Sae's Bible
奪われたものたち
二本の剣がコバニティの顔の横に突き立てられ、胸元の魔石を取り外そうとキムーアが手を延ばす。その時だった。

『 プレスト・ファルトゥミーネ! 』


「何っ!?」

「あ!ファルミネの杖!」

世界樹へ向けられた手にはサエ達がポートレイムで探していた杖。
ファルミネの杖は世界樹の幹から抜き出て、コバニティの手に滑り込む。

『コマンド!ロンペレ・コンフィーネ ! 』


「くうっ!!」

「ナーナリア!!」

ファルミネの杖から黒く輝く光線が渦巻いて放たれ、ナーナリアの強固な結界はガラスを砕くように呆気なく割られた。
それを目の当たりにしたキムーアは、地面に刺さっていた剣を引き抜き、サエ達の元まで引き下がる。
剣による拘束が無くなったコバニティが髪に刺さった矢を引き抜き、ゆらりと起き上がる。

「くそっ…杖があったのか!」

「じゃあ…あの惨劇はコバニティが…」

そういえば少女の姿があったと聞いた。
ポートレイムの惨劇は間違いなく、コバニティがあの斧で全て壊したのだ。

「……。コバニティ、貴女は私が解放するわ。」

「あははは!これでもそんなコト言えるのかな?…おねえさま。」

『コマンド!モンドアルベロ・ディヴィーナ・ルヴァーレ !』


コバニティの詠唱と共に世界樹が反応する。
ざわざわと枝葉を揺らめかせ、土に降り積もった枯れ葉が舞い上がる。
枯れ葉は世界樹の周りを飛び交い、幹に禍々しい紋章が刻まれた。
青々と繁る世界樹は、まるで影のように黒くなってしまった。

「カレリウムが!」

「一体、何の紋章なんだ…?」

そして世界樹に起きた異変は、世界樹の調整を担う彼女の身にも起きていた。

「おい!大丈夫か!おい!!」

「リホソルト!」

「…ッ…ッ……!」

リホソルトは深い眠りの中で額に汗を流し、掌には爪が食い入る。
すぐさまカイザーが痛みを和らげる治癒魔法を行使するが、いくら魔法をかけてもそれを上回る速度で症状が悪化していく。
けれど、ここで治癒を止めればリホソルトは力尽きるだろう。
彼女の命を繋ぎ止める為にカイザーは詠唱し続ける。

「あははっ!おもしろいねえ、その人。世界樹と繋がってたの?だったら運が悪かったよ。」

「…何をしたの…」

この状況を愉しそうに笑うコバニティに向かって、ジュリーがうつ向いたまま静かに問う。

「えー?聞こえないよー?」

「彼女と世界樹に何をしたって聞いているのよ。」

顔を上げたジュリーの瞳は鋭く刺すように、それでいて炎のような怒りが見え隠れする。

「ふふっ。怒った姉さまなんて珍しいね。」

「応えなさい!!」

「ちょっと加護を奪っただけ。これで意味…分かるよね?」

コバニティの言葉にジュリーは目を見開き、息を呑む。

「…そう。それが狙いだったのね。」

「何?どういうことなん?」

「世界樹の加護と盟約により、フェリアベルエルフは風の精霊シルフィードの力を貰い受けて魔法を構成している。
世界樹の加護はエルフ魔法の要なんだ。 」

「…そうか、精霊への干渉権を奪われたんだな?」

「その通りだ。
恐らく…リホソルトは加護が奪われた世界樹と、同等のダメージを受けているんだろう。 」

「えっ?えっ?どういうこと?」

「加護が奪われた…つまり、エルフ魔法が封じられた、ということです。」

混乱するサエを見たナーナリアが簡潔に説明する。

「そんな!じゃあジュリーは魔法使われへんくなったん!?」

「エルフ魔法の全てが精霊と干渉しているわけではないの。攻撃魔法は使えるけれど…回復や補助魔法は完全に封じられたわ。」

サポートする戦法に長けていたジュリーの魔法が使えないとなると、サエ達は戦いにくくなる。
回復面でカイザーに頼るしかなくなったのだ。
しかしそのカイザーはリホソルトの治癒で手が回らない。
実質、回復無しで戦うことになる。

「せいかーい。そしてフェリアベルと盟約を結んでいたのは誰だったかな?姉さま?」

「っ!まさか貴女っ…!」

「ふふっ!話が早くて嬉しいわ、姉さま。」

『コマンド!ラピッダメンテ・ジャダヴェントレジーナ!』


「…っ!凄い風っ!!」

「くっ!」

巻き起こる巨大な竜巻の中から若葉や華々で彩られた衣が徐々に姿を現す。
風が一瞬にして止んだ時、その中心に居たのは翡翠の髪と瞳の乙女。
光の反射角度によって色を変える、透明な四枚の薄羽が人では無い事を物語っていた。

「あの姿…シルフィード達を統べる女王、ティターニア!」

「さあティターニア、パーティーをはじめましょう!」

コバニティの言葉に従い、ティターニアは片手をサエ達に向け突風を起こす。
サエ達が風を受けて手出し出来ない中、コバニティが詠唱する。

『コマンド!レクペラーレ・スクーレ!』


キムーアが弾き飛ばした斧が上空へ浮かび、コバニティの目の前で停止する。

「しまった!斧が!」

ファルミネの杖は斧と一体となり、斧は強い魔力を帯びて青の魔石が赤へと変化した。
より強力になった斧を手にしたコバニティはにっこりと笑って豪快に振り落とした。
周囲の地面が半月型に盛り上がり、波のようにサエ達に押し寄せる。

「私が止めるわ!」

『 授かりし宵闇の呪歌を唄う
破滅を踊れ暗天の鎌
刹那に惑え大地の海原
具現せよ狂気の大牙

インサニティファング!! 』


闇魔法で何とか相殺したが、元よりジュリーの攻撃魔法は魔力消費が激しい。
先の魔法でジュリーの魔力は限界に達していた。

「うぐっ…はっ、はっ…」

「ジュリー、後は任せて少し休め。」

「でも…っ!」

「気持ちはわからなくはない。だが、お前が倒れては元も子も無いだろう?今出来ることをしろ。」

つっけんどんな話し方だったが、激しい頭痛に膝をついたジュリーを気遣うキムーアなりの言葉だった。

「キムーア…あ「礼は言うな。当然の事を言ったまでだ。」

ジュリーの頭を少し乱雑に撫で、キムーアは剣を握り直して立ち向かう。

「来るぞ!!」

『 大地より選定せし七星の帝石
女王の御風を巻き込む覇者の槌
愚者は岩塊より崩落す
飛翔せよ冷徹の鎧球

セブンスメテオクォーツ! 』


コバニティの周りの上空に7つの赤い魔法陣が現れ、歪な球体となった大きな岩石が次々と飛んでくる。
更にティターニアの風を受けて加速しつつ、一点に集中しないよう岩石同士が操作されている。
攻撃範囲を広げる事で確実に当たる上に、退路を塞ぐ事も出来る。
何とかして防がねばならないと、カイザーとナーナリアが発動時間の早い魔法を詠唱する。

『 第四章七十六項!制約九令発動!執行せよ! 』


『 水脈結界、龍術参式発動! 』


いち早く展開されたカイザーの結界は大きな6つの楕円を連続し、対象の速度を大幅に落とすもの。
だが、ほんの僅かに速度を落としただけで岩石は突き進む。

次に発動したナーナリアの結界は、滝のように水が流れる分厚いものだったにも関わらず、結界は簡単に破られ、サエ達に迫る。

「やはり薄い結界では…!」

「くそっ!」

目の前に押し寄せる岩石を見て、もうだめかと思ったその瞬間。


『 黄昏より来たれ聖域の大境界
暗雲の陰りを仰がぬべく
神輝を集いて光明へ結び
悪しき全てから我らを護り給え
受けし刃は消え捨てよ
我が力を糧と持て

トワイライトフレア!!! 』


サエの大型結界が世界樹ごと守るように広がり、次々と岩石を受けて消していく。
カイザーとナーナリアの結界で数秒でも速度を落とした事でサエの詠唱がギリギリ間に合ったのだ。

「サエ!」

「私が防いでるからジュリー達は何か方法考えて!」


『 白明より来たれ陽光の聖布
決壊せしむる界を止めるべく
強き光幕を以て聖域を補わん
悪しき全てから我らを護り給え
受けし刃は消え捨てよ
盟約により力を与えん

サンライズリーインフォース!! 』


オレンジの光を放つ巨大な魔法陣の中でサエは結界を補強していく。

「一人で受けきれるはずがない!ナーナリア!」

「御意!」

『 針廻詠唱短縮、読術壱式発動! 』


サエの詠唱は長く時間がかかる。
絶えず飛んでくる岩石を受けきるには一刻の猶予もなく、詠唱で手間取る訳にはいかない。
ナーナリアは自分の結界を発動させる前にサエの詠唱短縮を促す補助魔法をかけた。

「ありがとナーナリア!」

「話しかけないで集中して下さい!」

「よぅし、かっこええとこ見せちゃうでっ!」


『 黄昏より来たれ聖域の大境界
白明より来たれ陽光の聖布

ホーリースプレッドシャイン!! 』


『 散光陽壁結界、星術陸式発動! 』


サエとナーナリアが結界で岩石を受ける中、カイザー達はティターニアの弱点を探っていた。

「あの風を何とかしないと、いくらでも攻撃を受け続ける羽目になる。」

「ファルミネの杖を斧に取り込んだから斧本体の土魔法とティターニアへの指令を同時に発動している。
つまり、ティターニアを叩けば斧からファルミネの杖が連携解除されて分離する…!
確かティターニアには一つ弱点があったはずだ!何か知らないか!?」

「そっそんな…いきなり言われても分からないわ!」

早口で捲し立てるカイザーにジュリーは戸惑いの色を見せる。

「ジュリー。冷静になれ、風の精霊については私達よりエルフであるお前の方が詳しいはずだ。」

「少し…時間を頂戴。」

「…分かった。カイザー、暫くの間リホソルトとジュリーを守れ。」

「また命令か!全く、最近の若い者は年上を敬おうという気は無いのか!大体何様のつもりだ!」

「ミナルディ・キムーア・カロラ様だ。」

「なっ!」

「安心しろ、負けるなど…有り得ん!!」

「キムーア!」
「ミナルディ様!」

キムーアは素早く結界から出て岩石を飛び石のように利用し、ティターニアの右肩辺りに剣で斬りかかる。
突然の攻撃にティターニアは風で自らを守ろうとするが完璧には反応出来ず、右手を負傷した。
攻撃に成功したキムーアは長居は無用と、その場を離れて結界の中へ舞い戻る。

「ミナルディ様っ!!」

結界に入った途端、ナーナリアの雷が落ちた。

「危ないです無茶です無茶苦茶です!」

「あーあー、わかったわかった。でも上手くいったからいいだろ。」

キムーアの言う通り、ティターニアが両手でコントロールしていた風が力を弱め、風の助力を受けていた岩石も途中で落下するものが目立つ。

「確かにそうですがだからといっ「手元と結界を見ろ。」

「……御意。」

キムーアを案じるあまり、結界への集中が切れかかっていた。
ナーナリアは少し眉間に皺を寄せながらも結界の補強に集中する。

「ナーナリアはキムーアに弱いわぁ〜!」

「お前も手を抜くなアホ毛。ジュリー、何かわかったか?」

「ごめんなさい、まだ思い出せないの。古い契約だった上にティターニアと会ったのが随分前だったから…。確か物ではなかったのだけれど…」

申し訳なさそうに口ごもるジュリーの横でリホソルトの看護をするカイザーをじっと見る。

「なんだ?文献に出てくるティターニアは契約内容についてばかりだったから、彼女自体について俺は知らん。」

明らかに風が弱まり、結界に当たる岩石の数も減った。
それでもコバニティはティターニアに指示を出し続ける。

「ティターニア、何してるの?早く!…もう、じゃあこうする!」

魔力消費で疲労の色が見られるティターニアに苛立ち、コバニティは新たな攻撃を繰り出した。


『飛翔せし鎧球の変革
七星の精鋭を集い移す波形
貫くは抗う軽薄な陽光
突進せよ地核の槍

ラッシュクラストスピアー! 』


今出現している全ての岩石が集まって巨大な岩の槍となり、ティターニアの風で飛んでくる。
複数を操るよりも単体ならばティターニアの負傷をカバー出来ると考えたのだろう。
しかし、岩石を集めた時点で気付くべきだった。
ポニーテールを揺らしてニヤリと笑うアホ毛に。


『 蒼天を穿つ監査の輪光よ
一閃の照準を定めて塵と化せ

アナライズ・インスペクションフォトン! 』


光属性の魔法光線が岩の槍を取り囲み、瞬く間に粉々にする。

「お前…役に立つようになってきたな。」

「へへ、あったりまえやん!」

「これは負けていられませんねっ!」

『 天弓破魔特攻、複製術伍式発動! 』


ナーナリアが天に向けて一本の矢を放つと、矢は無数に増えてコバニティ達に降り注ぐ。
しかしそれがコバニティに当たる事は無かった。

「えっ!?」

「あははっ、まずは一人。」

矢が届くよりも先にコバニティはティターニアの風に乗っていた。
いきなり目の前に現れたコバニティにナーナリアは動揺し、結界がフッと揺らぐ。
その隙をコバニティは逃さず、大きく斧を振り上げた。

「ぐあああっ!!」

「ナーナリア!」

ナーナリアが肩や腕を血塗れにして倒れた。
サエが助けようと一歩歩み寄った時、キムーア達が異変に気付いた。

「馬鹿!アホ毛動くな!」
「サエ危ない!」

「へ?」

「わあああっ!!?」

気配が無かった。
背後で斧を構えるコバニティは嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、それは落とされた。
斧がサエの視界全てに広がり、斬られると思った瞬間、何かが横切りサエを突き飛ばす。

「ぐっ…うっ!!…は、っ!」

「あははっ!二人目。」

「キムーア!キムーア!」

キムーアが横からサエを庇い、代わりに大きな傷を負った。

早く治癒しないと。
でもカイザーはリホソルトに付きっきりで、ジュリーは魔法を封じられている。
自分がやるしかないけれど、治癒魔法は…。
腰が砕け二人を見つめたまま、サエは頭の中で巡る考えや想いを行動に移せずにいた。

「くっ…ナー、ナリア…」

キムーアは脇腹を抑え、腹這いになって気を失っているナーナリアの傍まで近付く。

「おい、何か思いつかないのか!?」

「分かっているわよ!静かにしなさいちび眼鏡!」

キムーア達が傷付くのを目の前にして、ジュリーは焦っていた。
自分がこの状況を打破する鍵を握っているのだから早く思い出さねばと、有りとあらゆる記憶を頭の中で探し続ける。

「っ…あ、…う…」

「まずい…このままでは!」

リホソルトの容態が思わしくない。
先程からずっと治癒魔法を施しているが、悪くなる一方。
やはり世界樹をどうにかしなければならない。その為にもコバニティ達を倒さねば。

「さあティターニア、終わらせて!」

コバニティの呼び掛けにティターニアがゆっくりと左手を前に突き出すと、風の刃がサエ達を襲う。

「間に合え!!」

『 第千六十六章九百二項!制約八令発動!執行せよ!』


カイザーが咄嗟に結界を張るが、風の刃の方が数秒早かった。
結界の中に入った風の刃が跳ね返って速度を上げ、殺傷性を増す。

「ぐあああっ!!」
「っ、うぐっ!あ…!」

サエ達は地面に伏せて耐え凌ぐも、 キムーアとナーナリアは声を上げる力すらない程に重傷だった。
この状況を打破する為にも、まずは回復しなくては。
まだナーナリアの詠唱短縮魔法がかかっている事を確認し、サエは両の手に力を込めた。

「…っ、私が…助ける!!」

吹き荒れる風の中、サエは杖を頼りに立ち上がり、そして構えた。


『 月天に満ちたる慈愛の春雨よ
生命の息吹を白き露玉に宿せ
我らに大いなる治癒を与え給え

ルミノスリカバリーレイン! 』


柔らかな光が雨のように降り注ぎ、サエ達の傷をみるみる内に癒していく。
その光景にティターニアは攻撃の手を止め、怯えた表情で後ずさる。

「ちょっと、何してるのティターニア?早くしてよ。」

「怯んだ…そうよ!あれだわ!」

ティターニアの様子を見て、ジュリーはハッキリと思い出した。

「は?」

「回復魔法よ。風の精霊は自身に対しての魔法は効果反転するの。」

「それなら俺の得意分野だ。」

『 第一章八十八項!制約五十令発動!執行せよ! 』


カイザーが全体治癒魔法を発動し、サエの魔法では癒せなかった深い傷も全て回復したが、ティターニアだけは風と共に消え去った。

「あ、ティターニア!」

「これ以上させへんでええ!」


『 数多の空翔ける激昂の雷光よ
灼熱の皇炎との盟約において
彼の者に炎雷の裁きを下したまえ

ブレイズライトニング! 』


ティターニアの消滅から攻撃の隙を与えるものかと、サエが炎と雷の混合魔法を素早く放つ。
雷光が走り抜ける中で激しく燃える炎と交わり、コバニティの斧を持つ手にぶち当たる。

「うぐっ!!」

雷の激痛と炎の熱でコバニティは斧を手放し、両手を覆い後ずさる。
ティターニアが消滅した為に斧と杖は力を失い、分離した。
サエの魔法影響からか、杖には大きくヒビが入っていた。

「さあ、どうする。」

「な、」

「逃がしませんよ。」

後ろは岩石で行き止まり。
横を見ると逃げ道を塞ぐようにキムーアとナーナリアが武器を構えて取り囲む。
一定の距離があるとはいえ、攻撃速度はキムーア達が格段に上。
もはや逃げるという選択肢は奪われた。
コバニティは火傷を負った手で杖と斧をそれぞれ手にし、肩で笑い始める。

「……。ふふふ、あははははっ!!」

「何がおかしいの。」

「ふふっ、おかしい?だって、これから姉さまが絶望すると思うと…嬉しくて嬉しくて、たまらないわ!あははははっ!」

「……コバニティ…」

目を細めて狂喜するコバニティは、ジュリーの知る妹では無いと改めて思い知らされた。

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