Sae's Bible
あふれる白

「まあまあ、いいじゃん!とりあえず万事解決ってなわけで〜!」

「ええっ!?」

ハヤカミスはにぱっと笑っているが、サエ達としては動揺を隠せない。
突然現れた彼女は敵か味方か、何が目的でサエ達を手助けしたのか、今はまだ分からない。

「コバニティは…」

「安心しろ、気絶しているだけだ。」

「アキルノアっ!!返事をなさいアキルノア!お願いだからっ…!」

「ジュリー…」

ジュリーは気を失ったコバニティの容態よりもアキルノアを優先した。
傷の具合から考えるなら正しいかもしれないが、妹よりも従者を取るのは少しおかしいのではないか、という考えがふわりと浮かび、サエの胸の内がモヤモヤと渦巻く。

「私達があれだけ、あれだけ手こずったのを……コイツ、簡単に壊しやがった!」

「空気もぶち壊しですよ!」

最後の最後でおいしい所だけ持っていかれ、前衛として戦い、相手の技量をその手に感じ取ったキムーア達としては、納得がいかない。
ひょっこり現れた変なコスプレイヤーに、たった一撃でだなんて。

「あ、シリアスシーンだったっけ?ごめんごめん!あたし強いからさぁ〜!
えーっと、アキルノア・ホルスト?まあ一回死んじゃってもなんとかなるなる〜!」

「なんて事を言うの!?アキルノアが死ぬはずが無いわ!アキルノア!!お願い…返事をしてぇえっ!!」

ハヤカミスの軽率な発言にジュリーが激昂すると、その声にアキルノアの指先がぴくりと揺れる。

「ひ、さま…」

「…!アキルノア!私よ、分かる!?」

「……は、ひめ…ま、らいせ…ゴホッゴホッゴホッ!!…来世で…また、っカハッ…」

ひゅうひゅうと喉が鳴り、目も虚ろで血を吐き続ける。
失った左腕からはとめどなく血が滴り、骨折している部分は青紫へ変色し、大きく歪に腫れる姿は余りにも酷く、思わず目を背けたくなる。
これらの痛みは想像を絶するものだろう。
それでも、アキルノアはずっと微笑みかける。

「お願い…喋らないで…!治癒すれば大丈夫よ…ねえお願いよ…!!」

「…声、かけて…くださいね…ゴフッ!!うっ、あ…ハ…蕎麦、作って…待っ、ちょるけえ…」

アキルノアは自分の体の限界を悟ったように、敬愛する主人へ最期の言葉を懸命に紡いでいく。

仲間の最期に立ち合うなど、旅立った当初は考えもしなかった。
初めて会った時、おぞましい蕎麦でやいのやいのと騒いだ日、共に戦った局面が一気に頭の中を駆け巡る。

記憶に甦るアキルノアは、どれも笑っていた。

「……っ、当たり前でしょう…!!貴女は、ずっと、私の隣に居なさいっ…!!」

アキルノアの手を握り締め、ジュリーは涙でぐしゃぐしゃの顔を拭うことなく声をかけ続ける。


「仰せの…ま、に…」


アキルノアの右手が、静かに地に落ちた。


「…っ!」

まだ柔らかに笑っているような、そんな安らかな顔でアキルノアは赤の水溜まりの中心にいた。

「………。」

ジュリーはうつ向いて無言のまま、アキルノアの力なく投げ出された右手に手を重ねて、自分の頬に当てる。
もう、あたたかな温もりはない。

「…アキルノア……」

皆が顔を背けて其々に思い馳せる中、ジュリーがすっと立ち上がり口を開いた。

「カイザー、はやく…治癒して頂戴」

「しかし…彼女は…」

「何してるの!!?早く!!!」

何も行動を起こさないカイザーの服を引っ張り、ジュリーは今まで以上に声を荒げる。

「…だめだ、もう…」

もう手遅れだ、言葉にして伝えることは誰も出来なかった。
アキルノアの死を一番恐れていたのは、一番に想っていたのは、今一番哀しみのどん底にいるのは、他でもない彼女だ。
そんな心境のジュリーにハッキリと伝えるなど、出来るものか。

カイザーの服を離して二、三歩後ろへよろよろと足を引きずり、ジュリーは瞳孔が開ききった目を周りへ向ける。

「サエ!さっき治癒魔法唱えていたわよね!お願い!!」

「…ごめん…ごめんっ…」

「ナーナリア!!」

「……すみません…」

「リホソルト!!キムーア!!」

「…ジュリー…」
「……」

誰も助けられない。
誰もこの結末を変えることは出来ない。

それはジュリーを含めて全員が頭では理解している当然。
仲間達に声をかけても、治癒しても、もう戻らない。
ジュリーは覚束ない足取りでアキルノアの元へ行き、膝から崩れ落ちた。

「……っ、アキルノア…アキルノアっ……。……アキルノアぁあああああっ!!!!」

「ジュリーっ…!」

大声を上げて、赤子のように泣き喚く姿はとても見てはいられなかった。
サエはいつもより小さく縮こまったジュリーの体を強く抱き締め、共に涙した。

その時、ひらりと何かが頬を掠めた。

「…花びら?」


白い、花びら。


「フェリアベルエルフは…死の間際、記憶を持ったまま転生する期間に入る。」

「記憶を保管する為に、遺体も身に付けていたものも死者に関する物全て、花弁となって消え去るんです…」

「そんな…そんなんって…」

確かに、ここに居た。
ここに生きた証すら、奪うというのか。

アキルノアの周りを舞う美しくも残酷な、白の花弁。
王宮や市街地、国の各地から花弁が舞う。

残されたアキルノアの服や持ち物、国中に散らばっていた思い出の品が消えていく。
それらは彼女の血で出来た水溜まりさえも拭い去り、とうとう体から花弁が溢れ落ち始めた。

「アキルノア…っ、お願い…行かないで…アキルノアあぁああああっっ!!!」

「はいはーい。これ以上はだめー。」

アキルノアの体が消えてしまう前に、ハヤカミスが傘を開くと、見たことの無い不思議な魔法陣が彼女の白の花弁を全て引き留める。
花弁は押し込められ、アキルノアを大きな球体に閉じ込める。

「何をするの!!…止めなさい。アキルノアは転生期に入ったの…今触れば死の冒涜と見なすわ。」

「いやあ〜。こっちも仕事だからさ。」


『大いなる古のルーン 13のYr
Mannから孤立 Isより休止凍結す』


「アキルノア!!」

ハヤカミスが傘を回しながら呪文を唱えると、真っ黒な傘の中心に不思議な形の文字が浮かび上がり消えた。
傘が閉じられると同時に、アキルノアを入れた球体は天へと舞い上がり、何処かへ転移した。

「お前!アイツに何をした!!」

「どこって、古の庭。あ、正式にはAncient Gardenね。」

「どこだそれ。」

突然の行動にハヤカミスの胸ぐらを掴んで問いただそうとしたが、返答から更に謎を増やしただけだった。
聞いたことも無い地名に少しばかり戸惑ったキムーアは、ハヤカミスを解放した。
だが、ジュリーには今すぐに説明が必要だった。

「返しなさい!!アキルノアを返して!このままでは転生出来ずにっ!
本当に…何もかも、無くなってしまうわ…」

「まあまあ、落ち着いて!アキルノアがこの世界で死ぬのは決定事項だったからさ〜。
どうせあの人が何とかしてくれるから。それに…あの子にはまだ役目があるしね。」

「ちゃんと説明なさい!決定事項?馬鹿げたことを言わないで頂戴!大体、あなたに…あなたたちに何が分かるというの!?…わかるはずがないわっ…」

「あ…」

『お前たちに何がわかる』

眠りの谷でジュリーが倒れた時、アキルノアが言い放った最初で最後の怒りの言葉。
同じことを言うなど、そう有りはしない。
二人に何があったのか、どうして話してくれないのか。
サエは心が痛むのを感じた。
自分なりに、二人とは信頼があると思っていた。しかし、そうではなかった。

彼女らは、心の奥底では誰も信じてなどいなかった。

「まあ、そう言うのもわかるけどー。兎に角アキルノアは今転生されると困るんだよね〜。
無下に扱いはしないし、寧ろ無くてはならないから時が来るまでは丁重に、厳重に守るって!」

「はっきり言え。お前にとってアキルノアは道具かもしれないが、私たちには違う。」

「道具なんて思ってないよ〜?人の命と時は尊い。それだけは知ってるからね!」

「それは答になっていません。」

「…全ては、愛しきこの世界の為に。」

今までおちゃらけて話していたハヤカミスの表情と雰囲気が一変した。

「世界…?」

「これから、何が起こるん…?」

「君達が、世界を救わないといけないんだよ。」

「………」

想像していたより、とても大きな問題であると、一行がやっと自覚し始めた瞬間だった。
皆各々に考え込み、一時の沈黙が生まれる。

国を、人々を、大切な人を救いたい思いでここまで来た。
きっかけはそれだけだった。
だが、徐々に世界との関係が出てきていたのもまた事実。
自分達が、世界を救う?
背負うものが大きすぎて、何が何だか分からない。
ほとんど何も分からないけれど、兄弟や大好きな人、街、思い出が沢山詰まったこの世界を、自分が救えるなら救いたいとサエは純粋に思った。

「……全く、信用ならないけれど…とにかく、貴女にはアキルノアの居る場所まで案内してもらいますからね。」

ジュリーは鋭い目付きでハヤカミスを睨む。その様子は絶対的な安心を失い、誰の手も取らず一人もがくようで、余裕など無かった。

「勿論そのつもり〜。古の庭はどうあがいても行かなきゃだし?
今は国王にサクッと会って庭に行かないとねん。」

「確かに、王には会わねばならないが…。いやそもそも本当に誰なんだお前。怪しすぎる。」

「先の魔法、古代ルーン魔法だな?あれは数百年前に滅びたものだ。何故それを扱える。」

「あー、怪しすぎるんじゃなくて説明が適当なだけだからさ〜。それに、ルーンはまあ…ねえ〜!サエたん!」

「たん?」

ハヤカミスは魔法についても笑って誤魔化し、サエの肩をぽんぽんと叩いた。

「ふふ〜。気にしなくていいからいいから!これから長い付き合いになるんだし、お気軽お気楽にハヤカミーって呼んでよっ☆」

疑問と疑惑だらけだが、こうしてサエ達は新たに付き添いを連れて行くことが決まった。

「…………」

「あー、えーっと…」

ニコニコと笑顔の絶えないハヤカミスと、アキルノアを失って精神的に参っているジュリーは全くの正反対で、サエ達もどう接すべきかジリジリと探る。
何とも言えぬ微妙な空気の中、奴はほとばしる熱い、いや暑苦しい想いと共に飛び込んできた。

「おーい!!」

「無事だったか俺の嫁!!」

「寄るな筋肉達磨!!」

キムーアに飛び付こうとした赤い頭が拒否の言葉と共に蹴りをばっちり決められて吹っ飛んだ。

「レオ!デレク!無事やったんやね!」

「無事というか…全力で逃げただけだよ。それはそうと、大丈夫?」

「ええ…大丈夫、大丈夫よ。」

いくつか負傷しているにも関わらずデレクはジュリーの異変に気づいた。

「大丈夫やないで!アキル「それについては後で俺が話そう。」

「でも!「ああ、頼んだよカイザー。」

「……。」

「今は、話さない方が良いです。また思い返してしまいますから…」

カイザーがサエの言葉を遮って、半ば強引に話を終えてしまった事に、首を傾げていると、ナーナリアがそっと耳打ちしてきた。
今、アキルノアの事をデレク達に伝えるとジュリーの耳にも入ってしまう。
やっと少し落ち着いたのに、また辛い思いをしてしまう。彼らなりの配慮だったのだ。

「いやあーマジで死ぬかと思ったぜ!いつの間にか防御魔法掛かりまくってて助かったけどな!」

デレクとレオはさらりと流しているが、彼等の服が随分と擦りきれ、いくつも負傷した後が見受けられる。
カオスフィアの力は、今のサエ達では到底太刀打ち出来ないレベルのものだ。
デレク達も逃げるので精一杯だったのだろう。

「ま、お前達は俺が助けないと補助も治癒もせず攻撃ばかりの戦法だからな!大きな怪我されて治すのも魔力の無駄になるから、先手を打ってやったまでだ。」

「本当カイザーには救われたよ!ありがとう。」

「…っ、ふん!と、当然だ!」

デレクがカイザーの手を自然に取って自分の手に重ね、上品かつ可愛らしい笑みを向ける。
皮肉をつらつらと並べ立ててやったのに素直に感謝され、カイザーは調子が狂うだろうとデレクの手を払いのけ、赤く染まった頬を少しでも隠そうと口元に手をやる。

「えー何々、顔真っ赤じゃーん!ツンデレktkr!ちびっこ眼鏡か・わ・い・い〜!」

「あーもう本当ウザイコイツ!」

「それで、君はどこの誰なのかな?」

カイザーを茶化して騒ぐハヤカミスを見て、デレクが優しい口調で聞く。
とても穏やかな表情で敵意は無いように見えるが、僅かに威圧的な雰囲気はあえて隠していない。

「あたしは、ハヤカミス・アクア。どこのって聞かれるとややこしいな〜…うーん、今は居候なうって感じ?」

「居候…ね。それはそうとこれを知ってる人は居る?」

「何これ?」

デレクが取り出した小さな手帳の一頁には、複雑な形をした魔法陣が描かれていた。

「石化した人々を調べてみたらよぉ、全員の体にこの魔法陣があったんだ。」

「これは…どこかで見た覚えが…」

「それ、世界樹にもあるよ?」

リホソルトはそう言って世界樹の幹を指差す。
そこには確かに似たようなものが刻まれていた。

「成る程…確かにあるが、これは魔法陣ではなく紋章だな。」

カイザー曰く、世界樹の紋章と人々の体にある魔法陣は全くの別物らしい。
世界樹の紋章を手帳に書き込み、手持ちの魔導書で調べるも頭を抱えるばかり。

「カイザー、何か分かりそうかい?」

「何処かで見た覚えはあるんだが…手持ちの魔導書では分からん。セントレードの図書館で調べてみよう。」

「頼むよ。僕は生存者の安全確保と兵の調達が出来るようポートレイムに働きかけるね。
レオは レニセロウスの石化した人々を安全な場所に移したり、食料調達をしてくれるかい? 」

「任せとけ!」

「デレク、ありがとう…」

自分の故郷でもない国と人々の為に働きかけてくれるデレクに、ジュリーは感謝すると同時に自分の不甲斐なさを感じていた。

「いいんだよ。こういう時こそ助け合わないとね。」

「人あってこその国だ。私は…カロラは…!」

キムーアの握り拳に力が入り、掌に爪が食い入る。

「……」

カロラ国は今、人が居ない。
それは国として機能していないということ。
予期せぬ仕方ない事件とはいえ、自国と民を守れなかった罪悪感と責任感は二人の心に根付いてしまっていた。

「キムーア…」

サエは何か励まそうとするも、言葉が見つからない。
キムーアやジュリーの立場から見たことも無いし、はっきり言ってしまえばそういう気持ちが理解出来ないのだ。

分かりたい。
立場など越えて、分かりたい。
サエは心からそう思った。

少し重苦しくなった空気を変えるには十分な明るさでレオが口を開く。

「あ!そうだ!ルディ!」

「ルディだって!かっわいー!」

「キムーアだ!!黙れアクア!」

「えー、ハヤカミーでいいのに〜。」

「俺たちは暫く別行動だから、何かあったらコイツで連絡してくれ!」

キムーアの手に渡されたのは10センチ程のシンプルな笛。

「笛?」

「ま、吹いてみろって!ちゃんと来るからよ!」

理解出来ない、面倒臭いと眉間に皺を寄せたキムーアだったが、レオがあまりにも騒ぐものだから仕方なく笛を吹く。
すると笛から光る球体が飛び出し、キムーアの前にそれは降り立った。

「鷲!?」

「おい、これ魔獣じゃないか?」

鷲の翼と上半身は黄金色に輝き、ライオンの下半身は真っ白な毛並みを風になびかせている。

「かっこいー!!しかも人懐っこい!かわいいー!!」

「おわー!しかも鷲じゃないよ!これグリフォンのちんまいのだ!」

「危ないですよエトワールさん!アクアさん!」

小さいと言っても立ち上がって翼を広げればサエよりも大きいだろう。
鷲とライオンを配合したような姿の魔獣グリフォンは、知識の化身と言われており、
とても気難しい性格で警戒心が強いとされる。
それ故、人が襲われて怪我をすることがあるのを知っていたナーナリアは、二人をグリフォンから引き剥がした。

「確かに魔獣だけどよ、リッターは俺が卵の時から世話してんだ!すげー優しいし賢いんだぜ!」

「リッター…かわいい」

卵から人の手で育てられたからだろうか、リッターはリホソルトに全く危害を与えず嬉しそうに受け入れている。

「まだまだグリフォンとしては未熟だが、間違いなくレオよりは賢いな。」

「あんだとカイザー!俺より小さくて弱っちいくせによぅ!」

「ふん、力ばかり強くても使い方を分析出来なければ無駄に終わる事もある。だいたい、高身長な奴ほど死亡率は高い。」

「で?結局コイツは何が出来るんだ?」

「物を運べる!」

「えー、そんだけー?」

「リッターすごいんだぜ!重いもんでもびゅーんばーんだぜ!」

「さっぱり分からない…」

「要するにだ。転移魔法で人一人位なら運べる。それからもう少し魔力を与えつつ躾てやれば、人を乗せて飛ぶ事も戦う事も可能だ。」

「乗れんの!?」

「リッターすごい…!かわいい…!」

生まれてまだ十数年しか経っていないリッターは、推定寿命が700年とされるグリフォンの中では人で言う3歳に当たる。
これから多くの知識を与え、主従関係の躾をして、魔力を身に付ければ相当有力な騎士になると、カイザーは説明したがサエとリホソルトの耳には全く入っていなかった。

「転移魔法なんざ誰かが習得すりゃ要らなくなるだろうが。」

「ミナルディ様!そんな身も蓋も無いことを…!」

「それにこんな獣に乗って戦えば、的でしかないな。」

「そう言わずにさ!頼んだぜ!笛吹いたら出てきて、戻れっつったら戻るからよ!」

「…預けるとはいえ一時的に私のものになるんだ。きっちり働いて貰うからな。」

キムーアの言葉にキュイーッと返事をして、リッターは腰回りに頭を擦り寄せる。
人懐っこい鷲の頭を優しく撫でて、レオから教わった通り、『戻れ』と言えばリッターは身を丸めて光の球体となり、笛の中へ戻った。

「ツンデレルディたんかわいいー!」

「だろ!?ルディまじかわいい!お前とは分かり合えそうだぜ!」

「煩い黙れ斬り刻むぞ馬鹿ども」

がっしりと腕を組み交わすハヤカミスとレオに苛ついたキムーアが剣に手をかけた時、王子の仲裁が入った。

「はいはいそこまで。今は、早急に動くべきだよ。
カイザーはセントレード、僕はポートレイム、レオはレニセロウスの城下町。
君達はそのお嬢さんを安静な場所へ移すべきだね。
ジュリーさんが不安で泣いてしまいそうだ。」

「あ、ありがとう…デレク」

痴話喧嘩をあっさり止めて、多くの感情に押し潰されてしまいそうなジュリーの手の甲に軽くキスを落とす。

「デレクってようそんな、王子みたいな事平気で出来んねんな!なんかぞわぞわする!」

「今は王子じゃないよ。サエさんは、とても素直な可愛らしい人だね。」

まるで絵本の中の王子様のように微笑みかけるデレクに、サエはぞわわと体を震わす。
お世辞でもなく純粋に恥ずかしい言葉をこうもあっさり言われると、聞いている此方がうわあと声を上げてしまいそうだ。

「うっげ、気色わりぃ。」

「やっぱルディには俺だな!!」

「気安く触れるな馬鹿野郎!!」

「ミナルディ様はしたないですよ!」

デレクの行動に鳥肌を立たせたキムーアだったが、いきなりハグしようと向かってきたレオはもっと嫌だったらしく、男性の急所と言われる部位を蹴り上げた。
言葉にならない痛みに悶絶するレオを他所に、ナーナリアはキムーアの素行の悪さにぽこぽこと怒る。

「デレク、正門の木陰に馬があるわ。それで行って下さいな。」

「うん。ありがとうジュリーさん。ああ、それから…無理はしないほうが良いよ。」

「………ええ、大丈夫よ。」

それぞれ目的地へと向かったデレク達に暫しの別れを告げ、サエ達はコバニティを安全な場所へ移すべく動き始めた。

「それじゃ、あたし達は離宮に居る国王に会いに行こうか〜!」

「なんでポッと出のお前が先導してんだ!」

「え〜?そりゃ直ぐにでも古の庭行きたいけどさ、その子が目覚めないと進まないんだよね。」

「…………」

ナーナリアが背負うコバニティは、未だに意識が無く、だらんと体を預けている。

「シャクだが国王には会っておかないとな。何故こうなったのか経緯を聞かなければ。」

コバニティの斧を軽々と肩に担ぐキムーアは、ジュリーには悪いが国民を放って一人隠れているのも気に食わないと続けた。
その言葉に同意したのか、ジュリーは頷いていたが表情は暗かった。

「…離宮は、此方の林を抜けた先ですわ。」

美しい緑を連ねる林の向こうには、海の畔を背にした翡翠の宮殿がうっすらと見えている。

「ちょっと見えてるし、そんなに遠くなさそうやね!」

「早く抜けてしまいましょう。」

先頭を切って踏み出したジュリーに続いて、一行は離宮へと歩き始めた。

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あきゅろす。
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