分よ…」

気分が優れないのか、それとも一人になりたいのか、ジュリーはリホソルトの頭を優しく撫でると、サエ達の後ろの木にもたれかかった。

「それだけの情報でよく分かりますね。」

「伊達に神様やってないんだゾ☆」

「だから…お前ほんとなんなんだ?ふざけるのも大概にしろ!」

「えー?最初に自己紹介したじゃーん。
ウインクばっちり♪「やらんでいい!! 」

例のキレキレポージング付き自己紹介をやりかけたハヤカミスがしかけたと同時に、これ以上は耐えられんとキムーアが言葉を遮る。
しかし、キムーアを悩ませる種はもう一人居ることを忘れてはならない。

「あー!私それ言えるで!確か…
ウインクばっちり!笑顔もハナマル!
ちょんまげ乙女な週末コスプレー! ハヤカミス、オチャメな三女っ! 」

「違う違う〜!
ウインクばっちり♪笑顔も満点♪ ちょっぴり乙女な週末コスプレイヤー! ハヤカミス・アクアちゃん、お茶目に参上っ☆
だよん! 」

「ほんまや!ちょっとちゃうかった!」

「ふふー♪このドジっこさんめ〜!」

「へへへー!」

いつの間にかサエがハヤカミスのテンションに慣れてしまい、ウザさ倍増は必至だ。

「ああもう!なんだコイツら!!」

「と…とにかく、離宮へ急ぎましょう。お二人の為にも。」

タケシミアと二人になった時、何かあったのだろうか、ジュリーは口数が少なくなっていた。

「さてさてぇ!夕方で疲れてきたけどー、皆ファイトいっぱーつ!」

「いっぱーつ!」

「…これ…やっていけるのか…」

これから先が思いやられると、キムーアは頭を抱えた。

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